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自分らしく
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彼方から ― 幕間2 ― & 第三部の最初だけ

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 滞ることなく書紙の上を奔るペンは、短い文章を幾つも書き連ね、それは一見すると、暗号文のようにも見える。
「何を書いているんだ?」
 アゴルの問いに、
「仕事――つまり、報告書よ。とは言っても、今書いているこれは、覚書のようなものだけれどね……こうして、要点だけをかい摘んで書き込んでおけば、後できちんと書き直す時、思い出し易いでしょう?」
 エイジュはそう言ってペンを置くと一息吐き、もう一度カップに手を伸ばす。
「なるほど……」
 アゴルは、お茶を啜るその横顔を見やりながら、

 ――要点だけであれば、仮に、誰かに読まれてしまったとしても、細かい内容や肝心な部分までは知られずに済む……と言うことか……?

 と、やはり、エイジュを疑う考えの方に偏っていってしまう。
 それは彼の心がまだ、リェンカに残っていることを意味している。
 迷っているのだ……ラチェフの示した『地位』と『財産』――そして、人として、親としての在り方の狭間で……
 故に、エイジュへの疑いが消えないのだ――それが、単なる杞憂で終わることだとしても……

 アゴルは暫し、カップに注がれたお茶を見詰めた後、ゆっくりと一口飲み下し、
「……エイジュ」
 少し改まって声を掛けた。
「……? 何かしら?」
 いつもとは違う真顔のアゴルに、エイジュは少し、身構えるように応える。
「いつまで、おれ達と一緒に行動するつもりでいるんだ……?」
「…………そうね、最低でも、ノリコが一人で自分の身の回りのことが出来るようになるまで――かしらね」
「その後はやはり――アイビスクに戻るのか?」
「ええ……雇われている以上、依頼主に報告する義務があるし、何より、一旦は戻らなければ、報酬が貰えないしね」
「そうか……」
 口を噤む二人。
 時折、大きく爆ぜる薪の音が響く。
 申し合わせたように、二人はほぼ同時にカップに口を付ける……まるで、互いに様子を窺っているかのようだ。
 妙な緊張感が、二人の間に漂っている。
 エイジュはそっと眼を伏せながら彼の『気』を、その『気』に混ざる感情を読み取ろうとしていた――
 アゴルの言葉の、その『真意』を探り当てる為に……

   *************

 ――さて、どうするアゴル

 沈黙の中、エイジュが今度は、書誌を見直し始めた。
 ゆっくりと捲られる書誌の擦れる音を耳にしながら、アゴルは自問自答をしていた。
 
 ――彼女のことを、リェンカに報告するか……?
 ――いや、イザークとノリコのことですら、報告などしていないのに、スパイかどうかも分からぬ人間のことを報告してどうする?
 ――先ずは、彼女がスパイかどうか……二人のことを追っているのかどうか……追っているのなら、その目的は……? それを知るべきではないのか……?

 ――スパイかどうか――か……

 アゴルの脳裏に、エイジュが胸を抑え倒れこんだ時の様子が……イザークとノリコを攫い、飛び去ってしまった大岩鳥を見据える彼女の瞳が、蘇ってくる。
 地面を抉るほど強く指を立て、握り締めていたあの拳。
 あの時の彼女の様は、『スパイ』のそれでは決してないと、アゴルには思えた。
 ただ只管に二人の身を案じ、そして、それを叶えられなかった自身の不甲斐なさに怒りを感じている――そのように思えたのだ。
 
 ――あの時は、彼女を疑うのは、お門違いかとも思ったが……

 だが、知り得た情報を吟味すれば、『スパイ』とまでは言えないまでも、エイジュが何かしらの思惑を持って行動しているのでは……? と、思わざるを得なかった。
 彼女が、数少ない女の渡り戦士であると言うこと、そして、【目覚め】が現れたと占われたあの頃、樹海の近くの町に……イザークがノリコと共に立ち寄ったあのカルコの町に現れていること……そして今、イザークたちの前に姿を現したこと……『偶然』と言う言葉で片付けるには、あまりにも不自然だ。
 その上、ずば抜けた能力の持ち主であり、恐らく、剣技も体術も、人並外れた技術の持ち主であろうと思われること……
 あの地図も、一介の渡り戦士では持ち得ないものだ。
 ガーヤは彼女の手製だと言っていたが、彼女を雇っている『アイビスクの臣官長』とやらが、持たせたものかもしれない……
 疑おうと思えばキリがない……何もかもが疑わしく思えてくる。

 ――要は、おれの捉え方次第……と言うことか……

 アゴルはエイジュの横顔を盗み見ながら、皆を野営地に先導していた時のことを思い返していた。
 二人は――イザークとエイジュは少し後ろに離れ、何やら話しながら歩いていた。
 あの時、一瞬ではあったが、二人の間に不穏な気配を感じた……

 ――あれは、殺気だ……発したのは恐らく……

 炎の向こう、ノリコの傍らで眠る、イザークの姿を見やる。

 ――だが、すぐに消えた……
 ――その後、暫し考え込んでいた様子だったが、荷物を彼女に預けたところを見ると、イザークは、エイジュを信用すると決めたのか……

 緩やかに上下するイザークの背中には、毛布が掛けられている。
 城を脱出する時、皆で持ち出した物とは違う品……
 エイジュのものだと即座に分かる。

 ――まるで母親か、姉のようだな……

 ふと、そんな思いが頭に浮かび、アゴルは少し、納得できた。
 エイジュのことを『スパイ』ではないかと疑いながら同時に、どうして『違うのでは』という思いも生まれてくるのか……

 ――彼女が二人に向ける瞳……あれは、亡くなった妻がジーナに向けていたのと同じ瞳……

 生まれたばかりの小さなジーナハースの面影と、柔らかな布に包まれた娘を抱く、亡き妻の姿が瞼の裏に蘇る。

 仮に……彼女が自分と同じ目的で、今、こうして皆と、行動を共にしているとした場合……
 果たして、そんな瞳で、あの二人を見るだろうか……

 ――まぁ、エイジュは女だ、男のおれとは違う……
 ――少なくともおれは、そんな目で二人を……

 そこまで思い、ふと気づく。
 ガーヤの店に招き入れられた時のことを。
 あの時、部屋の掃除をし始めたノリコの様子を窺っていた時、少しもそんな眼で見ていた覚えはないと、言い切れるだろうか?

 ――おれも甘いな……

 自嘲の笑みが口元に浮かぶ。
 だが、そう思える自分に、悪い気はしなかった。
 
           ***
 
 スパイではないのかもしれない――そんな考えの方に傾いてゆくのが分かる。
 だが、彼女が『二人』と、何かしらの関係性があるのは確かだろう。
 恐らく……【目覚め】と【天上鬼】とも、無関係ではない――はずだ。
 あの二人も――エイジュも……
 
 書誌の捲れる音を耳にしながら、アゴルは無意識に、溜め息を吐いていた。
 色々と考えを巡らせては来たが、自分は一体どうしたいのか――と。
 寝床で一人眠る、ジーナの小さな寝息を背中で感じる。
 ラチェフの言葉が、頭を過る。

   『娘のためにも
    安定した地位や高い身分が
    欲しくはないか?』