彼方から ― 幕間2 ― & 第三部の最初だけ
想像の産物に過ぎないはずなのに、胸が、酷く痛む。
また、独りよがりの驕った考えが、頭を擡げてくる……
彼が……バーナダムが、(恐らく)ただの親切心で、申し出ていることは分かっている。
『普通』の人間ならば、交代しながらノリコを背負い運ぶ――と言うのは至極自然な考えだ。
だから、そう言ってきたのだろうが……
「……あんたが?」
分かっていても返した第一声は、それだった。
理屈では分かる。
だが、感情的に受け入れられなかった。
彼の厚意を無碍にする、独りよがりな考え、感情であったとしても、今は――バーナダムの申し入れを受け入れることは出来なかった。
***
イザークの瞳が冷たい。
拒否されているのが分かる。
だが、普通に考えても、近くの町までたった一人で運び切れるものじゃないだろうと思う。
たとえ、『能力者』が、普通の人間よりは体力的に優れているとは言っても、限界というものはあるはずだ。
限界を迎えてから交代するのは、後々のことを考えても間違っていると、そう思う。
「だって、誰かが交代でノリコを背負った方が、負担が軽くなるじゃないか。あんたは確かに能力者で、おれ達よりは体力があるだろうけど、それでも、どこかの町に着くまで、ずっと一人でノリコを運ぶなんて、無理に決まっているだろう?」
至極当たり前のことしか言っていないつもりだが、何故拒否されなければならないのか……
――もしかしたら、イザークも……
その可能性は高い。
イザークが拒む理由が、もしも、自分と同じ理由だったら……
単に、頼りなく思われているだけ――と言う可能性もあるが、どちらの理由だとしても、引き下がる気にはなれない。
さっき、『何か違う』と思ったのは、自分の『想い』だ。
『何もできていない』のではなく、『誰か』の役に立ちたいのだ。
出来れば、ノリコの……
やましい気持ちがないかと問われると返答に困るが、それでも、『助けになりたい』と言う気持ちは本物だ。
そう今は、純粋に手助けがしたい、それだけなのだ。
イザークの冷たい瞳に、そんな純粋な部分まで拒否された気がして、バーナダムは余計に意地になっていた。
***
「心配ない。おれなら大丈夫だ」
「はぁ?」
端的にそう返しただけで、ふぃっと、そっぽを向いてしまったイザーク。
碌な説明も無しに、そんな簡単な言葉で話しを終わらそうとしていることに、バーナダムはイラつきを隠せない。
「な……なにがどう、大丈夫だって言うんだよ!」
つい、声が大きくなる。
「ノリコ一人ぐらい、ずっと背負って歩いても大丈夫だと、そういう意味だ」
もう、眼も合わそうとしないイザーク。
淡々と手を動かし、片づけを進めてゆく。
「な……」
別に、押し付けようと思って示した厚意ではないが、完全に無碍にされたと思える態度に、どうしても腹が立ってくる。
「なんでだよ! ちゃんと説明しろよ!」
「大丈夫だから、大丈夫だと言っている」
「説明になってないだろっ!」
思わずイザークの腕を掴み、無理矢理、自分の方に向かせていた。
眼が合う。
無理に振り向かせたことを咎めるような、イザークの瞳。
眉を顰めても尚、端正な顔立ちのイザークに無言で見据えられると、言葉に詰まるほどの迫力がある。
だがバーナダムも、納得いく説明がない限り、引くつもりはなかった。
「どうしたのだバーナダム、少し、落ち着きなさい」
イザークと見据え合っているバーナダムの肩に手を置き、左大公が穏やかにそう言ってくる。
「左大公……」
威厳のある、落ち着いた声音を聴き、つい、熱くなってしまったことを恥じたのか、バーナダムは左大公を見やった後、俯いてゆく。
流石にイザークも、左大公をバーナダムと同じようにあしらう訳にはいかないと思ったのだろう……片付けの手を休め、眼を向けている。
「何故、言い合いになってしまったのか、良かったら話してもらえるだろうか」
二人に、交互に穏やかな眼を向けながら説明を求める左大公に、バーナダムは少し躊躇いがちに、イザークを横目で見やりながら話し始めた。
***
時折、『これで間違ってないよな?』と確かめるようにイザークを見やりながら、話しを進めるバーナダム。
それに対する彼からの反応がないことにムッとするも、構わず話を続けた。
「ふむ……きちんとした説明がされないことに、バーナダムは納得できないでいるのだな」
「はい……」
一通り聞き終え、確認を取るかのように眼を見てそう言ってくれる左大公に、バーナダムは素直に返事を返しながら、黙したままのイザークに眼を向けていた。
「どうだろうか、イザーク」
左大公は、バーナダムの時と同じように、真っ直ぐにイザークと眼を合わせ、
「バーナダムも、きちんと説明がされれば、納得できると思うのだが……」
そう執り成してくる。
「…………」
イザークは暫し黙した後、眼を閉じていた。
一人で大丈夫だということを、バーナダムに納得させられるだけの説明を、することは出来ない……
本当に必要はないのだが、その理由として、バカ正直に『自分は天上鬼だから』と言う訳にもいかない。
並外れた能力者だと、そう思ってくれているのだろうが、並外れているだけで、限界がないとは思ってはいないだろう。
だからこその、『手助け』の申し入れなのだから……
かと言って、他に適当な理由が、今は思いつかない。
何より、ノリコを自分以外の人間に任せる――そのことが受け入れられない。
それは、ただの我儘だと分かっている上に、恥ずかし気もなく『理由』として言える内容でもない……
だがどうしても、『ノリコを背負う』それだけは、譲ることは出来なかった。
「ジェイダ左大公……言葉を返すようで済まないが、本当に一人で大丈夫だ。手助けは必要ない」
平静を装いながら、結局、相手を怒らせるだけだと分かっている言葉を、言うしかなかった。
***
「だぁかぁらぁ……何で大丈夫なのか、それを説明してくれって、言ってるじゃないか!」
「バーナダム! 落ち着くんだ、バーナダムッ!」
イザークに食って掛かろうとするバーナダムのその肩を、前から必死に抑え、なんとか落ち着かせようとする左大公。
熱くなってゆくバーナダムとは対照的に、イザークは背を向け、まるきり無視を決め込んでいるように見える。
「すいませんっ!」
自分のみならず、左大公への無礼な態度に返答……
いい加減、我慢が出来なくなったのか、バーナダムは一言謝ると、落ち着かせようとしてくれている左大公を、力づくで脇に退かしていた。
「バーナダムッ!」
左大公の呼び止めも聞かず、バーナダムはイザークの肩を掴むと、思い切り振り向かせる。
またも、無理矢理振り向かされ、さっきよりも冷たく見据えてくるイザークに怯むことなく、バーナダムも対抗するように見据え返していた。
「バーナダムッ!」
乱暴なことになりはしないかと、慌てて二人を止めに行こうとするジェイダ。
作品名:彼方から ― 幕間2 ― & 第三部の最初だけ 作家名:自分らしく