ワルガキと妖怪アパートと魔法の塔
「げげっ…自分の家族を殺して、斧で切り刻んで、自分の土地に埋めたやつがいるんだってよ…」
てつしが心底嫌そうな声で「犯罪録」の記事を読んだ。
「何でそんな残酷な事が平気で出来るんだようー!あぁーっ、鳥肌立ってきちゃった!」
ブルブルと体を震わせながらリョーチンは言う。
「イカれちまったのさ。狂った人間は何だって出来る」
椎名は「フッ」と冷ややかに笑った。
「でもよぉ、イカれちまうっていっても、イマイチよく分かんねぇよな。いくらおかしくなっちまったからって、父ちゃん母ちゃん、兄弟まで何で殺せるんだ?」
「そうだよ!元々父ちゃんと母ちゃんが居たから自分が生まれてさぁ、そんでもって苦労して育てて貰ったんだよ!?兄弟だってずっと一緒に育ってきて…」
「てっちゃんやリョーチンがそう思う様に、両親や兄弟がウゼーとか、自分一人で大きくなったんだかと思っちゃってるんだろうねぇ…《感謝》の気持ちが持てないから、殺すって行為に走っちまうんだな」
「そりゃあ、たまには父ちゃんや母ちゃんがウゼーと思う事だってあるだろうよ。でもよ、そんなもん誰だって一緒だろ!?何でそれを《お互いサマ》って思えねぇんだ!?」
「そうだ!その通り!」
「自分ばかり何で我慢しなきゃいけないんだ…そんなセリフが簡単に想像出来るよ、二人とも。自分は不幸だ、自分は可哀相だ、自分は、自分は。世界が狭いのさ。世界の中には自分だけ。他人の痛みを知ろうともせずに、自分ばかりが傷ついてると嘆く、悲劇の主人公気取りさ。反吐が出るね」
「ひっひひひひ!言うよなあ、ガキどもよ!!この世界に、どれだけそんな甘っちょろい考えの者がいるものか!人間など、一皮剥けばただの欲の塊よ!自分の事しか考えず、自分さえよければいい。そんな風に考えるから誰も手を貸さんのだ。それを自業自得と思えんのだから、全く救いようもない!そんなアホどもは、とっとと地獄に堕ちた方がいくらか世のためになろうて!!」
てつし達の話を面白そうに聞いていたおやじが、これまた面白そうに、心底愉快そうにそう言った。
三人は、言葉を失った。
あまりにも、おやじの言うことが正論だったから(言い方はともかく)。
自分の事を大事に思うのは当然だし、また必要な事でもある。
ただしそれは、世界を自分だけに留めず、色んな人達と話し、価値観をぶつけ合い、考え、悩み、乗り越える為である。
他人など関係ない、とばかりにハナっから他人を切り捨てては、そりゃあ他人からもお前なんか関係ない、と切り捨てられても文句を言えるはずもない。
その程度、てつし達ですら簡単に理解できるのに、それを理解出来ない人間のなんと多いことよ。
「人間って、バカだよな…」
自分もバカなてつしが呟く。
「うん…。」
リョーチンも同意する。
「その内滅んでしまえばいいさ。それだけの事をやってきたし、これからもするんだ。憎み、蔑み、殺し、最後には滅ぶ。それでいいんじゃないの?」
椎名も辛辣な意見を言う。
「でも、俺にはリョーチンと椎名がいる」
「でも、俺にはてっちゃんと椎名がいるよ」
「でも、俺にはてっちゃんとリョーチンがいる」
三人、ほぼ同時に口に出していた。
三人はちょっと顔を見合わせ、それから腹の底から大笑いした。
おやじも、そんな三人を見ながら「ひひひ」と笑っていた。
おやじの飼い猫、ガラコも薄目を開け、それから「ひひひ」と笑った。
こうして、てつし達は少しずつ、少しずつ大人になってゆく。
おやじにくっつき、ミッタンをからかい(三田村巡査という元暴走族のリーダー。硬派で知られ、四天王の三田村との異名を取るが、三人悪には全く歯が立たず、いつもロクな目にあわない。ただし三人悪の方は三田村巡査を気に入っている)、ケンカもイタズラも探検も遊びも沢山、勉強もちょっとだけして、成長していく。
「おっかえりー、夕士クン」
ラクガキの様な顔でそう言ってくれたのは、一色黎明。詩人にして、大人向けの童話を書く小説家でもある。
「ただいまっス、一色さん」
そう言って俺は笑う。
ここは、寿荘。通称―「妖怪アパート」。
信じられないかもしれないけれど、ここは正真正銘本物の幽霊、妖怪だらけのアパートだ。
俺の名前は稲葉夕士。
条東商業高校を卒業し、師匠(?)である古本屋――奇書、珍本を求めて世界をさすらい、時にはジャングルで、はたまたアンデスの山奥で、インディ・ジョーンズばりの冒険もする武闘派商売人――との世界旅行を終え、その間書いていたブログを元に書いた小説が、その年の新人賞やら何とか賞やらを三つもとってしまい、しかも中ベストセラー位に売れた(誰より俺が驚いた)為、いつの間にやら立派な小説家だ。
中学一年の時、両親を亡くした俺が一人暮しをする、通称「妖怪アパート」は、大家さんは黒坊主。賄いさんは手首だけの幽霊。人間に化けて会社勤めをしている妖怪。そのほか妖精、精霊、わけのわからないモノ多数。
それに負けじと人間達も、次元を行き来する商売人とか高位の霊能力者とか、ホントに人間かどうか怪しい奴らばっかりだ。
それでも、この妖怪アパートは俺のちっぽけな常識を粉々に打ち壊し、それを新たに作り替えてくれた。
人生を変える様な人間達との出会いを果たさせてくれた。
だから、このアパートと人間、勿論妖怪達にもどれだけ感謝している事か。
ここに来なかったら、今の俺はきっと、無い。
そして、何の因果か冗談か、このアパートで俺は【小(プチ)ヒエロゾイコン】という魔本と出会い、その主人に選ばれてしまった。
不本意ながらも、術師の端くれとなってしまった俺は、勝手に本を出たり入ったりする案内人【フール】に一つ一つ力を説明して貰った。
が、それがまた「プチ」という名前に相応しくホラばかり吹く猫だの、何でも知っているが歳を取り過ぎて耄碌したフクロウだの、500円玉を出しただけで力を使い果たす万能の精霊だの…とにかくまぁ使えないやつらばかりだ。
しかし本物のヒエロゾイコンならば一匹本から呼び出すだけで命懸けというから、プチの方でよかったのかもしれない。や、本当によかったかは分からないけど。
しかしプチとはいっても魔本は魔本。呼び出す度に俺は命を削っていたらしい。こうして俺は訳も分からない内に修業をする事になった。何でこうなるんだ!とその時は思った。
トレーナーについて貰い、ひたすらに朝の5時から水行、水行。よく耐えたもんだと自分でも思う。
だがそのおかげで、今はプチを開いても命を削られる心配はないし、力も最初の頃に比べると上手く扱える。感謝だ。
朝五時。
まだまだ都会は眠りについているけれど、彼はとっくに目を覚まし、野菜の収穫に精を出していた。
陣内龍神(タツミ)。天神の磯の岬に立つ「塔」の住人。小学六年生の晩秋にここへ越して来た。
小学生だった彼も今や高校生。
小学生の時、亡き祖父が建てたという「塔」に出会って人生が変わった。
作品名:ワルガキと妖怪アパートと魔法の塔 作家名:たかはし