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ワルガキと妖怪アパートと魔法の塔

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以前の俺なら血気盛んに向かって行ったかもしれないが、古本屋のおかげで何度も命を落としそうになりながらも何とか生き延びた今では、ひったくりなんぞ可愛く思えてしまう。

とは言え、ひったくり犯はどう見てもこちらの方に向かって走ってくるし、目がヤバい。あれは躊躇なく人を刺せる目だ。

仕方ない。

俺は嫌々「プチ」を取り出し、ページを開いた。

すぐに身の丈15㎝程の小人が出現し、俺に深々とお辞儀した。

「ご主人様!呼ばれるのを今か今かと待ちわびておりましたぞ!何しろ日本に戻って来てから滅多に呼んで下さらず、我々精霊と致しましても…」

「あー、悪かった、悪かった」

…だから呼びたくなかったんだよ。俺はフツーに生きようとしてんだからな、出来れば「プチ」は使わないに越した事はない。


「さあさ、ご主人!何度も命を落としかけながらも我等を使いこなし危機を脱し続け、更に洗練された力を今こそお見せ下さい!」

いや、好きで何度も危機に陥ったわけじゃないぞ?


「サク!」

バリッ!と、青い放電が引ったくりめがけて走った。

「サク!月の宮を守護する毒サソリでございます!」

サクにとり憑かれた者は、痺れて動けなくなってしまう。

引ったくりは動けなくなり、その場に突っ伏した。

「お見事でございます!こやつめも、一週間も動けなければ反省するでしょう!」

「ああ…って一週間も!?以前は30秒位しか動けなく出来なかっただろ!?」

「それだけ以前とは段違いに力が上がったという事でございます」

俺は頭をかかえた。イヤ、そりゃあ高校生の頃に比べれば「プチ」を使う機会は格段に多かったし、というか使わなければ今ここにいなかっただろうけども、所詮「プチ」だぜ!?

アパートの住人達から白い目で見られた、情けない魔本だぜ!?

俺は別にバトルなんて望んでないんだから、そんなに力が強くなったって仕方ないんだよ!


「ご主人様、とりあえずサクを戻しませんと…」

「あ、ああそうだな。ちょっとショックで…うっかりしてたよ」

バリッ!と青い放電が起こり、サクは「プチ」に戻った。

全く動かない引ったくりからバッグを取り返し、引ったくられた女性に渡した。

「あ、ありがとうございます…」

女性は挙動不審にバッグを受け取り、次いで倒れた引ったくりを複雑な表情で見つめた。

それを見て、俺は慌てたが、冷静を装って言った。

「ああ…ちょっと気絶してるだけです、しばらくすれば目が覚めますよ」

一週間後だけどな。


それを聞いて女性は安心したのか笑顔になった。

「そうなんですか、本当にありがとうございます!……あ、巡査さん、どこ行ってたんですか!今引ったくりに遭って…え?ああ、大丈夫でした、この方が捕まえてくれて…」








「えーっと、この辺のハズだよな…いや、まだ先か…?それにしても分かりにくいな、この辺りは…でも、龍神の地図がなけりゃ、ここまですら辿り着けなかったかも…」

鈴江信久は、周りの建物と地図を見比べながら、そうひとりごちた。


信久は、滅多に来ない上東に、龍神に頼まれた野菜の苗を買いに来たのだ。

勿論、足の悪い信久に龍神が無理に頼んだ訳ではない。

たまたまこちらに来る用事があり、龍神がそろそろ野菜の苗が欲しいな~と言っていたのを聞いて、それならついでに買ってきてやるよと安請け合いしたのがそもそもの始まりだった。

上東にはいい苗を分けてくれる所がある、と龍神が言っていたからだ。

龍神は足の悪い信久を使う様で悪い、と遠慮したが、信久はついでだから気にすんな、と笑った。

「じゃあ、お願いするよノブ。あ、地図書いとくから持って行って。あの辺りは分かりにくいからね」

「おお、サンキュー龍神。…!何だこの地図、買ってきたのか!?無茶苦茶詳しく書いてあるじゃねーか!これで迷うんだったら俺、人間やめるぜ」

「いやそれがね、それだけハッキリ覚えてるのに迷っちゃうんだ。まるでどっかに吸い寄せられてるみたいにさ」

「マジ!?そんな事ってあるのか?」

「それで、迷ってるといつも何故か近くに、「寿荘」っていう時代を感じるアパートがあるんだよねぇ」

「……ソレ、普通に考えたらそのアパートに引き寄せられてんじゃないのか?」

「イヤ、まず「引き寄せられる」って発想が普通じゃないからね、ノブ?」

「幽霊や使い魔や魔女と一緒に暮らしてるのは普通だってのかよ」

「ん?そうだよ?」

「そうだよって、お前…!」


信久は先日の龍神との会話を思い出しながら、そういやあ俺の場合は「寿荘」に出会わないなぁと思った。実際、先程からもうかれこれ1時間近く迷っているのだが。

まあ、特に急ぐ必要もないし、龍神などは「多分辿り着けないから、そこまで行けたらでいいからね」と、買えたらラッキー位に考えているから、着けなきゃ着けないでいいのだが。

更にウロウロしていると、こぢんまりとした公園を発見した。

色褪せたベンチに腰掛け、右手の松葉杖を離す。少し休んで落ち着こう、と信久は考えた。

そういえば、以前より長距離を歩いても疲れにくくなった。やはりあの週に一度の「武道」の鍛練が効いているのだな、と鬼軍曹の綺麗な顔を思い浮かべ、苦笑いした。

あまり人の来ない公園で、行き交う人々をぼーっと眺めていると、長身で黒服を着た男性が、小さな子供を二人連れて信久の方へ近寄ってきた。


「やあ、こんにちわ」

男性はそう言ってにっこり笑い、手を振ってきた。

えらく恰好いい人だな、というのが信久の第一印象だった。

年齢的には24というところだろうか。長い髪を後ろで束ね、優雅でスタイリッシュである。洗練されており、上品であり…とにかく、「恰好いい」の一言に尽きた。


二人の子供のうちの片方が、「抱っこ」というふうに両手を伸ばした。信久は、ベンチに座りながら抱っこしてやった。温かかった。

「ふふ、祐樹に好かれたね。君は優しい人のようだ。」

男性は、そう言って優雅に微笑んだ。

「そうっスか?なら嬉しいな。祐樹っていうのか。よーしよーし。あ、もしかして双子っスか?よく似てるけど」

人見知りをしないのは信久の長所である。初めて会ったこの男性にも、すっかり馴れ馴れしく話し掛けている。

「そう、君が抱っこしてるのが祐樹、こっちが大樹。今から知り合いの所へ連れていこうと思ってね」

「そうなんスか。この子達は、おじ…お兄さんのお子さん達なんですか?」


「おじさん」と言いかけた信久だが、男性の眉がピクリと上がったのを見て、慌てて「お兄さん」と言い直した。


「私の事は、龍とでも呼んでくれ。残念ながら、この二人は私の子ではないよ。」

龍という男性は、そう言ってにっこりと微笑んだ。余程おじさん呼ばわりされるのが嫌とみえる。誰かから散々言われているのかもしれない、と密かに思う信久だった。

「ところで君、さっきからずっとベンチに腰掛けているけど、どうかしたのかい?」

龍さんにそう言われ、信久は何をしていたんだっけ?と自問し、それからすっかり忘れてましたがと前置きして、

「ココに行きたいんスけど…龍さん分かります?」