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章と旌 (第三章)

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子供心にそう感じていた。皇帝は平旌のように、ただ可愛がったりはしない。同じ王府の人間なのに、何故か平章だけが、少し隔たりがあるような、、。平章に向ける表情も、どこか平旌に向けるものとは違うのだ。ただ平旌には、それが大人扱いされているようにも見えて、兄に対する憧れが更に強まった。
自分には優しい皇帝が、兄に対して牙を剥いた、、。背筋が寒くなるのを感じた。
「違います、陛下は何も、、、。誰も次子様の事で、世子を責めたりはしませんでした。だから、世子の呵責は自分に向いて、、。」
平旌は、あっ、と思った。
「東青、、兄上は自分で自分の手を、、潰した?、、、。」
「、、、、、、。」
「東青!!!。」
『しまった』という顔をして、東青は下を向く。
からんと剣を落として、平旌は東青に詰め寄った。
「もう、言ったも同じだ。兄上は、自分を責めたの?。」
──そんなのは兄上らしくない、、。──
平章は、いつも冷静で、取り乱す事など無いと言っていい。きっと今回だって、卒無く動き、情報を集めて、効率的に自分を探し当てたのだと思っていた。
「私は、東青から聞いたなんて言わないし、言ったからといって、誰もお前を責めたりしないよ。
頼むから、教えて。
私は知るべきだと思うんだ。何も知らないで、ヘラヘラ笑ってなんていられない。」
「、、次子様、、、。」
東青の表情は複雑だった。だが、覚悟を決めたようで、言葉を選んでゆっくりと話し出した。
「、、、、世子は、次子様の行方が分からなくなっても、『必ず帰って来る』と、落ち着いていましたが、内心不安で仕方が無い様子で、、、、。日を追う毎に不安が増し、眠れぬ夜もあったようです。暇を見つけては、左路軍に行き、直接、当時どうだったのか、行方を聞いて回っておりました。
特に、次子様の行方が分かる十日ほど前は、殊更酷く、、、まともに眠れてはいなかったご様子で、、。」
「えっ、、、、、。」
「あの数日は昼間も虚ろなご様子で、、、言葉をかけても、うわの空で、、、。お休みになるよう勧めたのですが、横にもなれぬようで、、じっと一点を見つめ、、、身動きもせずに、、軍営の卓に向かっておられました。、、、、、、ふとした瞬間に、正気でなくなるのではないかと、、、、。」
想像もつかない兄の姿に、平旌は絶句する。
「別人のような世子のご様子に、、気を付けてはいたのです、、、ですが、真夜中に軍営から居なくなり、、、。
明け方、軍営から離れた川の岩場にいるのを見つけて、、、。世子の右手と、側の大岩が、、血塗れで、、、。
ご自分でも、何故ここに居るのか分からないご様子で、、、。」
「、、、嘘だ、、、考えられない、、そんな、、きっと誰かが、、。」
「、、、、、。」
もうそれ以上の事実は無いのだろう、二人共、続ける言葉が無かった。
──東青は言葉を選んだ。──
事実はもっとずっと、酷かったのかも知れない、と、平旌の直感が働いた。
東青の手が、自身の膝の上に置かれ、そして、震えている。東青にとっては、思い出せば、まだ震えるほどの事態だったのだ。

「東青、、分かった、、行かないよ、どこにも。部屋に戻る。」
平旌が穏やかに言った。
東青は、はっとして平旌を見ると、微笑んでいる。
無理やり作った笑顔が痛々しい。
『あの日の事は、絶対に誰にも言うな』と、東青は平章に、釘を刺されていたのに、言ってしまった。寄りにもよって、平旌に。平章が、一番知られたく無かっただろう平旌に、教えてしまった。
平章にも平旌にも、申し訳が無く、東青は座ったまま拱手をして、平伏した。言わざる得なかったにしろ、口に出してしまった罪悪感に潰されそうで、そのまま伏して、平旌を見送る。
投げ出した剣も荷物もそのままに、平旌が部屋へ向かって遠ざかっていくのを感じていた。
遠くから、ゆっくりと、平旌の部屋の扉が、閉まるのが分かったが、それでも、東青は頭を上げることが、出来なかった。
平伏していれば、自分のした事が、消える訳ではなかったが、平伏したままでいた。





「、、、、?、どうした、東青??。」
どれ程、伏していたか分からない。東青は、遠くから声をかけられ、顔を上げる。
声の主は平章だった。
「、、??。」
泣き出しそうな東青の顔と、平旌の投げ出した剣と荷物。
その二つを結び付け、平章の顔が険しく変わる。
「、、東青!!、まさか、、、言ったのか??。」
「、、、、、。」
東青は、何も答えられず、俯いた。
「チッ。」
「、、、すみません、世子。罰して下さい。」
東青は平伏す。
「立て、東青、、平旌を探しに行かねば。」
「いえ、、次子様は部屋に戻られると、、、。」
「東青、見に行ってみろ。平旌が居るもんか。そういう奴だ。」
「え?。」
よろめきながら立ち上がり、必死で走って、平旌の部屋に向かった。
平章が、平旌の剣と荷物を拾って、後を追う。
東青が平旌の部屋の扉を開ける。
そこに居るはずの、平旌の姿は無かった。
「、、、そんな、、。」
「どの位、前だ?、何か言ってはいなかったか?。」
東青の背後から、平章が、声をかけた。
「、、あっ、、、。」
何が何だか、混乱してしまった様子の東青を見て、平章はふっと笑う。
━━東青は、必死で止めたのだ。私の命令を破ってまで、、。━━
「恐らく、まだ金陵に居るだろう。金陵ならば、探し出せる。
お前も探すのを手伝え。」
かつて東青が、心配したような状態には、平章はならなかった。
その様子に、東青は、ほっとする。
「お前は、來陽王府へ行け。それとなく、平旌が来なかったか確認するのだ。恐らく行っては居ないだろうが。
私は、都の左路軍営を探ってみる。
余り、表立って騒ぐなよ、平旌の為にも、父上の為にも、、。」
「はっ。」
「平旌は馬で行ったか?。平旌が抜け出すのは分からなくても、馬が王府から出たかどうかは、分かるはずだ。」
「、、、いえ、、馬が出た気配はありませんでした。」
「、、、、うむ。」
また、平章が平静を失うのではないかと、東青は内心ヒヤヒヤしていた。だが、いつも通りの平章で、てきぱきと指示を出す姿に安堵した。
「東青、平旌が徒歩だからと、楽観するなよ。あいつときたら、思いもしない場所に居るぞ。、、さっさと見つけるぞ。」
自信に満ちた、平章の横顔。
行方が分からなくなって、初めのうちはこうだったのだ。てきぱきと情報を集め、、、だが、手掛かりもなくひと月が過ぎると、、。
「はっ。」
東青は平章に拱手をして、探しに向かおうと走り出す。
「東青、一刻だ。他に、心当たりを探して、一刻後に、見つけられなくても、必ずここに戻るのだ。分かったか?。」
「はっ。」
もう一度、拱手をして、東青は厩に向かった。
平章は、平旌の荷物を部屋に置き、門の方角を見つめる。
「、、私が、必ず見つける。」

平章は、軍部や、金陵の左路軍に行き、更に他の心当たりを回り、それとなく平旌が来てはいないか、探りを入れてみた。
平旌は、左路軍にも、平旌の顔見知りの居る部隊にも、来た様子はなく、他の場所も空振りだった。
初めから平章は、恐らく、都の軍部には、顔を出してはいないだろうと、思っていたが、それでも、可能性を一つずつ、消していかねばならぬ。
作品名:章と旌 (第三章) 作家名:古槍ノ標