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自分らしく
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彼方から 第三部 第一話

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 話しの内容がノリコのことだったから、余計に――反応してしまった。
「いや……だから、人のことだから、その……」
 恥じ入るように俯き、今更のように言い繕うが、もう、後の祭りである。
 ロンタルナとコーリキにじぃっと見詰められ、バーナダムは顔を上げられずにそう呟くしかなかった。

「ほらみんな、この辺で宿を見つけるよ、馬から降りておくれ」
 そんなバーナダムの様子をほぼ無視するように、ガーヤがそう言いながら馬を降りていた。
「とりあえず、その宿で待ってておくれよ。まずあたしが、先に姉さんに渡り、付けに行くからさ」
 馬を皆に預けると、ガーヤは宿を見つけるのを任せ、勝手知ったる街の裏通りを駆けていった。

          ***

「ノリコ達も、ケガがなければ一緒に来れたのだが……」
 宿を取り、その一室でジェイダが窓の外を眺めながら呟いている。
「仕方がない……追われる身としては、田舎に大人数で集まっているよりは、都会の雑踏の中に紛れた方がいい」
 途中の町の郊外の空き家で、怪我の療養中のノリコと、その世話をしているエイジュ。
 二人を護衛するような形で残ったイザークとバラゴ。
 そして、占者がいた方が何かと助けになるだろうと、アゴルも娘と共に、当然のように彼らと共に残った。
 彼らとの別れ際の様を思い返しながら、ジェイダはこれまでのことをも思い返し始めていた。

「一足先にここまで来てしまったが……思い返してみれば夢のようだ。一度はケミル側に捕らえられながら、イザーク、バラゴ、アゴル……そして、ガーヤ、ノリコ……白霧の森ではエイジュ――数々の人に出会い、助けられ、化物と戦いながらここまで来てしまった……」
 その脳裏に浮かんでは消えてゆく、この数日間の出来事。
 ガーヤの店を訪れ、兵に捕らえられ、ナーダの城の牢館に収監された時は、これでもう終わりなのかと、半ば覚悟を決めていた。
 だが、そこで出会ったイザーク……そして、ナーダの近衛だったバラゴ。
 元傭兵のアゴルの手助けにより、危機を脱することが出来た。
 イザークとガーヤが知り合いであったことや、そのガーヤに預けられたノリコが、偶然にもアゴルに助けられたこともそうだが、バラゴも牢館で、イザークとの立ち合いがなければ、こちら側に付いてくれていたのかどうか……
 白霧の森では、偶然にもエイジュと会えたことで、化物に対抗する戦力が増えた。
 彼女の歴戦の経験も、その能力も、どれだけ助けになったことか……
 これも、エイジュが五年前と同じ依頼主から、同じ依頼を受け続けてくれていたからこそと言える。
 五年前のあの依頼の親書を、もしも自分が受け取っていなければ、この繋がりはなかったのではないかと、そう思える。
 休養も兼ねた数日間で互いに話した内容を思い返し、ジェイダは沁々と思う――
「人の世の出会いとは、不思議なものだ……なあ、みんな、そうは思わないか?」
 と…………
 だが……

「おまえ、今、ノリコとイザークが一緒にいるのが気になってしょうがないんだろー」
「なんだ、そうかあ、こいつぅ」
「なんだよー、あにすんだよー」
 若い三人は宿の中、ジェイダの話しを聞いているのかいないのか……
 ロンタルナとコーリキに、抑え付けられからかわれ、バーナダムは顔を真っ赤にして抵抗を試みている。
 言われていることが図星なだけに、何も言い返せはしないのだが……

 若者にとって何より気になることは――好意を寄せた相手のこと。
 男女の恋愛――それに勝る話しはないのかもしれない。
「…………こらこら……何をじゃれ合っている、おまえ達」
 追われているという悲壮感も、どうにかしなければという気負いもない。
 常に明るいこの三人は、いい意味で、重荷を軽くしてくれる存在だった。
 故にジェイダも、呆れた眼で三人を見るも、きつく叱ったり窘めたりなどせずに、穏やかに見守っていた。

    *************

 ――あたしったらっ……!

 ――ああ、あたしったら、あたしったら……

 ――なんて……
 ――なんて恥ずかしい…………


 ノリコが悶えている。
 一人、羞恥心に駆られて……


 ――つれづれと思い返してしまうここ暫く……
 ――そうよ
 ――しっかり覚えているあの日の夜……
 ――イザークに対してとっても大胆発言

 ――それどころか
 ――それどころか!!
 ――その前にそう……
 ――確かあたしは、変身した彼を引き留めようとして
 
 ――確か…………


 脳裏に浮かぶのは、変容した彼に――イザークに口づけをする自身の姿……
 途端に、これ以上は縮められないというほど身を縮め、ノリコは耐え切れないほどの羞恥心で赤くなる顔を埋めていた。

 眼前に広がる、風光明媚な景色の中――群生している花々の中へ……

 ――必死だったんだよう!
 ――もう二度と会えなくなる気がして……
 ――必死だったんだようっ!!

 自らが行ったイザークへの恥ずかしい行いを、自分で言い訳している……
 全身の痛みに意識が朦朧となりかけている中、本当に必死だった。
 イザークが……変容した姿を見られてしまったことで、自分から離れようとしているのが分かったから。

 絶対に、それだけは、嫌だった。
 ほんの数日……たった数日離れただけだったが、あの、心許無さ……
 どれだけ自分が、彼に魅かれていたのか……彼の存在が、どれだけ大きなものだったのか――どれほど、彼のことを自分が想っていたのか、痛感した。
 言葉を覚えても……
 この世界の習慣を覚えても……
 たとえ一人でやっていけるようになったとしても……
 二度と、イザークと離れたくなどなかった。

 彼が、許してくれるのなら……傍に居させてくれる、その間は……
 離れたくない。
 ノリコは、心の底からそう願っていた。

          ***

「どうしたノリコ。気分が悪いのか?」
 まるで、花々の中に埋もれてしまいたいとでも思っているかのように、蹲っているノリコ。
 アゴルが彼女の頭の先でしゃがみ込み、心配気に声を掛けている。
 ノリコは一人、数日前の出来事を思い返し、ただ悶えていただけだったのだが、傍から見れば確かに……気分が悪くなったのかも? と思われても仕方がないのかもしれない。
「あ……アゴルさん」
 頭の上から優しく降る声に、ノリコはまだ少し赤いままの顔を上げた。
 ジィッと、様子を窺うように見詰めるアゴルと眼が合う。
「いえ……あの」
 すぐに俯き、なんとか言い繕おうと、ノリコは言葉を並べてゆく。
「つまり、は……花の香りが、いいなァと……」
 まさか、恥ずかしい想いに耐えかねて……などと、言えるはずなどないのだから。

「ああ……そうだな……いいところだ、ここは」
 ノリコの思惑に気付いているのかいないのか……
 アゴルは彼女の言葉を、『恐らく』そのままの意味で受け取ったのだろう。
 そう言いながら、広がる景色に眼を向け、立ち上がった。
 傍らに寄り添い、服の裾を掴む娘の頭に、大きな手の平を優しく乗せ、
「ジーナの目が見えたらなァ……見せてやりたいよ」