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自分らしく
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彼方から 第三部 第一話

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 ずっと――怪我で安静にしていた為、借りている家の周辺ぐらいしか、ノリコは見ていない。
 少し動けるようになってきた彼女の、久しぶりの外出先に、この草原を選んでくれたのはイザークだった。
 町で、時々珍しい薬草が見つかるという話しを聞き、一度ここを訪れたことのあるイザークが、選んでくれたのだ。

 ――やはり、見せてくれようと思ったんだろうか……
 ――この素晴らしく綺麗な景色を……

 イザークの腕に抱かれたまま、美しい色彩を見せてくれる花々を、波打つ緑の草原を見渡すノリコ。
 どんなに素っ気ない態度と言葉を向けられても、やはり、彼の優しさを感じてしまう。
 『惚れた者の贔屓目』かもしれないが……
    
          ***

「んー」
 ポリポリと額を掻き、馬車にノリコを乗せるイザークに、
「おれ達、邪魔だったかなー、勝手にくっついてきて」 
 バラゴがそう言ってくる。
 怪訝そうに振り向くイザークに、
「せっかく、二人で出かけようとしていたのにな」
 笑顔で、そう付け加える。
「何を言ってる」
 近場の木に括り付けた、馬の手綱を解きに行くイザーク。
 素っ気ない返事を返してくるその背中に、
「だってよおまえ、おれに声掛けられるまで、花冠に気が付かなかったろ。あんな目立つかっこ、ふつう、寄ってくる間に分かるもんだぜ? 二人もいたのによ」
 バラゴはエイジュの方をちらりと見ながら、ニヤリと笑みを浮かべて、
「とどのつまり、おまえ――ノリコのことしか見えてなかったってことじゃねぇか」
 そう、指摘した。

 ……イザークの、動きが止まる。

 ――え? ホント? え?

 反対に、ノリコはバラゴの言葉に嬉しさと戸惑いが隠せず、何度もバラゴとイザークの背中を交互に見やっていた。

「だからなんだ?」
 少しの沈黙の後、イザークは平然とした声音で、そう返してくる。
「ノリコはケガ人だから、気に掛けるのは当たり前だ」
 手綱を解き終え、動揺など微塵も感じさせない表情を見せ、いつもよりも『冷たい』と、そう思えるような瞳で見返しながら……

 ――あ……

 彼の言い方に、その表情の冷たさに――

 ――なんだか今、あたしのこと、拒絶された気分が……

 ノリコはそう感じた。
 一瞬でも、バラゴの言葉に嬉しく思った反動が、鼓動に表れる。
 イザークが自分のこと、本当になんとも思っていないのだとしたら……そう考えると、動悸が収まらない。
 だから、何も言ってくれないのでは……
 だから、最初の応急手当ても、躊躇いもせずに出来たのでは……
 そんな風に思えてきてしまう。

 今までの旅路の中、彼がそんな無神経な人ではないことぐらい、分かっているはずなのに……
 なのにどうしても不安になってしまう。
 怖い想像が消えない。
 はっきりとした返事を、訊きたくても訊けなくなってしまう。

 目線が、下へと向いてしまうノリコ。
 そんな彼女とイザークを見やりながら、バラゴは『んー』と、額を掻いている。
 イザークの示した態度に、何やら思うところがあるような素振りだ。
 そんな三人の言動を、アゴルは考えているのかいないのか……半ばキョトンとした面持ちで見やっている。 

 平和な……平和で穏やかな美しい草原。
帰り道、馬車の荷台で揺られながら、その景色に癒される。
だが、ノリコの心中は、平和な風景に逆らうように、とても穏やかにはなれなかった。

   *************

「きゃーーーっ!」
 豪奢な屋敷に、若い女性たちの悲鳴が、逃げ惑うような足音と共に響いている。
「へっへっへっ……」
 その悲鳴を追うように、屋敷の中へと足を踏み入れる、粗野な男達。
 人を見下し、脅すように睨みつけ、ズカズカと断りもなく奥へと進んでゆく。
「姉ちゃん好みだぜ、ちょっと付き合えよ」
「きゃーっ! きゃーっ!」
「ゼーナ様っ! また、変な人達が……!!」
 三人の男たちは、その屋敷に住まう若い娘二人の手を、嫌がるのも構わず掴んでいる。
 二人の娘が奥へと逃げようとするのに任せ、そのまま付いて歩き、まるで、犬でも散歩させているかのように掴んだ手を引いている。

「その手を離して出てお行きっ!!」
 娘たちの声を聞きつけ、この屋敷の女主人……『ゼーナ』が、大声で叱りつけるようにしながら姿を現した。
「ここは、お前達のような無頼漢の来るところではないわっ!!」
 娘たちを護るため体を張り、男たちに立ち向かってゆく。
「あんだとォォ……」
 男たちの内の一人が、ゼーナの言葉にムカついたのか、その顔から下品な笑みを引っ込めると、
「ひっこめっ! くそばばあっ!! いつまで城お抱えの占者のつもりでいやがるっ!!」
 激しく怒鳴りつけ、彼女を張り飛ばしていた。
 堪らず、倒れ込んでゆくゼーナ……
「ゼーナ様っ!!」
 男に腕を掴まれながらも、必死に女主人を助けようと手を伸ばす、黒髪の娘。
 もう一人、金髪の娘も、顔を蒼白にして、必死に男の手から逃れようとしている。
「もう、国一の占者の座は、とっくにタザシーナ様のものになってるのに気が付かねぇのか!」
 笑いながら、ゼーナを張り飛ばした男がそう言ってくる。
 彼女たちの様を、傍から傍観するように見ていたリーダー格の男が、部屋の中を指差し、
「おい、かまわねぇ! その辺のもの、端からぶっ壊して回れっ!!」
 そう言うと、率先して椅子を高々と振り上げた。
「これに懲りたら、さっさとここを出て行きなっ!!」
 紋切り型の脅し文句と共に、振り上げた椅子をこれ見よがしに更に高く掲げ、床に叩きつけようとする。
 張り飛ばされ、床に倒れているゼーナ。
 男たちに腕を掴まれ、動きを封じられ、逃げることも抗うことも出来ずにいる娘たち。
 彼女たちは成す術もなく、ただ、見守るしかなかった。
「おりゃああっ!!」
 振り上げられた男の腕が、大層な掛け声と共に、振り下ろされようとした時だった。

  ガッ――!!

 その男の腕を力強く握り、止める者がいた。
「あたしの姉さん家で、何やってんだよ」
 眉根を寄せ、表情険しく男を見据えるのは、元灰鳥一族の女戦士――ガーヤだった。
 残った片方の手で握り拳を作ると、ガーヤは躊躇いもなく椅子を振り上げた男の顔を殴り飛ばしていた。
「なにっ!?」
 鈍い打撃音に、残る男共二人が驚き、振り返る。
 だが、既に時遅く――ガーヤは最初の男を殴り飛ばした後、すかさず、残る二人の内一人に蹴りを食らわし、卑怯にも背後から捕まえようとしてくる一人に裏拳をお見舞いしていた。
 流石は、元灰鳥一族の戦士……それなりの年を重ねているはずだが、その動きはその辺の無頼漢では相手にならぬほど滑らかで素早い。
 腕を掴まれていた二人の娘も難を逃れ、起き上がろうとしているゼーナの元へと駆け寄ってゆく。
 駆け寄りながら、戦況が気になるのだろう、振り返り、助けてくれた女戦士を見やる。
 その顔に、二人の娘は驚いた。
「あれは……!」
 その声に、ゼーナも見やり、
「ガーヤ!?」
 と驚きの声を上げる。
「姉さん!!」