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自分らしく
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彼方から 第三部 第一話

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 三人の無頼漢の内の一人の首を、背後からそのたくましい腕で締め上げ、ガーヤは姉の無事な姿を見て、嬉しそうに笑みを浮かべた。
 見合う二人の顔を、娘たちが何度も交互に見やっている。
「え……」
「あ……ゼーナ様……」
「ゼーナ様が、二人!?」
 驚き、眼を見開き、それ以上言葉が出て来なくなる娘たち。
 無理もない、二人は確かに姉妹であるがただの姉妹ではなく双子……しかも、口元にある黒子の位置が左右違うだけの、本当に瓜二つの双子の姉妹だった。

   *************

 十数日後――
 その日は朝から、慌ただしく皆が動いていた。
 ノリコの怪我はほぼ治り、怪我をする前と同様に歩き、動けるようになってきたこともあり、イザークたちは明日、ガーヤ達と合流すべく、セレナグゼナに向けて発つことにしたのだ。

「車輪が痛んでるな」
「ああ、大丈夫だと思うが、念のために補強しておいた方がいいだろう」
 バラゴとイザークがその準備のため、馬車の点検をし始めていた。
 窓から身を乗り出し、少し嬉しそうにその様子を見やっているノリコ。
 肩にかかる程度の長さだった彼女の髪は、今はもう、胸の辺りにまで伸びている。
「じゃあ、おれ達は町まで買い出しに行ってくる」
 ジーナを乗せた馬の手綱を引きながら、皆に聞こえるようにそう言ってくるアゴル。
「おう、気をつけてな」
「ああ」
「いってらっしゃい、アゴルさん、ジーナ」
 三人三様の返事に笑みを返し、アゴルが鐙に足を掛けた時だった。
「ああ、待ってアゴル」
 厩の方から、エイジュがそう言いながら荷物を乗せた馬を引いて来た。
「エイジュさん?」
 窓から身を乗り出したまま、ノリコが怪訝そうに首を傾げている。
「あたしも途中まで一緒に行くわ、流石に、そろそろアイビスクへ戻らないとね」
 馬の首を撫でながら皆を見回し、そう言ってくるエイジュ。
「えっ! 行っちゃうの?! エイジュさんっ!!」
 ノリコは驚きを隠せず、思わず外に出て、エイジュの腕を掴んでくる。
 エイジュは、ノリコの手に自分の手をそっと添え、離れさせながら、
「あなたの怪我が治って、ある程度動けるようになるまでは――と思っていたし、それに……あたしは雇われの身ですもの、いつまでも依頼主の元に帰らないという訳にはいかないわ」
 そう言って、少し済まなそうに微笑む。
「でも、急に……怪我を診てもらったお礼を、ちゃんとしたかったのに……」
 ノリコは泣きそうな顔で胸の前で手を握り合わせながら、訴えるように見詰めてくる。
「そうね……ご免なさいね、そういうの――慣れていないのよ。改まってお礼なんてされたら、恥ずかしくて……だからほら、泣かないで」
 大きな瞳一杯に涙を溜めているノリコの頬を優しく撫で、エイジュはいつもの小首を傾げた笑みを見せていた。
「まぁ、そういう気持ち、分からなくはねぇけどな……」
 バラゴがそう言いながら歩み寄ってくる。
「しかし――やっぱ行っちまうのか……」
 らしくなく溜め息を吐き、
「仕方ねぇけど、なんかよ、ついこのまま、ずっと一緒にいるような気がしちまってたな」
ポリポリと額を掻きながらそう言ってくれるバラゴ。
わざわざ、馬車の点検の手を止めて、来てくれた彼に、
「フフッ……そう言ってもらえるのは、少し、嬉しいわね」 
 エイジュは笑みを向けながらそう返した。
「ジーナも、ちょっと寂しいな」
 馬上から聴こえてきた、ジーナの小さな呟きに、
「あら、ジーナまでそんなこと言ってくれるなんて……」
 エイジュは彼女を見上げ、満面の笑みで応えると、前鞍を持つその手を優しく握った。
「なんでぇ、おれに言われるよりも嬉しそうだな」
 腕を組みつつ、文句を言ってくるバラゴに、
「だって、ジーナの方が可愛いんですもの、仕様がないわ」
 と、それが当たり前だとでも言うようにエイジュも返している。
 少し照れた笑みを見せるジーナ。
「ハハッ――当然だな」
 バラゴの隣でアゴルが笑いながら、慰めるように彼の肩を叩いていた。

「エイジュ」
 ノリコの後ろから、ちょうど、会話が途切れたところを見計らい、イザークもエイジュに声を掛ける。
「ガーヤの姉さんという人は、グゼナでは有名な占者らしい。彼女に会うのは、あんたが受けた依頼の役に立つのではないか?」
 明らかに、引き留めているように思えるセリフに、他の面々が思わず、イザークを見た。
「あら」
 エイジュもイザークのセリフに嬉しそうな笑みを見せ、
「引き留めてくれているのかしら?」
 と、からかうようにクスクスと笑う。
「い……いや……」
 少し、顔を赤らめ、
「そうではないが……」
 軽く否定しながら、目線を逸らすイザーク。
「冗談よ」
 エイジュはそんな彼に微笑みかけ、
「正直名残惜しいけれど、帰りの予定を大幅に過ぎてしまっているわ……流石に、依頼主も心配しているだろうから……」
 そう返した後、徐に馬から離れ、借り家の前を通る道へと歩き出した。
 何事かと、動きを追うように見やる面々を振り返りながら、
「一つ、あなたに良いものを見せてあげるわ、イザーク」
 エイジュはそう言うと、静かに剣を抜いた。
「あなた確か、遠当てが出来るのよね?」
「ああ」
 怪訝そうにしながらも、端的に答えるイザークを横目で見やった後、エイジュは剣先を地面に向けると『気』を、剣に籠め始めた。

 ――『気』が……?

 密度を高め、集約してゆく気を感じ取り、イザークは眉を潜める。
 気を見ることの出来ないバラゴとノリコは、エイジュのしていることが分からず、ただ、首を傾げて見ているだけだったが、アゴルとジーナは違った。
 ジーナははっきりと、その守り石の導きにより、彼女の気が剣先に集まってゆくのを感じることが出来た。
 アゴルも、二人ほどではなかったが、エイジュの持つ剣に、何かが起きているのは感じ取れていた。
 剣先に十分な『気』を集約すると、エイジュは数ヘンベル先に立つ、一本の太い木に剣先を向け、
「良く見ていて……これは、遠当ての応用よ」
 そう言いながら特に構えたりすることもなく、軽く、何もない空間を、剣で素早く薙ぎ払っていた。
「なんだ?」
「エイジュさん?」
 バラゴとノリコが、更に怪訝そうにして首を傾げた時だった。

    スパァンッ――

 何かが、切れたような音が聴こえた。
 何が切れたのかと、ノリコとバラゴが辺りを見回す。
「ノリコ、バラゴ、さっき、エイジュが剣の先を向けた木だ」
「へ?」
「え?」
 イザークがその木を見つめたまま、教えてくれる。
 二人が視線を向けると同時に……彼女が剣先を向けた木が、音もなく傾いでゆく……
「……え?」
「あ……」
 思わず目を見張る二人。
 斜めに、ゆっくりと滑り落ち、木は地響きを立てながら倒れていく。
 ほぅ……っと、小さな溜め息が聞こえる。
「すごいよ……すごいエネルギーの塊りが飛んで、あの木を切り倒しちゃった……」
 ジーナが胸の守り石を握り締めながら、瞼を閉じ、そう呟く。
「ほんと? ジーナ……」