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自分らしく
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彼方から 第三部 第一話

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「だが、それはもういいんだ……そんなことを訊ねたところで、どうせあんたは応えてはくれんだろう?」
 しかし、自分が抱いていた疑念を気付かれていたと知り、開き直ったのか……アゴルは諦めたかのような溜め息を吐き、微笑んでくる。
「確かに、そうね……」
 エイジュはそう返しながら、アゴルから視線を外せずにいた。
 穏やかそうに見えるその笑みの中に、何か――別の意図を感じていたからだった。

「そんなことよりも……」
 笑みを浮かべたまま、少し俯き加減に眼を伏せ、言葉を続けるアゴル。
 エイジュは無言で、彼の次の言葉を待った。
「さっき、イザークに見せた技のことを訊きたい」
「…………」
「何故、白霧の森の化物には使わなかったんだ?」
「…………」
「それに、やって見せなくても、あいつならいずれ習得する技だと言っていたな、ならどうして、今、このタイミングでやってみせたんだ?」
「…………」
「この先……あの技が必要になる出来事が待っていると、分かっているからじゃ、ないのか?」
「…………」
「あんたは一体、『何を』知っている?」
「…………」
「エイジュ……」
「…………」
「……何も、応えてはくれないのか?」
「…………」
「エイジュ――!」

 アゴルの問いにエイジュは一言も返さず、ただ瞼を閉じ、静かに指先を胸に当てていた。

「……何を考えている?」
 暫しの沈黙の後、アゴルは指先を胸に当てたままの彼女にそう問い掛けた。
「ガーヤから聞いた。あんたが考え事をする時の癖だそうだな……指先を、胸に当てるのは……」
「……ええ、そうよ」
 ゆっくりと瞼を開き、伏し目がちに応えるエイジュ。
 そのまま、少し眉を潜め、辛そうな表情を見せた後、エイジュは口元を少し、綻ばせた。

「白霧の森で、あの技を使わなかったのは……使うと皆が危ないとそう判断したからよ」
「……皆が危ない?」
 問い返すアゴルに、頷くエイジュ。
「あの技はね、攻撃範囲が広くて……あれだけ建物が密集している上に、皆も動き回っていたでしょう? 狙いを違えれば、被害は化物以外にも及ぶ可能性があったわ……だから、使わなかっただけよ……」
 そう言うと、ゆっくりと指先を胸から離し、手綱を握ってゆく。
「……他の問いにはもう、応えてはくれないのか?」
 その様に、『もう問答は終わりだ』という、エイジュの無言の応えが籠められているように思え、アゴルはもう一度問い掛けた。
「今は……無理ね」
 馬を、東に続く街道の方に向けるエイジュ。
「今は……? なら、いつならいいんだ? いやそれよりも、また、会う時が来るというのか?」
「そうね、あなたが『愚かではない人』でいる限りは……」
 そう言って肩越しに振り向くエイジュの顔色が、少し、蒼褪めているように見える。
 その瞳が、『もう何も訊くな』と、訴えているように見える。
 だが、このまま黙って行かせてはいけない気がする……
 彼女が『何か』を知っているのなら、その『何か』を、聞き出さなくてはいけないような――そんな気がしてならなかった。

「お父さん……もう、止めてあげて」
 
 胸元から聴こえる娘の声に、アゴルはハッとした。
「ジーナ……」
 首を無理矢理反り返らせるようにして見上げてくるジーナの瞳が、とても悲しそうに自分を見ている。
「どうしてだ、ジーナ」
「だって、エイジュ……とても苦しそうで、辛そうなんだもの」
「ジーナ……」
 娘の言葉に、アゴルは何も言えなくなる。
 確かに、彼女の顔色は、蒼褪めているように見える。
 彼女が『何を』辛く感じているのは分からないが、ジーナの言う通りなのだろう。
 それでも、このまま行かせる訳には――そう思えてしまう。
「エイジュは、悪い人なの? お父さん」
「え……?」
 不意の問い掛けに、アゴルはまじまじと、娘を見詰めた。
「だって、ずっと、エイジュに怒ってるみたいなんだもの……」
「いや……その……」
 何も映し込まない娘の瞳。
 だが、その瞳に見詰められると、自分の中に在る自分でも気づかない何かを、見透かされるような、そんな気がしてくる。
 それが、自分の娘だからなのか、それとも、彼女が『占者』だからなのか……父親とは言え、アゴルにも分からなかった。

「違う、彼女は悪い人じゃないぞ、ジーナ」

 ――少し、先走り過ぎたか……

 そう思う。
 応えを求めるあまり、『今』必要としていないことまで追求しようとしてしまう……

 ――悪い癖だな

 アゴルは、見上げ、見詰めてくる娘ジーナの頭を優しく撫でると、今度は本当に、その肩から力を抜いた。

「済まなかったなエイジュ……要らんことを訊いた」
「……いいえ、いいのよ」
 変わらず、その顔は少し蒼褪めたままだが、彼女はいつもの小首を傾げた笑みを見せてくれる。
「あんたは、悪い人間じゃない。むしろ、おれ達を助けてくれた……『おれ達』の味方だと、思っている――今は……だがな」
「フフッ……ありがとう」
 アゴルは馬を少し近づけると、笑みを見せながら、
「さっきは無碍にしてしまったからな」
 そう言って、エイジュに向けて手を、差し出した。
 その手を暫し見詰めた後、エイジュも手を差し出し、微笑みながら握手を交わす。
「道中、気を付けて。無事を祈っている」
「……ありがとう、あなたもね」
「エイジュ、ジーナも、ジーナも無事を祈ってるよ」
「ありがとう、ジーナ」
 そう言いながらにっこりと笑い掛けてくれるジーナ。
 エイジュは彼女の柔らかい髪を撫でながら、笑みを返していた。

「それじゃあね……」
「ああ」
「エイジュ、元気でね」
 互いに手を振り合い、別れてゆく。
 東へと向かう馬の背を、アゴル親子は暫し、その場で見詰めていた。

「よし……買い出しに行くか、ジーナ」
「うん、ちょっと遅くなっちゃったね」
「そうだな、ま、急ぐ必要もないからな」
 鐙を踏み込み、馬を進ませるアゴル。
 その背から、東に向かう街道を、もう見えなくなってしまったエイジュの背を、少しの間、見やっていた。

          ***
 
 歩く馬の背の上で、エイジュは苦し気に息を荒げ、胸を抑えていた。
 アゴルの問い掛けに、『何も返してはいけない』と『あちら側』が伝えてきたにも拘らず、エイジュは応えてしまっていた……からだろう。
 その前にも、イザークに見せたあの技……
 あの技を見せたことも、『あちら側』はどうやら余計なことと判じたようだ。
 彼女が言った通り、必要に迫られれば彼なら自然と出来るようになるはずの技。
 今、見せる必要は……彼女が見せる必要はないと、そう言うことだろう。

 どこまでも――いつまでも、彼らに対して……イザークと、イザークを中心に集まった光を持つ者たちに対して……自分の自由意思は許されない。
 必要な時に必要なことを、必要なだけ……

 だが、会えば会った分だけ、接する時間が長くなればなるほど、彼らに対して、世話を焼きたくなる。
 余計なことをしたり、言いたくなったりする……
 それは、自分に与えられた役割ではなく――しかも、今はまだ分からない『本当の役割』にも、影響を及ぼしてしまいかねないこと……