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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上

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 こうして面と向かっても改めて、その若さが、被り物越しの容姿からも伝わる。
 それだからこそタンも斉藤も、つい馴れ馴れしい態度をとってしまっているのかもしれなかった。

 だが一方で、未熟さは漂わせない。
 以前取材を受けたときは、まだ浅いはずのキャリアに反した、ただならぬ気配が印象深かった。今回もそうだ。

 バニラは微笑んでいたが、バリツは思った。
 この青年の笑みは、どこか影がある、と。
 それも悲しみではなく――虚無めいた笑み。

(これまでのやりとりに気分を害しているわけではないのかもしれないが……そも根本的に、何かの感情が欠落し、それを補う為に振舞っているかのような――)

「ところで、失礼を重ねるようだが」
 斉藤がバニラに問う。
「その頬の傷は?」

「ああ、これかい」
 バニラと名乗る青年が、右頬にそっと手を触れる。
 
 元々の端正な顔立ち。
 しかしながら、その右半分には、爛れを伴った古傷が走っている。
 まるで、熱した鍵爪で幾重にも刻まれたかのような。
 或いは、顔面のすぐ横で、小さな爆発にでも巻き込まれたかのような――。

「なんというかな、まあ昔、戦場カメラマンの端くれだったことがあってさ」
「相当な経歴をお持ちのようですねェ」
 値踏みするかのように、塵芥川はしげしげとバニラを見つめる。 
「んー、まあ昔のことですよ」

 こともなげに答えるバニラ。
 コーヒーに口を付けながら、バリツは改めて思った。

(この若者は、果たしてどんな修羅場を潜り抜けてきたというのだろうか?)

 話題の転換を試みてか、自然な流れか。
 斉藤が別の角度から口を切る。

「それにしても珍しい被り物だ」

「バニラ君の被り物は、クーフィーヤと呼ばれるものだね。ターバンと混同されがちであるが、大きな赤と白の布を、イカールと呼ばれる羊毛の輪で固定したものだ」

 バニラは口元を緩めている。相変わらず、目の光はない。

(彼のクーフィーヤは――或いは顔の傷を隠す意図もあるのだろうか?)

「にしても所長、たまに学者らしいこというよなー」
「いちおう私、冒険家教授の端くれなんだけどなあ~タン君……」

「へへへ、中睦まじいことで」

 塵芥川が笑み、抱えたアイスティーをずぞぞぞと無遠慮にすする。
 テーブルにそのグラスが置かれ、氷がカランと音を立てる。
 彼は手を軽くパンと合わせた。
 
「そしたら、親睦を深めたところで、本題に入らせていただいても?」
「芥川君、今日はどんな面白談話を聞かせてくれるのかね?」
 親しみと、すこしの皮肉。そして怪訝――。
 三つの気持ちを込めながら問い返すが、彼は答える代わりと言わんばかりに続ける。
「突然ですが皆さん――こんな怪談をご存知ですかね?」

 下卑た笑みの塵芥川。
 唐突な話題の振りようであった。
 何の脈絡もなく、どうやら怪談話を始めるというのに「皆さん、怖い話は大丈夫ですか?」などと配慮したりはしない。
 いかにも旧友らしいことだ。それにしても、一体?

「ある男がですね、夢を見ていたんですよ。いわゆる明晰夢という奴ですかね。自分が夢の中にいることを自覚できるっていう状態でね」

 バリツは眉を寄せ、如何わしげに。
 斉藤は腕を組み、興味深げに。
 タンは腕を組み、興味なさげに。
 バニラは冷静な眼光を、塵芥川に向け――

「尤も、彼にとっては、明晰夢自体はよくあることだったみたいですがねぇ」

 四人は話に耳を傾ける。

「その夜は気づけば薄暗い無人駅にぽつねんと立ってたみたいなんですわ。そんでね、アナウンスが流れるんです――『まもなく、電車が来ます。乗ると怖い目に合いますよ』とね」

 バリツは自身の横で、斉藤が身じろぎした気がした。
 まだ話は始まったばかりだというのに、何か気になるワードでもあったのだろうか?

 塵芥川は懐から煙草を取り出し、火をつける。
 曇りを燻らせながら、言葉を継ぐ。

「そんな彼の前にやってきた電車――こいつが普通じゃない。遊園地とかによくあるようなアトラクション電車ですかね。顔色の悪い男女が数列にわたって、先んじて座ってるのが見えるわけですわ」
 
「え、乗っちゃうのかね? その胡散臭いやつに」

「乗っちゃうんですわ。『まあ何かあってもすぐ起きられるだろう』――好奇心に駆られてね。後ろから3番目の席に着くとね、電車が発車するんです。ところが外の景色は何も見えやしない。ガタンゴトンとひたすらに、電車はゆっくり進んでいく」

「嫌な予感しかしない流れだ……」

「退屈を覚え始めたその時ね……アナウンスが流れるんです。『次は~いけづくり~、いけづくり』。するとどうでしょう!」
 
 塵芥川の芝居がかった口調は、突如として熱を帯びる。
 気づけば、はじめは興味なさげだったタンも、彼の話にじっと聞き入っており、その顔は思いなしか青ざめていた。

「突然の恐ろしい悲鳴! 振り返れば、一番後方の座席の男性にぼろきれを纏った小人のようなものが群がっているではありませんか」

「どういうことかね?」

「始めは目撃した彼も、何がなんだか分からんかったのです。ところがね、その小人は全員が、その手に刃物を持っていたんですわ。そしていつの間にか、電車内には肉を突き、えぐる生々しい音」

「なんやそれ、まさか……」

「そう! 小人たちは男の体を刃物でもって、解体していたんです。それはもうまさに魚の活け造りめいてね」

「うわあ……」
「あー、芥川君」

 周りを見渡しながら、バリツはいったん話を遮る。
 客こそまばらではあるが、いい歳のアラサーが喫茶店で話すには物騒すぎる話題だ。

「場所を考えたまえ。小声で話すか、もうちょいオブラートに包んだ表現をできないものかね……」

「旧友のバリツ君はノリがよろしくないようだねえ。ま、いいでしょう」
 塵芥川は肩を竦めるが、同意した模様であった。
 慣れた様子で、煙草の煙を天上めがけ、ふっと吐き出す。

「それで」
 バニラが口を切った。
 じっと塵芥川を見つめている。
「次もいかがわしい駅名のアナウンスが流れて、同じ電車の人々が殺戮されていくっていうことですか? その駅名にちなんだような」

「ご明察でさ。へへ、まあこの場は旧友の忠言を尊重しやすけどね」

 慣れている様子もなく、そもそも上手くできてもいないウィンクをした後、塵芥川は話を進める。

「男は想像を絶する光景に驚きましたがね。もう少し様子を見てから目を覚まそうと思ったわけですよ。油断ですよ油断。そんでね。一番後ろの男が忽然と姿を消したら、続きましては『次は~えぐりだし、えぐりだし』。今度は二人の小人が現れ、後ろに座っていた女性の目を――……っとね」

 両の手を宙に掲げ、親指を内側にねじ込むような動作をしてみせる。
 おぞましさが伝わるには十分であった。
 バリツは頷き、無言にて続きを促す。