CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上
「そこでようやく流石にまずいと思うわけですよ。そう間を置かずに、『次は~ひき肉、ひき肉』。そして見ると……いつの間にか、件の小人どもが膝に乗っかってるんですよ。彼らの手に握られていたのは、ナイフなんて生易しいモンじゃあない。ウイーンと言う音がする機械――肉裂き機、挽き肉マシンとでもいうべき代物ですわ」
「そんな道具があってたまるか……」
一連のグロテスクな話に、バリツは顔をしかめ、呟く。
一瞬の間を置き、続ける。
「このままではシャレにならない事になるわけで。『もう無理だ! 十分だ!』 ……念じた瞬間、彼は目を覚ます事が出来た」
「……な、なんや、最後はあっけないやん」
「その気になれば目覚められる、というのはあながち過信ではなかったみたいだね」
「それで終わりではなさそうですね」
タン、バリツに続き、バニラが言葉を挟む。
「ご明察。この話には、2つの続きがあるんでさァ」
「二つやて……?」
「まず一つ目。四年後ね、すっかり夢の事を忘れていた彼はある晩、再び同じ場面に出くわすんです。以前の如く……『えぐりだし』のアナウンス。もちろん、もうあんなのはこりごりだと、始まった瞬間目覚めようとする。ところがどっこい……」
「目覚められなかった、と」
「その通りでさあ、バニラさん。その日に限ってね」
話が新たな不穏の色を帯びてきた中、ふとバリツは違和感を覚えた。
一番口を切りそうな斉藤が、先ほどからずっと押し黙っている。
寡黙な雰囲気のバニラですら、言葉を挟んでいるというのにだ。
(怪談話に怖気づくような気質には思えないが……純粋に聞き入っているというのだろうか?)
塵芥川の話が続く。
「――目の前に挽肉にする様な機械の音がどんどん近付いて来た。覚めろ! 覚めろ! ……必死に念じていると、ふっと当たりが静かになった。冷めやらぬ緊張の中――気がつくと、彼はいつもの布団の上にいたんです。滝汗に濡れてね」
「生還したんやないか」
まるで自身のことのように安堵した様子で、タン。
「よかった逃げられた! そう確信し、起き上がろうとする。途端、不思議な声を聴いたんです――『またのご乗車を、お待ちしております。次に来たときは最後ですよ』とね」
塵芥川は、灰皿に煙草を押し付けた。
タンはあんぐりと口をあけるが、言葉が出てこない様子だった。
「ちょっと待った」
とたん、斉藤が机を平手で叩いた。
何事かとそちらを見やった一同は、斉藤のとんでもない発言を耳にした。
「その電車を作ったのは俺だ!!!!」
沈黙。唖然とする一同。
「え」バリツ。
「は?」タン。
「何だって?」バニラ。
「……ほう!」塵芥川だけは目を輝かせる。
「あー……あの、斉藤君?」あまりに唐突な話に、バリツは確認する。
「電車というのは、さっきの話のアトラクションめいた電車のことかね? 都市伝説の?」
「間違いねえぜ。夢に小人が……猿たちがでてきて、一緒に電車を作ってくれといわれたんだ」
「猿、ですかい?」
「ええ。あいつら超いい奴らで、なんだか意気投合しちゃって。何の疑いもなく着手しちまいました」
あまりに唐突な、あまりに突拍子もない話である。どこから突っ込んだものかも分からない。
だが、斉藤の口ぶりは、嘘を語っているようには全く思えなかった。むしろ真剣そのものだ。塵芥川の話を茶化そうとしているわけではないことが見て取れる。それにしてもやはり、どこから突っ込んだものかわからないが……。
「マジかね……」
「つか、猿と同類と認識されたんかいな……」
「電車はまさに、夢に出てきたような形状なのかい?」
呆れ返る二人を尻目に、冷静にバニラが尋ねた。
「そうなんだよ。ホラー系のアトラクション電車だ。こいつは偶然とは思えねえ」
「そもそも斉藤は、陶芸家ちゃうん? 畑違いやんけ」
「いやーそれが、何だか夢の中ならできる気がしたんだよ。なんかこう、材料とか、設計方法とかも、とんとん拍子に事が運んでさあ」
「まるでギャグのような話。といいたいところだが……」
バリツは腕を組む。
「斉藤君は嘘をつくような男ではない。根拠はないが……偶然ではないのかもしれない。芥川くんの話とも、あるいは因果関係がある……のかもしれないな」
とはいえ、どうしても歯切れが悪くなってしまう自覚があった。
斉藤はバリツの腕をつかみ、おもちゃをねだる子供めいて揺さぶる。
「いや~マジなんだって、バ~リ~ツ~!」
「う~、嘘をついているとは、全く思っていないが、あまりにも予想だにしなかった話であるから~、ネ……」
「ま、何にしても、面白い話でさ。へへ。偶然にしても何にしても、何かの縁って奴なのかもしれませんねえ」
そして塵芥川は、意味深に独りごつ。
「――これはさっそく一つ、大きな収穫なのかもしれませんねえ」
「……どういうことかね? 芥川君。私達と何の関係が?」
「言ったでしょう? この話には続きが二つ。まだもう一つの続きがありましてね――」
塵芥川が一瞬の間をおいたその時、バニラが口を切る。
「――『この話を聞いた人も、同じような夢に巻き込まれる』。ってところですか?」
塵芥川はニヤリと笑みを浮べる。
「……ご明察」
「え、ちょ、きさま~!」
「マジかよ~!」
バリツとタンは、そろって動揺を露にする。
都市伝説とはいえ、内容が内容だ。例え怪談話にインパクトを添えるスパイスであったにせよ、縁起でもない。
旧友の行いを咎めるように、バリツは問う。
「いったいなんでこんなことを~!」
「まあ、単刀直入に言って、ネタに困ったからきかせさせていただきやした」
特に悪びれた様子もなく、塵芥川は言ってのける。
「もしも何か面白いことが起こりやしたら、記事の参考にさせていただきたくなりやしてね。へへ」
「軽く言うがねえ、芥川君――」
呆れ返る中、バリツの脳裏にふと、ひとつの体験が過ぎった。
約二ヶ月前の体験。「尾取村」での怪異。
謎の神を呼び出す野望を秘めた村長の儀式により、自分とタン、斉藤、そしてトンデモ少女アシュラフは、山奥の「尾取村」に召喚された。何の前触れもなく、生贄として選ばれて。
結果的に、どうやら自分達は「神」の光臨を阻止し、五体満足で帰還できたわけではあるが、危ない橋を渡っていたことは間違いなかった。
今回の怪談話と尾取村での体験を絡めるには、突飛ではあるのかもしれない。
だが、バリツは思わず、たずねてしまう。
「……それで我々の命の保証は?」
きょとんとした様子で、塵芥川は答える。
「まあ私は人づてにこの話を聞かされても大丈夫でしたし? 残念ながら……」
「残念なのかね」
「まあ、安心してくだせえ。へへ。仮に何か起きたとしても命まではとられんでしょう」
「塵芥川さん。その話は誰から聞かされたんです?」
バニラが鋭く問う。
確かに見逃せない質問事項だ。
その判断力に、バリツは舌を巻いた。
「他の知り合いの新聞記者から聞いた話ですわ。調べれば似たような話はよくでてきやしたぜ」
バリツは旧友の表情を観察する。
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上 作家名:炬善(ごぜん)