CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上
嘘をついているようには見えなかった。
ネタに困っていたから聞かせた。
知り合いから聞いたし、調べたら似たような話自体は出てきた。
……どれも嘘偽りのない話なのだろう。
何にしても、はた迷惑な話ではあるが。
「ま、ともあれ」塵芥川は続ける。
「実のところ、今日お集まりいただいたのは気晴らしでさあ。おかげで貯めてた話を語れて、スッキリさせていただきやしたぜ。へへ」
「やっぱりはた迷惑ダネ、君は……」
「何も起こらんとは思いますがねえ。もしも面白いことがおこるようなことがあれば、バリツ君を通して教えてくだせえ。記事に活用させていただき――」
突如として、タンが椅子から滑落したのは、その時であった。
何かの拍子を受け、飛び跳ねるようにして、角を蹴り飛ばしたのだろう。テーブルが激しくひっくり返り、灰皿、コーヒー、氷の溶け切りつつあった空のコップが、宙を舞う。もはやちゃぶ台返しの域だ。
バニラはいち早く退避していた。
斉藤はそもそも運よく巻き込まれていなかった。
だが、真正面の塵芥川の元には雨あられとテーブルの上のもろもろが降り注ぎ……
「んなっ」
タンの隣のバリツは、彼の腕に引っつかまれるようにして、真後ろに共々転倒する。
刹那。時が止まったかのような感覚。
斉藤の小声――「芸術的だ」。いや、どんなセンスだ!
どんがらがっしゃん! と、やかましい音が店内に響き渡る。
店員が慌てて駆け込んできた。
「いったいどうしたんだ……タン君」
後頭部をさすりながら、バリツは隣のタンを見やる。
助手の顔は青ざめていた。
「い、今。テーブルの下に、何か――……」
転倒の衝撃は相当なはずであったが、それすら気にならない様子であった。
訝って、バリツは(テーブルはすっかりひっくり返ってしまったので)テーブルが元あった場所に目をやる。
台無しのスコーン、割れたガラス類、飛び散った吸殻。
ちゃぶ台返し後の惨状の他には、何も目ぼしいものは見当たらなかった。
タン共々バニラに助け起こされる中。
気遣う店員に、呆けた声で謝罪する中。
バリツの内に、空恐ろしい感覚が、こみ上げてきた。
(何が……始まると言うのだ)
☆続
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上 作家名:炬善(ごぜん)