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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
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CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 中

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6、邂逅ないし遭遇



 じゃんけんの結果、分散行動の組み合わせが決定した。
 片や、バリツと斉藤コンビ。
 片や、タンとバニラコンビだ。

「んー……成る程」
 タンと組むことになったバニラは肩をすくめる。
「なんか意味深やな~、バニラ」
「いや、気にしないでくれ。よろしく頼むよ?」
「当たり前やろ~。俺だってアレや、こんなところ早く出たいんや……」

「では私と斉藤君は券売機からトイレまでを調べることにするよ」
「俺とタンの二人は、コインロッカーとその付近だね」
「うむ。二人とも、よろしく頼む」

 異界の景色を目にした出入り口を、探索開始地点として――
 右側をバリツと斉藤が。
 左側を、タンとバニラが。
 それぞれ探索することが決定した。

 二人がコインロッカーへ向かうのを見送り、バリツと斉藤は、券売機へと歩みを進める。

「斉藤君」
 途中、バリツは声を少し潜め、語りかける。
「この駅の全容については、君も詳しくは知らないのだね?」
「ああ。俺が関わったのは、あくまで電車作りだけだからな……力になれなくてすまねえぜ」
「気にすることはない、斉藤君。これは私の勘だが、君と猿との繋がりは、大きなカードになるように思えるんだ」
「そうか? ありがたいぜ」
「まあもっとも、私もビックリはしてるけどネ……君と猿との仲については」
「いやでもよ、バリツ。ホント、あいつらいい奴なんだぜ?」
「君がそういうなら嘘偽りはないのだろう。ただ、人間を憎悪しているようにも見えるのが気がかりだが……」
「そこは俺もよくわからねえんだよなあ……」

 こぢんまりとした券売機を前にすると、上方には路線図が描かれていた。
 路線図は券売機4つぶんほどの大きさだが、描かれている路線図は簡素で、ホームの掲示物と同じく、駅名もやけにかすんでしまっていた。

「あれは俺たちの現在地か?」
 斉藤の指差す先をバリツは見やる。
 自分達がいると思しき駅は、薄紅色まで薄れた赤マークで強調されていた。
 『き さ  ぎ』。ホームと同じ駅名のようだった。

「結局よくわからぬな……」
「あそこのあれは何て読むんだ? 『いけぶくろ』……じゃねえな、『いけづくり』だ」
「聞き覚えのある駅名だ……」
 バリツは悪夢の空間で目にした殺戮ショーを思い出し、ゾッとする感覚を覚えた。
 他のかろうじて読める駅名も、似たり寄ったりのようだ。
「しかし端から端まで、現世のものと思しき駅名は伺えないな」
「ああ。外の景色といい、やっぱここはあいつらの世界なんだろうなあ」
「うむ……」

 果たして我々は無事に還れるのか……?
 恐怖から、その一言がでかかったが、ぐっと堪えた。
 この掲示を見て、なるほど不安は増した。だが、今はできることをやるしかない。

 続いて、二人は券売機に目をやる。ボタンはそう多くないが、いずれも何の文字も表示されていなかった。

「どれがどれだか、これではわからぬが……」
 バリツは試みに、懐から取り出した財布の硬貨を入れる。
 だが。
「……飲まれた」
「マジか」
「500円玉入れたの、ちょっと後悔している。これで新作のお茶漬け買うつもりだったのに……」
「切り替えていこうぜ、バリツ」
「ひょっとすると、この世界にはこの世界専用の硬貨があるのかもしれないな」
「ありえるなあ。俺も皆がどんな金を使っていたかまではわからねえが……」
「猿たちの通過――探す価値はあるかもしれぬな。律儀に換金ともいかぬであろうが……」
「とにかく、この辺りにこれ以上手がかりはなさそうだな」

 彼らが振り返った目線の先には、共用トイレだ。
 日常であれば、何かを捜し求めるには不釣合いであるが、今のような非常事態では、どんな場所にヒントがあるかわからない。

 トイレに向かいながら、バリツはちらりと、タンとバニラの方を見やる。
 バニラが左側の駅長室へ向かう一方で、タンは右側の自販機を探っているように見える。
 二人とも、コインロッカーから離れている形だ。分担行動をとっているのだろうか?

 共用トイレの壁は、昭和情緒を思わせる、パステルカラーのタイルで装飾されていた。いずれのタイルも、ひどく色あせていたが。
 悪臭こそなかったが、まるで長らく使用されていなかったかのように、やけに乾燥しているように見えた。

 より近づくと、すぐに違和感を覚えた。
「斉藤君」
 バリツは聞き耳を立て、声を潜めて呼びかける。
「女子トイレから何か、物音がする気がするのだ……」

 バリツ達からみて、左が女子トイレ。右が男子トイレだ。

 左から響く、ぐぐもった、作業音。
 硬いものをゴリゴリと削り、金属物を、カンカンと打ち付けるような。
 よくみると、女子トイレ入り口の足元は、やけに砂ぼこりが目立つように思える。まるで、何かを削りだした粉塵が、飛散してきたかのように。

「俺も聞こえるぜ。間違いねえ」

 斉藤も肯定する。
 自身の心拍数が高まるのを、バリツは感じた。
 紛れもない、恐怖だ。

「ぶっちゃけ、ものすごく近寄りたくないのだがね、斉藤君……」
「いや~、わかるぜ。でもよ、どの道避けるわけにはいかないと思うぜ」
 斉藤は、バリツほど物怖じはしていない様子だ。
「バリツ。まず、男子トイレから調べるとしないか?」
「そうだな……賛成だ、斉藤君」
「どの道いきなり女子トイレは芸術に反する」
「まあ入りづらさはあるよネ……」

 大股で、男子トイレへと足を踏み入れる斉藤に、バリツは――自身の奇しくも同名の名を冠するマーシャルアーツ「バリツ」の構えをとったまま――続く。
 聞き手である左手を前にまっすぐ突き出し、右手は手前に。

「バリツ、俺を殴らないでくれよ~」
「そんなことせぬってば!」

 小声でやりとりしながら、トイレに踏み入った。

 左手に小便器が三つ。
 左手には、個室トイレが、同じく三つ。
 トイレ内は決して広くはないが、息苦しさを覚えるほどではなかった。

 個室トイレの手前の二つは開いているが――奥だけは何故か閉じている。
 バリツは臆するが、斉藤はゆっくりと歩みを進める。

「猿~? いるのか~? 猿~?」
「え、呼びかけるの……!?」
「まあ任せとけって」 

 警戒を緩めているわけではないだろうが、その豪胆さには舌を巻かざるを得なかった。
 ゆっくりと、一番奥の扉へと近づきながら、バリツはちらりと開いているドアの内側を見やる。
 薄汚れているが、何の変哲もない腰掛式便座。
 ドアをみやると、古いトイレには一般的なかんぬき錠だ。
 内側からしかかけられない代物。では……内側から閉じていると思しきトイレの中は一体?

 二人は閉じたドアの前に差し掛かった。
 マーシャルアーツを構えるバリツの四肢に、思わず力が入る。(斉藤は「お前ちょっと力抜けよ~」といいたげな眼差しをバリツに送るが、バリツは無言のアイコンタクトで「むり」と返した。)

 斉藤が、そっとドアをノックしようとすると、間髪いれずに、それは開け放たれた。
 ばね仕掛けさながらの勢いだ。

「!」

 二人は反射的に距離をとる。