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『掌に絆つないで』第四章(前半)

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Act.01 [幽助] 2019年10月18日更新


コエンマに承諾を得た幽助は、霊界の審判の門にある一室に辿りついた。
同行していたぼたんを始め、部屋には誰も近づかないよう指示する。一人きりになった彼は、冥界玉が収められている箱の札を一気にはがした。
その瞬間、部屋中が赤紫の光に呑まれる。
それは蔵馬、飛影とともに冥界玉の光を浴びたときと同じ現象。
光に目を焼かれながら箱に手を伸ばし、蓋を開け中身を確認した頃、すでに箱の中は空っぽだった。
一度目と同じく、彼には冥界玉を取り込んだという自覚がなかったが、今は自らの予測に希望を託す。自分は冥界玉を取り込み、思い描く人物を蘇らせることができるのだ、と盲目に信じる以外に手はなかったのだ。
桑原、頼むぜ……。
ぼたんを部屋に呼び戻した幽助は、「人間界に行くぞ」と一言告げた。


「幽助は桑ちゃんを復活させるって断言したけどさ、あんたは一度目、誰も蘇らせてなかったじゃない? 今回もそうだったら……」
「ぼたん!! そんなどうしようもねェことは考えるな……!」
人間界を目指すあいだ、胸中の不安を打ち明けるぼたんを幽助は一蹴した。とはいえ、幽助に先ほどまでの自信はどこにも見受けられなかった。
正直なところ幽助自身も不安を大きく膨らませていたのだ。
取り込んだはずの冥界玉が、いつその力を発揮するのかわからない。蘇らせた人物がどこにいるのか、その詳細も不明。そして幽助が本当に桑原を蘇らせることができるのかどうか、何もかもが不透明なのだ。
コエンマに啖呵を切った瞬間は、蔵馬を助けることで頭がいっぱいだった。しかし、今になって冷静に考えてみると、一刻を争う時にやるべき行動とは到底考えられない。コエンマが反対するのも当然で、むしろよく首を縦に振ったものだと感心に値する。
それだけオレを信用してるってわけだよな……。
幽助は冷たい汗を額に感じながら、不安を押しのけるように叫んだ。
「ちくしょーー! 桑原、復活しなかったらぶっ殺してやるからなーー!」
「もう桑ちゃんは死んじゃってるよっ、バカ!」

人間界に着くと、二人は手分けして桑原捜索に当たった。
オレの中にまだ冥界玉はあんのかな。それさえわからないんじゃ、どうしようもない気がするけど、とにかく桑原がいそうなところを徹底的に探してみるか。
真昼の太陽が照りつける中、幽助は人間界のあちこちを走り回った。
数件目に辿りついたのは、皿屋敷中学。今は春休みらしく、校庭にも校舎にも人影がなかった。
懐かしいな……。
ふと、立ち止まり眺めた校舎。
自分を更生させようと熱心に指導してくれた恩師の顔が脳裏をよぎる。
あの頃のオレは、いつも何かにむしゃくしゃしてた。いっぺん死んだときも、生き返りたいなんて思わないほど、面白くない毎日を送ってた。
確か葬式んときには桑原が乗り込んできてたっけ。そのあと竹中が来て、おふくろが泣き出して、それから螢子……あいつもだ。
あのとき初めて、誰かに支えられて生きてたんだって気づいた。だから、もう一度やり直そうって考えたんだっけ。
置いてかれるほど長く、生きることになるなんて知らねェでさ……。
そう考えると、少しだけ後悔がよぎる。一度目にそのまま死んでおいたほうが良かったのだろうか、と。
校舎から吹く風が幽助の前髪を後方に追いやって、春の風が目にしみた。
浸ってる場合じゃねえ、今はとにかく桑原探さねェと。
幽助は我に返ると、校舎に背を向けて再び走り出した。
……なあ、桑原。聞こえてっか?
おめェはオレがピンチのとき、いっつも力を貸してくれた。今回だって、大丈夫だよな?
乱童にやられて溺れかけたときも、戸愚呂に気力も体力も奪われたあんときも。
『てめェはこんなモンじゃねェはずだろ?』
負けず嫌いのおめェは、オレが一番じゃねェことを許さなかった。
いつだってオレが一番でいたら、自分が二番だって信じて疑わなかったよな、バカだからよ。
今回ばっかりは主役を変わってやるぜ、桑原……!
おめェにしか出来ねェでっかい役目、果たしてくれるよな!?
風を切って走りながら、幽助の心は期待に満たされていた。
次元刀が必要だとか、蔵馬を助けるためだとか、それ以前に心を高揚させる要素があったからだ。
会いたくて会いたくて、でも会えなくなった大事な人間の一人に、もう一度会えるかもしれないという期待が彼の胸を躍らせていた。
この瞬間だけ感謝するぜ、冥界に。
幽助は無我夢中で走り続けた。

いつもならくたびれるほど緩やかな時間が、今は駆け足で迫ってくる。
西の空が紅く染まり始め、風が夜の温度を運んできた。
もう、こんなに時間が経っちまったのか……。
幽助は空の色に愕然として立ち止まった。
精一杯走った。何度も行ったり来たりを繰り返した。少しでも早く桑原を見つけないと、コエンマが判断を覆しかねない。
広くもない町だと思っていた。それでも誰か一人を探すとなると困難だということが、身にしみる。
あれ……? なんか、前にもこんなことが……。
ふと、幽助を襲った既視感。
まだ彼が霊界探偵ではなく、単なる不幸に見舞われただけの少年だった頃。霊体となって浮遊しながら生き返る試練を受けようと決意した。そして自分を待っていてくれる人にひと時の別れを告げるため、桑原の体を借りたことがあった。
日没までとの期限つきで、たった一人を探して町内を駆け巡ったあの日も、綺麗な夕焼けが空を染めていた。
穏やかな風さえ、よく似ている。
そうだ、場所も確かこの辺……。
「幽助」
突如、耳に届いた少女の声。
そのたった一声が、幽助の足を地面に張り付かせる。身体の自由が利かない。代わりに、自らの鼓動が全身を駆け巡った。