miss you 5
「ははは!まぁ、確かにあの場で騒ぐのは得策じゃ無いね。アムロの立場が悪くなるだけだ。止めてくれたジョルジョ中尉に感謝するんだね」
レズンの言葉に、アムロが漸く冷静さを取り戻す。
「あ…ジョルジョ…ごめん…」
「良いんだ。それよりもまだ身体が辛いだろう?屋敷に戻ろう」
ジョルジョに肩を抱かれ、少し思案しながらもコクリと頷く。
そして、レズンへ向き直り、思い切り頭を下げる。
「レズン少尉、すまない。あんな偉そうな事を言っておいて、シャアを止められなかった!」
『私の命に代えても、必ず止めてみせる』
そう思ってネオ・ジオンにいる事を決意した筈なのに、結局はシャアを止められなかった。
そんな自分に悔しさと情けなさが込み上げ、拳を強く握り締める。
「まぁ、一応総帥は連邦に対して通告をしたし、避難に充分な時間も与えていた。それを無視した奴らにもかなり非がある」
「レズン少尉…」
「でも、こんな後味の悪い作戦はもう沢山だ。次はあんたが総帥を止めてくれよ」
「もちろんだ!」
アムロは真っ直ぐにレズンを見つめ、ハッキリと答える。
「ああ、期待してるよ」
レズンはニッと笑みを浮かべ、軽く手を振ってギュネイと共に去って行った。
それを見送り、アムロは小さく溜め息を吐く。
「ジョルジョ…ごめん…、帰ろう」
「ああ…」
フラつくアムロの細い肩を支えながら、ジョルジョは思う。
『この細い肩に、どれだけのものを背負っているのか…』
そんなアムロを支えたいと思う。
けれど心の奥底では、全て投げ出しても良いから自分だけの物になって欲しいとも思う。
『いっそ何処かに閉じ込めて誰の目にも触れさせない様にしたい…シャア大佐にも…』
しかし、アムロ本人がそれを望まないだろう事も分かっている。
シャアとアムロは反発し合いながらも、互いを無視する事が出来ない。
おそらく誰よりも求め合っている。
互いに自覚は無いのかもしれないが、二人が相手を見る目は、愛する人に向けるそれだ。
だからこそ、あんなに酷い事をしたシャアをアムロは許してしまった。
自分には二人の間に入る余地など無いのかもしれない。それでも、アムロを諦める気にはなれなかった。それ程までにアムロを愛していたから…。
◇◇◇
その日の夜遅く、シャアは約束通りアムロの元を訪れた。
「遅くなった」
「いや……」
アムロはシャアを部屋に招き入れると、飲み物を用意する。
「コーヒーでいいか?」
「ああ、すまない」
ソファに座るシャアの前にカップを置くと、向かい側に座りコーヒーを口に含む。
そんなアムロを見つめ、シャアが口を開く。
「落ち着いた様だな。体調はどうだ?」
「一応ね。体調は問題ない」
素っ気ない応対にシャアは小さく溜め息を吐くと、コーヒーを手に取る。
「ジョルジョ中尉は?」
「席を外してもらった。貴方とはサシで話がしたいから」
「…そうか」
少しの沈黙の後、アムロが重い口を開く。
「なぜ…あんな作戦を実行した?」
「地球連邦政府と対等に交渉する為だ」
「他に方法はあっただろう?それに…なぜ私に黙ってた?」
「他の方法か…話し合いでの交渉に応じない相手には武力で対抗するしかあるまい?」
「だからってあんな作戦!」
「通告はしたし、避難する時間も充分取った。にも関わらず彼らは応じなかった。それに、君に知らせなかったのは、ブライトと戦いたく無いと言った君の気持ちを考慮したのだが?」
「ブライトとって!そう言う問題じゃない!それに貴方なら連邦がどんな対応をするか予測出来ただろう?あんな罪の無い人々を犠牲にする様な作戦、クワトロ・バジーナなら立てなかった!」
「クワトロ・バジーナか…そうだな。あの頃の私なら立てないな」
苦笑しながらコーヒーを一口含み、カップをソーサーに戻す。
「アムロ、スペースノイドの独立と言うのはそんなに簡単なことでは無い。そして、大きくなり過ぎた組織を根底から作り直す事も」
「そんなの…分かってる…」
「いや、分かっていない。君はこのスウィート・ウォーターを見てどう思った?」
「え…?」
密閉型とオープン型を繋ぎ合わせて建造された歪なコロニー。
難民収容用に連邦が急遽建造したものだ。
無理な構造は当然ながら多く不具合を生み、生命維持にはどうにか問題無いが、気候異常など様々なトラブルが絶えない。
また、連邦からは難民に必要な物資の補給もまともに得られず、人々は困窮し治安は悪化の一途を辿っていた。
それを、ネオ・ジオンが拠点にした事でコロニーの整備が進み、まだ完全では無いが随分と過ごしやすくなった。また、それに伴い雇用も生まれ、人々の生活水準も向上した。
連邦が放置したコロニーをネオ・ジオンが立て直したのだ。
しかし、同じようなコロニーは他にいくつもある。それを連邦は放置し続けている。
「正直、あの密閉型とオープン型の接続部分を初めて見た時には驚いた。それに、連邦の補修や食料生活物資の補給も人口に対してかなり少ないと感じた」
「コロニー公社が何度も連邦政府に交渉したらしいが、なしのつぶてだったらしい」
「…そうだろうな…」
「こんなコロニーが他にもいくつもある。私はそこに住む人々の生活を守りたい」
シャアの真っ直ぐな瞳に息を飲む。
そう、クワトロ・バジーナの時とは違い、今は己の意思で行動している。
「それは分かる。分かるけど!やっぱり今回の作戦は許容出来ない。大きな目的の為とは言え、多くの罪の無い人々を犠牲にするなんて!」
「アムロ…、何故分からない…!」
シャアは立ち上がると、アムロの側に移動する。
「だから!貴方の想いも理想も理解できる!でも!それでもダメだ!それに…」
アムロは側まで来たシャアの右手を取り、立ち上がる。
「貴方だってこんなに心を痛めてる!」
両手でグッと強くシャアの手を握り、アムロがシャアを真っ直ぐに見つめる。
その全てを見透かすかの様な琥珀色の輝きに、シャアは思わず息を飲む。
「…アムロ…」
「昼間、宙港で貴方に触れた時にも感じた。貴方だって後悔してる!」
あの時、シャアからは“苦しい”、“辛い”、“後悔”、そんな思惟と共に、『大義の為には必要な犠牲であり、仕方のない事だ』と、必死に自分を正当化する想いが伝わってきた。
そして、この犠牲を無駄にしない為にも、命を懸けて己の成すべきことを成さねばならないという強い想い。
シャアはその背に人々の期待と大罪を背負い、信念を貫こうとする。
それはどんなに辛く孤独な事だろう。
そんなシャアを思うと、何故かとてつもなく胸が苦しくなった。
そして、“この人を守りたい”そんな想いが込み上げる。
人々を魅了する美しさとカリスマ性、信念を貫く強さを持つこの人の…脆さ。
それを守り、支えたいと思う。
『何故?どうして私はシャアを守りたいと思うのだろう…。一時は同志として戦った事もあるが、かつては殺し合いをした男だ。そんな男をどうして…』
アムロは自分の心に疑問の声を上げる。
多くの人々を死至らしめ、非道な事をしたこの男を、自分は許そうとしている。そして…抱き締めたいと思ってしまう…。
『何故…?この感情はなんだ?』
作品名:miss you 5 作家名:koyuho