miss you 5
シャアはアムロに心の内を見透かされ、思わず手を離そうとするが、アムロに更に強く握られ、離す事が出来ない。
そのアムロから、先程までひしひしと伝わって来た怒りが薄れ始め、今は自分を思い遣る心が流れ込んでくる。
『…アムロ?』
そして、自分を真っ直ぐに見つめ、間違いをはっきりと告げて咎められる事に不思議な想いが込み上げる。
幹部達やナナイですらも、こんな風にはっきりと自分に意見を言う者はいない。
思えばララァも、自分の愚かな復讐劇を咎めたり止める事は無く、そのニュータイプ能力を手駒として戦場に引き込んだ事すらも受け容れた。
しかしアムロは違う。真っ直ぐに私を見据え、間違いを咎める。
それを、心の何処かで嬉しく思っている自分に気付く。
『私は、自分を容認するのではなく、間違いを正し、共に寄り添い、導いてくれる存在を求めているのだろうか…。だから、それを叶えてくれるアムロをこんなにも欲しているのか…』
しかし、それだけでは無い事にも気付く。
モビルスーツデッキで、アムロがジョルジョとキスをしているのを見て、心の奥底からどす黒いものが込み上げてくるのを感じた。
それはおそらく“嫉妬”という感情。
『アムロにキスをして良いのは私だけだ。誰にも触れさせたくない。私だけの物にしたい。その細い身体を抱き締め、好きなように奪いたい』
これは“女性としての”アムロを自分のものにしたいと言う衝動。
言葉に表すのならば、それは“恋”という感情だろう。
シャアは今まで己の中で燻っていた想いにようやく気付く。
『そうか…私はアムロに恋をしている…』
アムロに握られた手を強く握り返し、真っ直ぐに見つめてくる琥珀色の瞳を見つめ返す。
儚くて激しくて偽りの無い瞳。
この瞳を自分のだけの物にしたい。
シャアは自分の手を握るアムロの指を持ち上げ、そっとキスをする。慈しむ様に何度も何度も。
「シャ、シャア…?」
そんなシャアの行動にアムロが動揺する。
その表情も愛しくて、思わず抱き締める。
「アムロ…」
「…シャア…⁉︎」
「アムロ…ならば君が私を慰めてくれ。そして、側で私を導いてくれ!」
アムロの顎に指を掛け、唇を奪う。
「んっんん…」
「私のものになり、ずっと側にいてくれ…」
耳元でそう呟くシャアの胸をアムロがドンドンと激しく叩く。
「アムロ…?」
「…の…バカ…」
「ん…?なんだ?」
「シャアの馬鹿野郎!」
「アムロ?」
シャアはアムロを抱き締める腕を緩め、その顔を覗き込む。
「…ばっかやろう…!」
すると両目に涙を滲ませたアムロが、シャアを睨みつける。
「なんで今更そんな事言うんだ!導けなんて!それなら、あんな事をする前に私に言えよ!」
「アムロ…」
「もう何を言っても…何をしても死んだ人は戻らないんだ…!」
ドンドンと胸を叩くアムロの瞳からは涙が止めどなく溢れる。
「貴様は…その罪を一生背負うんだ…!」
真っ直ぐに見つめる琥珀色の瞳の奥に焔見える様だった。
シャアは言葉を失い、その瞳に魅入る。
「これ以上、罪の無い人々を犠牲にする事は許さない!そんな事をするならば今度こそ私がこの手で貴様を殺す!だから!…平和的な方法でスペースノイドの独立自治を成し遂げろ!貴様ならできる筈だ!」
叱責を受けている筈なのに、息を荒げながら叫ぶアムロを美しいと思ってしまう。
今、彼女の瞳には自分だけが映っている。そして、こんなにも感情を向けてくれている。
「アムロ…」
「貴様が馬鹿な事をしないように、一生側で見張っていてやる!癒して欲しいなら幾らでも癒してやる!だから貴様は己のなすべき事を全うしろ!」
「…一生?」
「ああ、一生見張ってやる!」
「癒してくれると?」
「…あ、ああ…」
愛おしむ様に、縋るように見つめてくるシャアに、アムロは怒りも忘れ動揺する。
握りしめた拳を、シャアの大きな手のひらが包み込む。
そして、綺麗な顔が近付いてきたと思ったら、額同士を重ね合わされた。
「シャ、シャア…?」
「分かった…。アムロ、君に誓おう。私はこの犠牲を無駄にする事なく、君の望む方法で信念を貫こう…」
「シャア…」
迷いの無くなった美しい瞳に、アムロは返事も出来ずに魅入る。
そんなアムロの頬をシャアは両手で包み込むと、神々しいものを見つめる様に目を細める。
「君は…私の女神だ…戦いの女神であり…護りの女神でもある…」
「何…言って…」
シャアはアムロの右手を取り、ゆっくりと瞳を閉じると、恭しくその手の甲にキスをする。
そして、もう一度互いの額を合わせる。
「アムロ…君にこの身を捧げよう…」
「…シャア…?」
「私を…導いてくれ…」
その真剣な瞳に、アムロはゴクリと息を飲む。
自分にそんな事が出来るのか、そんな価値があるのかは分からない。
それでも、この手を離す事は出来なかった。
今度こそ、この手を取らなければならないと思った。
「……ああ、分かった…」
アムロの答えに、シャアが満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう」
そう言ってシャアはアムロを抱き締める。
そして、そっと耳元で囁く。
「アムロ、君を…抱きたい…前の様な酷い事はしない…ただ…君を愛したい…」
「シャ、シャア…⁉︎」
自分を抱き締めるシャアの腕からは、前の時の様な昏い闇は感じない。
ただ純粋に愛おしみたいと言う想いが伝わってくる。
「え…えっと…」
「私を癒してくれるのだろう?」
「あれは…こう言うのじゃなくて…」
「私は君の温もりを感じたい…それが一番の癒しとなる…」
今、シャアから感じるのは、再会してからの闇を抱えた心では無く、ダカールで抱き合った時のクワトロのものに似ていた。
あの時の事を思い出し、アムロの顔をが朱に染まる。
「…あ…」
そんなアムロの変化を感じ取り、シャアが唇を重ねる。
そこから流れ込むシャアの想いに、アムロの心が飲み込まれていく。
気付けばシャアの背に手を回し、しがみついていた。
◇◇◇
翌朝、アムロの部屋に向かっていたジョルジョは、そこから出てくるシャアの姿に足を止める。
そして、そのシャアの纏う雰囲気が昨日とは一変している事に気付く。
『大佐から…闇の感情が消えている…?』
ジョルジョは思わず身を隠し、シャアが居なくなるのを待つ。
そして、気配が無くなったのを感じると、壁に凭れて片手で顔半分を覆おう。
『アムロ…君が大佐を変えたのか…』
ジョルジョは天井を見つめ、唇を噛み締める。
『君は…やっぱり…』
アムロはシャアの居なくなったシーツをそっと手でなぞる。
「ここに…さっきまでシャアが居た…」
まだ少し温もりの残るシーツに、言葉に出来ない想いが込み上げる。
「なんだ…これ…」
少しの喪失感と幸福感。そして、昨夜の熱い記憶に心臓の鼓動が速くなる。
「なんでこんな…胸が痛い…」
昨夜、シャアは言葉通り、今まで経験した事が無い程優しくアムロを抱いた。
それでいて、熱く激しい想いが肌越しに伝わり、アムロを翻弄した。
「こんなの…知らない…こんな…」
ギュッと自身を抱き締め、高鳴る鼓動を抑えようとするが上手くいかない。
そして、昨夜のシャアの顔が脳裏にチラついて更に鼓動が早まる。
「あんな…優しい顔…初めて見た…」
作品名:miss you 5 作家名:koyuho