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自分らしく
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彼方から 第三部 第ニ話

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 だが、バラゴのセリフに焦り出したのは、ノリコの方だった。
「あ……あたしっ」
 イザークが何かを言う前に、ノリコは慌ててとりあえず声を上げると、
「行ってくるね、じゃあね!」
 その場の空気を避けるかのように、ワタワタとしながら散歩へと出かけていった。

 そんな自分を見詰めるイザークが……
 どんな瞳をしているのか、どんな表情をしているのか――確かめる余裕も、有りはしなかった。

          ***

 ――最近……

 自然豊かなこの世界の風景――
 元居た世界とは違い、どこの景色を眺めても美しく、癒される……
だからノリコは、イザークとの旅の間も、こうして一人で散歩をする時も、緑豊かな自然を眺めるのが好きだった。
 だが今は、その心の余裕が、少し――無い……
 理由は分かっている。

 ――バラゴさん
 ――なにかとあたし達のこと、からかうのよね

 彼のお茶目な一面のせいだった。
 エイジュやアゴルはそんなことなど決してしないが、彼は――バラゴは違う。
 他人のことを良く見ているし、良く気が付く……それ故の『からかい』、なのだろうが……

 ――その度に……
 ――イザークの表情が凍り付くのが分かって
 ――あたしは
 ――それを見たくない一心で、慌てて誤魔化したり、逃げ出したりやってる……

 ――なんか……
 ――ギクシャクしてるなァ……

 振り返りながら歩くノリコの影が、少し、長くなり始めている。
 きれいに均された道を歩きながら、ノリコは色々と考え、思い返していた。

 ――あの時
 
 浮かんでくるのは、あの一夜。
 傍らに寄り添ってくれていたイザークと交わした言葉。
 口にしたセリフ……
 何も言葉を返してくれない彼に……からかわれ、表情を凍り付かせてしまう彼を見る度に、後悔してしまう。

 ――言うんじゃなかった……

 と……

 ――イザークは困ってるんだ
 ――あたしに、あんなこと言われて……

 そう、思えてしまう。
 物憂げに空を仰ぎ、溜め息を吐くノリコ。 
 臆病な自分を想うと、眼線も自然と、下を向いてしまう。
 見目麗しい風景も、物思いに耽る彼女の視界には入って来ない。
 
 良くも悪くも、ハッキリとした返事を返してもらえないことが、これほど憂鬱なことだとは……
 ノリコはただ、胸に浮かんでは消えてゆく取り留めのない想いを抱き、彷徨うような散歩を続けていた。
 近場の木陰から、自分を伺い見る人影が在ることにも気付かずに……

          ***

「バラゴッ!!」
 ノリコの姿が見えなくなってから、イザークは彼を睨みつけ、その胸座をいきなり掴んでいた。
「おれ達をいちいちからかうなっ!」
 しゃがんでいる彼の体を力任せに引き寄せ、思わず怒鳴りつける。
「おおっと」
 少々ビックリした様相を見せるも、バラゴは動じない。
「なんだよ、こえーなー。軽い冗談だよ、ムキになるこっちゃねーって」
 と、いつもの懐っこい笑みを見せ、抵抗しないことを示すかのように両の手の平を見せてそう言ってくる。
 イザークが、仮に怒っていたとしても、それ以上手荒なことはしてこないと、分かっているからだ。
 彼は――イザークは基本、とても優しい……
 相手が自分の……『自分たち』の敵ではない限り。

 バラゴのその笑みに、イザークは黙り、眉を潜めて困った表情を見せる。
 分かっているのだ、彼に悪意が無いことは。
 だが、それでも……
「頼む……」
 と、イザークはバラゴに頭を下げていた。
「おまえなー、胸座掴んだ状態で頼むって言われても、説得力が……」
 へらへらとした笑みを浮かべ、彼に掴まれている胸座を指差しながら、そう言うバラゴ。
 単に、からかわれるのが恥ずかしいからやめてくれと、そう頼んでくるのだろう……ぐらいにしか思っていなかった。
 しかし、
「おれは……」
 いつもと違うイザークの声音に、気付く。
「おれは、どうしていいのか分からなくて……あいつを――あいつを傷つけてしまう」
 力の無い、弱くて小さな、呟きに近い声音。
 辛そうに、困惑したように、眉を潜めて……まるで、懇願しているかのように……
 その表情を、言葉を、少し震えているかのように聞こえる声を聴き、バラゴはへらへらとした笑みを引っ込め、思わず、眼を見開いていた。

 ――え……? 
 ――もしかして……『マジ』……なのか――?

 いや、『そうなりゃいいな』と思って、二人をからかっていたのは確かだ。
 多少なりとも、イザークがノリコを意識しているのは分かっていたし、ノリコの方はイザークに完全に惚れているのは一目瞭然だったし……
 二人をくっつける、ちょっとした切っ掛けになりゃ、それで……と。
しかし、まさか、イザークがすでに『本気』だったとは……
 感情表現のあまりの不器用さに、驚きを禁じ得ない。
 容姿に自信のある女どもが放って置かないような『いい男』のくせに、まるきり『恋愛』などというものとは無関係な人生を送ってきたような……そんな感じだ。
 言葉通り本当に、『どうしていいのか分からない』のだろう……
 『軽い冗談』のつもりでからかっていたことを、バラゴはここで瞬時に反省していた。

「――ッ!」

 不意に、イザークの眼が大きく見開かれ、表情が強張った。
 ノリコが散歩へと向かった方を、伸び上がるようにして見やると、
「ノリコッ!!」
 いきなり彼女の名を呼び叫んだ。
「え?」
 イザークから漂う異様な緊張感に、バラゴは茫然と彼を見上げる。

――  イザークッ!! ――

 頭の中に、ノリコの呼び声が響く。
 あの時……闘技場のある町で聴こえた時と同じ、助けを求める声が――
 半ば放り出すようにして、掴んでいたバラゴの胸座を離し、イザークは取る物もとりあえず、走り出した。
 
あの時とは違う。
 全力で走っても、彼女の元に着くまでに二時以上もかかってしまう距離にいた、あの時とは……
 まだ、そんなに時間は経っていない。
 ノリコの足で、そんなに遠くまで、行けるとは思えない。
 彼女の声が、随時、頭の中に響いてくる……

   ―― 不意に呼び掛けられたから、返事をしたの ――
   ―― そしたらいきなりこの人が……あたしのこと! ――

 彼女に呼び掛けたという男の姿が、まるで、実際眼にしているかのように、イザークの脳裏に浮かぶ。
 男の手が迫ってくる様までが、伝わってくる。
 恐らく彼女は、この男に捕まっている。
 叫び声が聞こえないのは、口を塞がれているのだろう。
 彼女との通信が繋がったままということは、まだ、意識を失わされていないということ……

   ―― ノリコッ!! ――

 イザークはただ、彼女を救うべく走った。
 今度は間に合う――間に合うはずなのだから。

          ***

 大きく武骨な手が、彼女の口から小さな声さえも漏れさせまいとしている。
 残ったもう片方の腕は彼女の体をしっかりと捉え込み、ノリコがいくら抵抗を試みようと、ビクともしない。
「これでおれも、黙面様から力を貰えるんだ。さあ、一緒に来てもらうぜ、可愛コちゃん」