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自分らしく
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彼方から 第三部 第ニ話

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「ノリコにゃ、手ェ出させねぇぜっ! 来るなら来なっ! チンピラども!!」
 自分の肩に縋りつくようにしているノリコを小脇に抱え、バラゴはその腕一本で、三人の男を相手に剣を振り回し、立ち回っていた。
「う……」
 たった一人の男相手に――しかも、戦い慣れない女を護り抱えているその男一人、三人がかりですら倒せずにいる者ども。
 確かに、自分たちよりもバラゴの方が体格で勝っているが、それ以上に、その剣技も、見た目以上に勝っている。
 彼はただ、力任せに戦うだけの戦士ではない――そのことに気付き、故に、男たちは手を出しあぐねいていた。

 輪を、螺旋を描き、バンナの周囲を漂う布……
「わたしはね、布を自分の一部として、操ることが出来るんだよ――自由自在にね」
様子を窺うように剣を構えて見据えてくるイザークを見やるバンナの顔から、嘲りを籠めた不敵な笑みは消えない。
 距離を持って戦う不利を感じていたイザークは、ここで一気にその距離を縮めに来た。
「ホーーホホッ……」
 駆け、詰め寄ろうとするイザークを見て、バンナは勝ち誇ったような高笑いを上げる。
「無理、無理ィッ!! 間合いは詰められないねェ!」
 自分の力も分からぬ、無謀な愚かな者の振る舞い……とでも言うように、バンナはその顔を愉悦で歪めた。
 そして、その言葉通り――バンナは自らの一部として操る布を、向かってくるイザークに向けて放つ。
 彼を取り囲むように、捕えんとして、周囲に円を描かせて……

 ――ッ!!

 急速に、その範囲を狭めてくる布。
 イザークは、バンナの目論見を悟り、一瞬早く地面を蹴り上げ、頭上へと、その身を躍らせていた。
「ぬっ!?」
 布は、捕縛する者のいなくなった空間を、空しく締め上げてゆく。
 布の包囲から抜け出せた者は今までいなかったのか、バンナは頭上高く飛び上がったイザークを見上げ、その顔から笑みを失くした。
 高みから、落ちる勢いを借りて剣を振り下ろしてくるイザークを、その能力の高さに驚きつつも冷静に飛び避ける。
「チィッ!!」
 言葉に反し間合いを詰められ、攻撃されたことがよほど悔しかったのか、バンナは舌打ちをしながら即座に、地面に降り立ったイザークに向け、追撃を繰り出していた。
 襲い来る布に、剣を振るうイザーク。
 だが、その剣の動きに合わせるように布は身をくねらせ、ぐるりと、イザークの剣に、彼の両腕に、その体にまで、あっという間に巻き付いて行く。 
「捕まえたっ!!」
 きつく、ギリギリと音を立て、バンナの布はイザークの体の動きを封じるように締め上げ始めた。
 更にきつく締め上げる為か、引き寄せ、力を加えてくる布に逆らうように、イザークは剣を立てる。
「この布は切れないよ」
 地面に軽く降り立ちながら、バンナはその顔にまた、不適な笑みを浮かべ始める。
「わたしは自分の意志で、これの材質も自由に変化させられるのさ――硬質にも、粘着質にも……」
 一本の布でイザークを捕らえ、その動きを封じ、
「これぞ、黙面様よりいただいた力っ!」
 勝利を確信したかの如く、眼を愉悦で歪ませ、バンナは残ったもう一本の布を振り翳した。
「死になさい、騎士(ナイト)! 娘はわたしがいただいて行くからっ!!」
 獲物を狙う蛇のように、布は素早く身をくねらせ、先端を刃物のように鋭く硬質化させながら、動きの封じられたイザークの命を狙うが為、襲い掛かって来た。
「く……!」
「イザークッ!!」
 ノリコの呼び声が響く。
 硬質化した布の先端を睨みつけるイザークの気配が――
 
変わった。

   *************
 
 ――っ!!

 帆に一杯の風を受けて進む船。
 海面を切るように進む船体に当たっては、波が白く砕けてゆく。
 街道の分岐点でアゴル親子と別れてから半日と経っていない……にも拘らず、エイジュは少しベタつく海風を受けながら、甲板の縁に寄り掛かり、海を眺めていた。
 
 遠く離れてゆくイザークとノリコの気配を辿りながら、二人の無事に想いを馳せていた時、不意に、それを感じた。
 強くなるイザークの気配……それは、戦いの気。
 イザークが誰かと戦っているのだ、恐らく、天上鬼の力を使って……
 視線を遠く、水平線へと向けながら、エイジュは胸に指先を当てた。
 
 ――イザーク……ノリコ……

 二人に危険が迫っていることは、『あちら側』からの知らせで分かっていた。
 だが、それを助けてはならず、エイジュは『あちら側』からの指示のまま、彼らの元を離れるしかなかった。
 故に、あの技を見せたのだが……

 イザークが対峙している敵の気配に、普通の能力者とは違う気配を感じる。
 けれど相手は一人、仮に複数人だとしても、あの程度の力――イザークの敵ではない。

 ――けれど……

 本当は、直ぐにでも戻りたかった。
 自分の力は、必要ないと分かっていても。
 手助けをしてはいけないというのなら――気配を断って彼らの傍で……せめて見守るだけでも……

 自分の意志では自由にならない自らの行動。
 エイジュは俯き、唇を噛み締めると、強く、胸の辺りを握り締めた。
 やがて……何かを諦めたかのように踵を返すと、エイジュは船室へと向かい、歩き始める。
 海風に靡く長い黒髪。
 その黒髪から、同じ色をした小さな生き物が顔を覗かせている。
 だが、その生き物が姿を現したのはその一瞬のみ……
 すぐさま、髪の中へと潜り直し、その後、どんなに髪が風に靡こうと、姿を現すことはなかった。

   *************
 
 襲い来る布の刃。
 その刃を見据えるイザークの瞳が、形を変えた。
 一瞬にして気の密度を上げ、体内のエネルギーと共に放ち、動きを封じている布を粉砕する。
「なにィッ!!」
 粘着質に絡みつき、動きを完全に封じていたはずの自慢の『布』は、イザークの気の放出によっていとも簡単に、粉々に、裂かれていた。
 剣で切ることも、力任せに引き千切ることも、容易ではないはずの『布』が……
 バンナの驚きを他所に、イザークは自由になった体とその剣で、バンナの放った布の刃を軽々と弾き飛ばす。
「ばかなっ! わたしの攻撃が……っ!!」
 予想し得ない、想像すらしていない出来事が、今、眼の前で起こっている。
 捕らえられた者が、布の呪縛を破り、攻撃を弾き返すなど……バンナにとって『有り得ない』出来事でしか無かった。
「質問は、あんたを倒してからしろと、言ったな」
 『ぼうや』と蔑んだ若造の、凄みを増した瞳にバンナは気圧され、動きが止まる。
 その口元に自分と同じ『牙』を、覗き見た気がした。
「その言葉――果たしてもらうぞっ!!」
 イザークは天上鬼の力で高めた自らの気を、剣の先へと一気に籠めた。

 ――エイジュ
 ――早速、使わせてもらうっ!

「く……くそっ……!」
『黙面様』に与えられた力は、何者にも勝る力のはず……その自分よりも『強い』者など、いるはずがない――
 そのはずであるのに、とてつもない力を眼の前の男から――イザークから感じる。
 感じ取れてしまったことが、バンナに焦りを生じさせた。