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自分らしく
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彼方から 第三部 第ニ話

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焦りは不安を生み、生まれた不安を掻き消さんとして、バンナは再び、イザークに攻撃を仕掛けていた。

 二本の布をイザークに向けて放つ――もう一度、捕えるために……今度こそ、自身に与えられた力を能力を、その強さの『証し』を、立てるために。
 まだ、間合いは詰められていない。
 間合いさえ詰められなければ、こちらに分がある。
 勝機はこちらにある――バンナはそう思っていた。

     ブンッ――!

 イザークの振るった剣から、気が放たれたのが分かった。
 その『気』が弓なりに広がり向かってくる……まるで、刃のように、鋭さを増して……

     スパァンッ――!

 ――バカ、な……
 逃げる間など、ましてや避ける間などなかった。
 弓なりに広がり向かってくる『気』を認識した次の瞬間には、その『気』の刃に、自慢の布は二本とも、綺麗に切断されていた。
 切られた布を復元させることは出来ない。
 そしてこれ以上――布自体もなかった。

「黙面とは誰だっ!!」
「ひ……」
 娘の『騎士(ナイト)』が迫ってくる。

 ――こんな、バカな……

 バンナは完全に、気圧されていた。

 ――わたしの力が通用しないなんて……!

 布を自在に操り、その材質さえも変化させることの出来る能力……
 これまで、この能力に対抗できる者などいなかった。
 ましてや、通用しない者など……
 バンナに、イザークに対抗するための術は、何も残っていなかった。
 そう――
 背中を見せて、『逃げ出す』以外は……
 
          ***

「何のためにノリコを狙うっ!?」
 自信と、嘲りに満ちた笑みは、もはやバンナの顔から消え失せていた。
 だが、相手が戦意を喪失したからといって、それで良しとする訳にはいかなかった。
 知っておかなくてはならない。
 彼女を狙う目的、そして、ノリコを求めたという『黙面』とは、何者なのかを。
「死にたくなくば答えろっ!!」
 その為にも、このバンナという男を、取り逃がすわけにはいかなかった。
 背中を見せ、一目散に逃げようとするバンナを追うイザーク。
 その距離は、見る間に縮まってゆく。

 ――だめだっ!
 ――やられるっ!!

 『死』の気配を纏い迫り来るイザークを恐れ、バンナは胸のペンダントを思わず掴んでいた。
「黙面様っ! お助けをっ!!」
 助けを乞う言葉をバンナが発したと同時だった。

 ――ッ!!

「なにっ!?」

 バンナと、バンナの部下であろうと思われる数人の男たちが、一瞬にしてその身を『消した』。
 イザークに倒された二人の男も、バラゴと対峙していた男たちも、皆、同時に……跡形もなく……
 戦いの喧騒に今の今まで包まれていたその場所に、沈黙が訪れる。
 まるで、最初から何事も無かったかのように、風が吹き抜けてゆく。
 不可解な出来事に、バラゴもイザークもノリコも、直ぐには解せず、言葉が出てこない。
 互いに、様子を窺うように、見合ってしまっている。
 少し、間を置き、ゆっくりと歩み寄ってきたイザークに、
「き……消えたぞ、おい」
 バラゴは辛うじて、そう言うのがやっとだった。

   *************
 
「バンナの一行が、黙面様の神殿に現れたと?」

 グゼナの首都、セレナグゼナの街――
街の中心からは少し離れたところにある、一際高い丘の上に建つ、一部の者たちから『黙面様』と呼ばれ崇められる『存在』が在る神殿……
 その神殿に、命惜しさに『黙面』の力を借りて、イザークから逃げ延びたバンナが姿を現していた。

「娘を見つけながら、おめおめと逃げ帰って来たというのかっ!」
 片膝を着き、情けない表情を見せるバンナ。
 彼が仕えている男なのだろう。
 一段高い場所からバンナを見下ろし、怒りに満ちた表情で怒鳴り散らしている。
「も……申し訳ございません――一緒にいた男が、あ……あまりに、手強くて……」
 バンナの顔に、あの自信に満ちた不敵な笑みは最早見られず、化粧の施された顔がただただに、表情の情けなさを強調している。
「おい、聞いたかい、今のセリフ」
「不様なことだな、バンナ」
「情けない」
 バンナの前には、他にも仲間と思われる男たちが数名、彼を怒鳴りつけた男の側に立ち、口々に嘲り、同じように見下してくる。
「黙面様より力をいただいた我らは、無敵のはず」
「相手が強いのではなく、おまえが力を操り切れなかった――ということだろうが」
 その『いただいた力』とやらに、絶大な信頼と信用を置いているのだろう。
 男たちのバンナを見る眼は冷ややかで、彼が対峙した者の強さを認めるようなことはなかった。
 それは即ち、バンナの言葉を、バンナが体験した出来事を――引いてはバンナ自身を、少しも信用していないのと同じことだ。
「おまえ達は、奴と戦っていないからそんなことが言えるんだっ! わたしは決して……!!」
 それはバンナにとって、自分と自分に与えられた能力をも、認めてもらえていないのと同じことだった。
 立場が違えば、恐らく自分も同じ反応を見せ、同じセリフを吐くに違いなかっただろうが、今のバンナに、そんなことを考える余裕などあろうはずがない。
 ただ、自分に与えられたその『力』と、それを自在に操り切っていたという自分自身に対する自負。
 そのプライドを傷つけられたことに対して、バンナは憤りを見せ、負け惜しみといえる言葉を返していた。

「ああ――もういいっ!!」

 バンナたちの言い合いを、聞くに堪え切れなくなったのか、彼らの上に立っていると思われる男が、一喝する。
「とにかく! 居場所はバンナが見つけたのだ、速やかにその地へ向かう準備を!」
 そう、命を下した時だった。

「――ワーザロッテ様」
 
 命を下した男……ワーザロッテと呼ばれたその男の背後にある、奥に通じる長い廊下から、艶やかな女の声が聴こえてきた。
「少しお待ちを」
 召使いが立つ廊下の奥から、床に付き、引き摺るほど長い、フード付きのローブを身に纏った女が出てくる。 
「タザシーナか……」
 肩越しに、その女を見やりながら、ワーザロッテはその名を口にした。
「只今、占いの結果が出ました」
 顔をすっぽりと覆うほど深く被ったフードに両手を掛けながら、タザシーナと呼ばれた占者がそう言ってくる。
「タザシーナ様だ……」
「フードを取られるぞ」
 その場にいた十名近い男たちがざわめき始める。
 少し興奮気味に、顔を仄かに染め、彼女の一挙手一投足を、固唾を呑んで見守っている。

「急ぐ必要はありません」

 フードの付いた長いローブがするりと、流れるように落ちてゆく。
 若く、美しい女性が、その姿を露にする。

「今は動かず、時期を待って下さい」

 床にまで届きそうなほどに長い、煌めく金色の髪。
 身体の線を強調するように、美しい曲線を描いている服。
 身を飾る装飾品。
 それらは、彼女の美しさをより強調している。
 何よりも眼を見張るのは、その顔立ちの美麗さ。
 通った鼻筋に、意志の強さを示すかのように太く形よく整えられた眉。
 勝気な、大きな瞳を縁取る、長い睫。
 柔らかい膨らみを見せる、唇……