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BLUE MOMENT16

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 ずずず、と鼻を啜って顔を上げる。吸い込んだ空気の冷たさに、煮詰まったような頭が少しすっきりとした。
「仕事、しないと……」
 この機械室の配管が復旧すれば、施設内の大型暖房機が使えるのだという。
 極寒の地であるカルデアの電力事情を鑑みれば、暖房への電力配分が大きくなっていることが懸念される。しかしこの、地熱を利用した暖房機が稼働すれば、少しは電力にも余裕ができ、数多のサーヴァントたちを賄うだけの魔力にも余力ができる。
「藤丸のリスクを少しでも減らすことができれば……」
 戦いを補佐することはできないが、マシュが管制室でのサポートに徹していたように、彼もカルデアのマスター・藤丸立香を何かしらの方法で支えたい。
 そのために、この凍てつくような現場で作業を続けている。カルデアのために、立香のためにと、自身を省みず……。
 だが、それは後付けした理由に他ならない。
 一番の理由は、何より胸を占める存在を一刻でも忘れるため、だった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

 士郎が食堂に来ない。なぜかというと、怒っているからだ。
 そして、明らかに私が悪い。
 だが、言い訳をさせてほしい。
 私は士郎と二人きりになれば、何をするかわからない。したがって、あれは、士郎のためでもあるのだ。
(だからといって、言い過ぎたことは否めない。だが……)
 思い出すだけでも腹立たしい。
 二度とあんな、誰にでも向ける表面上だけの笑みなど見たくない。
 私にもそんな笑い方をするのか、と呆れ果てた。
 私はそれなりに士郎の近くに居たというのに、他の者たちと同等に扱われるのは心外だったし、悲しいのもあるが、それよりも腹が立ってしようがなかった。
(だとしても、言い過ぎてしまった……。私に非があるのは明らかだ。……ああ、そうだ、本当に言い過ぎた。確かに、言い過ぎたのだが、こんな、あからさまに避けなくてもよくはないか?)
 お前は小学生か、とつっこみたい。いつからそんな女々しいことをするようになったのだと叱りつけたい。
「謝らなければ……」
 焦りを感じながら思うものの、士郎は忙しいらしく、顔を合わせることもできていない。
 食堂の手伝いはできないようだが、食事をとる時間くらいは作れるだろう。忙しいと言いつつも、少し前までは食堂の手伝いに来ることができたのだから、そう難しくはないはずだ。
 スタッフの誰かに差し入れを頼んでいるのだろうが、時には自分で取りに来てもいいのではないか?
 いくら懇意にしている者がいるからといって、毎度毎度差し入れを運ばせるのもどうかと思うぞ。
(……いや、少し、やっかみが過ぎるな)
 士郎がカルデアのスタッフやサーヴァントと懇意にするのはいいことだ。ここに居ると決めた士郎には、ここに馴染む必要がある。サーヴァントとはマスターがいる手前どうにかなるだろうが、スタッフとの関係性は自分で築かなければならない。
(それでも……)
 この焦燥感は、いかんともしがたい。
 何を焦る必要があるのか、と、何度も自身を宥めるが、やっと捕まえたと思った士郎は、すぐに私の腕をすり抜けていってしまう。
(話を、しなければ……)
 先日は失言だったと、気を悪くしたのならば悪かったと、素直に謝るつもりだ。
 だが、顔を見ることもできない相手に、どう謝罪すればいいというのか。だからといって、士郎の部屋の前で堂々と待っているのもどうかと思う。
 一応、翌日の仕込みと食堂の清掃が終われば、士郎の部屋の前で霊体となって待ち伏せしている。だが、あれ以来、士郎の戻ってくる時間に行き会えたことがない。
 おそらく、私が食堂にいる間に部屋に戻ってきているのだろう。
(中の様子が窺えないというのが、辛いな……)
 士郎の部屋は、所長代理の工房の影響か、中の気配や様子が全くつかめない。霊体で突破することはもちろんできず、居るのかどうかすらもわからない。が、時間的に考えて私が部屋の前に行くころには、士郎はすでに夢の中なのだろう。
 仕事が忙しいことはわかっている。作業に没頭する性格だということも知っている。
 エミヤシロウであるために衛宮士郎のことは手に取るようにわかるのだ。
(身体は大丈夫なのだろうか……?)
 先日は足元がフラついていたから部屋まで送っていったのだが、あれから少しは休息を取るようにしたのだろうか?
(まあ、早く就寝しているのなら、それでいいが……)
 夕食の準備に勤しみながら、そんなことをつらつら考えていた。
(それにしても、あの部屋の鍵、不便だな……)
 士郎の生体認証でしか解錠できないというのは、やはり厳しい。せめて、私の認証も増やしてもらいたいものだ。もちろん士郎の許可を得てからになるだろうが。
「無銘さん」
 玉藻の前に呼ばれて振り向けば、いつになく神妙な顔をしている。
「な、なんだ、どうした?」
 その呼ばれ方と表情に少し身構えた。
「ちょっと、様子を見てきてはくれませんか?」
「様子? いったい何の、」
「彼よ」
 玉藻の前の横から付け加えたのはブーティカだ。
「…………」
 ブーティカが“彼”と呼ぶのは……。
「少し、夢見が悪かったので……」
 玉藻の前が頬に指先を当てて、曇った表情で首を傾ける。
「何かあったのではないかと……」
「このところ、顔を見せていないでしょ? ちょっと私も心配なのよね」
「ああ、まあ」
「何もなければそれでいいんです。少し、確かめてきてくれません?」
「私が、か?」
「無銘さんでなければ、彼は受け入れないでしょう?」
「…………」
 そうだ、と頷くことができなかった。私も受け入れられていないのでは、という疑念でいっぱいだった。
 口にはしないが、私は士郎にとってどういう存在なのか、という明確な言葉が浮かばない。
 恋人だと言ったのに、士郎の態度は以前とあまり変わりがない。私を好きだと言うのだからもっと喜んでくれると思ったのだが、何やら烙印のようだとか、そんなことを言っていた……。
 不貞腐れそうになって思い直す。今は、玉藻の前の直感を無視できないということの方だ。
 士郎の身に何かあったというのだろうか。
(もしや、過労……?)
 なくはない。士郎が何かに没頭しすぎてしまって、というのは十分にあり得ることだ。そう思い至ると、次々と悪い予感ばかりが膨らんでいく。
「こちらのことはいいですから――」
「後を、頼むっ!」
 玉藻の前にみなまで言わせず、調理器具を放り出し、すぐさま士郎の部屋に向かった。

 士郎の部屋の扉をノックしても、何度か呼びかけても反応はない。
(くそっ! どうする……)
 中の様子が全くわからないため、妙に焦る。そうして、居てもたってもいられず、所長代理を訪ねた。
「やあ、エミヤ。例の座薬、できてるよ」
 にっこりと笑みを湛えた所長代理に首を振る。
「いや、所長代理、今、それはいい。士郎は来ているか?」
「ヒドいなー。急ぎで作らせたのは君だぞ?」
「ああ、すまない。礼なら後でいくらでも言わせてもらう。そんなことより、士郎はどこだ?」
「士郎くん? ここにはいないよ? どうしたんだい?」
「所長代理、折り入って頼みたいことがあるのだが」
作品名:BLUE MOMENT16 作家名:さやけ