BLUE MOMENT16
一応断りを入れて士郎の手を離す。ほっとした様子の士郎に苛立ったが、すぐさま跳び上がって裸電球のスイッチを切った。
「へ? あ……、な、なん、」
一瞬にして闇に包まれた中で士郎はきょろきょろとして、怯えた表情を見せる。しばらくこのままにして、灸を据えてやろうかと思ったのは一瞬、こんな寒い中でやることではない。
レンチをそっと床に置いた、その小さな音にすら肩を跳ねさせた士郎を肩に担ぐ。
「ひッ! ぅわ!」
いわゆる俵担ぎ、なるものだ。
サーヴァントにもいたな、俵を担いでいる者が。そういう感じで士郎を肩にのせた。
士郎にとっては納得のいかない状態だろうが、今は我慢するつもりのようだ。暗闇ではたいした抵抗もできないことがわかったのか、文句も言わず、されるがままになっている。
(もしや、これは、諦めている、というものだろうか……?)
何を言っても私には叶わないし正論を吐かれそうなので、あえて何もいわないという選択肢を選んだ、とでも言うのだろうか……。
それはそれで、何やら腹立たしい。私のことを、まったく眼中にないものとでも思っている態度だ。
(いったいいつから、こんなことに……)
原因もきっかけも思いつかない。
いろいろと訊きたいことも、言いたいこともあるが、何も言わず、士郎を一階の作業場から拉致した。
拉致といっても士郎の部屋に連れ帰るだけだ、犯罪だと言われる筋はない。道中すれ違うサーヴァントたちも、唖然として見ているスタッフも無視し、士郎の部屋へと急ぐ。
さいわい声をかけてくる者はいなかったため、存外スムーズに士郎の部屋には着いた。時間にして数分のことだったのだろうが、私にはやけに長いように感じられた。
「開けてくれ」
士郎を下ろして頼めば、片手で扉に触れて解錠し、素直に応じてくれる。これは、さほど話し合うこともなく誤解も解けるだろうと少し楽観的になった。
だが、続いて入ろうとした私を士郎は扉で遮ろうとする。もちろん、足を挟んで回避した。万が一にも、と予想していた通りの展開だったので先は読めている。
ここで閉め出されるわけにはいかない。誤解はすぐに解けるとしても、やはり士郎とは話さなければならないのだ。
「そんな手に引っ掛かると思うか?」
心の準備をしていたため、余裕のあった私は士郎をせせら笑う。馬鹿なことを考えるな、という意味合いを含めて。
カッとなって何か言い返してくるだろうと思ったが、なんの反応もない。
気を悪くしたのだろうか、士郎は押し黙っている。
「……………………そんな手?」
ようやく口を開いた士郎が訊き返してきた。
「施錠すれば私は士郎の部屋に入れない。それを狙ったのだろう?」
「…………」
隠すこともないため、意気揚々と答えたが、士郎は再び沈黙したままで何も言わない。図星をさされて反論できないのか、それとも、よほど私を部屋に入れたくなくて、不機嫌になったのか。
(まあ、どちらでもいいが)
ずかずかと勝手知ったる態度で士郎の部屋に踏み込めば、背後で閉まった扉が施錠された。
(まずは、第一関門、突破だな)
士郎の部屋に入ることが私にとっての初めの一歩だった。ここに入れなければ、話すこともできない。
何から話そうかと士郎に目を向けると、じっと一点を見つめたままで、何事かを考えているようだ。
この期に及んで言い訳でも探しているのか?
しばらく待ったが、士郎は何も答えない。
「どうなのだ、図星か?」
埒があかないので訊いてみれば、
「……この間、俺がアンタを無理やり部屋に入れたら嫌がってたから、閉めていいのかと思った」
「え……?」
思いもかけない答えが返ってきた。
この間、とは、あのときか?
私がそのツラを見せるなと言った、あのときの、ことか?
「アンタの言うことは、どれが本当なのか、全然わからない」
手袋を外し、防寒着を脱ぎながら、急に話しはじめた士郎は、項垂れて、ため息をこぼしている。
「起きたらいないし、部屋に引き入れたら入れるなって言うし、なのに今は部屋に入れろって言うし、顔を見せるなってアンタが言ったのに、仕事場まで来るし……。
俺は、バカだから……、何がどうと説明されなきゃ意味がわからなくて……」
「士郎……?」
どういう意味だ?
士郎はなんの話をしている?
まったくわからない。
呆然として、ただ士郎を見ていた。
士郎は私のことなどおかまいなしで、脱いだ防寒着をきちんとたたみ、クラシックな棚の上に置く。
(な……)
作業用のツナギだけになった士郎の首筋の細さに目を剥く。
いくら忙しかったといっても、襟から、すら、と伸びた首が以前に比べて明らかに細い。
顔を見る限り、疲れの色を濃くしているが、それほどやつれてはいない。
だが、身体は確実に肉が落ちているのではないか?
「おま――」
「悪い……。アンタのことが、理解できなくて……、俺は、どうすればいいのか、全然……っ…………」
言葉に詰まった士郎の背中は、細くなったことが加味され、ひどく疲れているように見える。
(何が……)
あったというのか。
それから、士郎はいったい何がわからないというのか。
私は好きだと伝え、恋人だと言ったはずだ。その上、行動でも示した。朝まで誰かと抱き合うことなど、私は今までに、一度たりともした経験はない。
離したくないなど、誰にたいしても思ったことなどないというのに!
士郎の姿から受けた衝撃は立ち消え、苛立ちばかりが増していく。
「……では、お前はどうすれば満足するのだ」
「どうって……」
極力自身を抑えて声を絞り出すが、士郎に明確な答えがないのか、返答はない。
「お前はどうしたいのだ」
「どうしたい、って……アーチャーこそ、いったいどう――」
「お前の望まないことなどできないから訊いているのだろうっ!」
いい加減、腹が立ってしようがない。こいつは、どうしてこんなにも鈍いのか。
「っ、だ、だから、俺には、アンタが怒る理由がわからな――」
「そんなもの、知っているだろう! 私はお前に触れたくなる! もうずっと触れていないのだ! お前がセックスは嫌いだというから、私は我慢している! だが、お前は、」
「すればいいじゃないか!」
「は? なんだと!」
私につられてだろう、士郎も声を荒げた。こちらを振り向き、拳を握って、悔しげにしているのに、どこか泣きそうで……。
「アンタの好きなようにすればいいじゃないか! 俺はできないけど、アンタはできるだろ!」
「おい、待て! お前はできなくて私はできる、とは、どういう意味だ!」
「俺は、アンタが好きなんだぞ! アンタを欲しいと思って当然だろ! だけど、また、間違えてしまうから、俺は……、俺からなんて、できるはずないじゃないかッ、恋人でもないのにっ!」
「は? 士郎、今、なんと……?」
「男同士で、意味のない行為で、恋人ならまだしも、そういう関係でもないのに、セックスなんかできるわけがないだろっ! だけど、アンタは俺に何を憚る必要もない! どのみちおんなじ存在で過去だか未来だか、どっちが先かなんて確かめようはないけど、アンタは俺に何したって――」
作品名:BLUE MOMENT16 作家名:さやけ