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BLUE MOMENT16

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「馬鹿なことを言うなっ! 何をしてもいいなど、そんな……こと……」
 声が萎んでしまう。確かに、以前はそれに近いことをした。士郎の気持ちなどお構いなしで、私は自身の欲望に忠実に……。
「っ……」
 なんだこれは。
 どういうことだ、いったい。
 私の言葉も想いも、何一つ士郎に伝わっていないことに苛立つ。悔しさに食いしばった歯が、ぎり、と軋んで音を立てた。
 しん、と静まりかえった室内に、互いの鼓動すら響いてしまうのではと思う。どのくらいの沈黙を続けたのか、やがて士郎は視線を落として俯き、片手で目を覆った。
「なぜ……?」
 私はと言えば、ようやく出てきた声がそんな疑問だけだ。
 どうして、恋人ではないと士郎は言うのか。
 あの夜、確かにお前と恋人に、と伝えたはずだ。
「士郎、その……」
 頭にのぼっていた血がどうにか平常値まで下がってきた。感情をぶつけ合っているだけでは話もできない。とにかく自分自身を落ち着けることに心を砕いて、ようやく言葉になる。
「我々は、恋人だろう?」
「…………」
 士郎は答えない。俯いたままで、何も言わない。
 迷っているのか?
「士郎?」
「……なんで? いつから? だって、アーチャーは濁したじゃないか」
「濁し……、いや、そんなこと、」
「烙印じゃないって言ったっきり、そのままで……」
「あ…………」
 そうだ、そんな話をしていた。そして、それきり……。
「……すまない。きっちりとお前と恋人だ、と宣言しなかったことは謝る。だが、わかるだろう? あの流れで、どうして我々が無関係だということになるのだ? それに、間違うとは、いったい何を?」
 肩を掴み、抱き寄せようとすれば、士郎は後退って私の手を払い除ける。
「士――」
「わからないんだよ……。アンタの言うことの半分も、俺には理解できない……」
「だから、私が教えてやると、」
「要らない! もう、いい! こんな苦しいのは、もう嫌だ!」
「士郎、」
「好きなのにっ! どうして、こんなに、苦しいんだよ!」
「え……?」
「俺はただ、アンタが欲しいと思った。それなのに、間違ってた! だったら、俺は、どうすればよかったんだ!」
「士郎、いったいなんのことを、」
「近づくなよっ! さわ、っ、ら、ないでくれっ!」
 背を壁にぶつけ、逃げ道を失った士郎は、私が伸ばした手を払う。
「また、間違える……っ! 俺は、間違えて、ばっかりだ! だから、またっ…………っ……」
 しゃくり上げながら士郎は私を拒む。まるで恐慌状態だ。興奮していてこのままでは何をしでかすかわからない。
(なぜ……)
 どうして士郎を泣かせてしまっているのか、私は。
 士郎を甘やかしていたいと思っていたのではなかったのか、私は。
「士郎、落ち着け。何もしない。嫌なら触れないから、そんな……」
 泣いたりしないでくれ。お前には笑ってほしいと、心から思っている。
「ぅ…………ちが……、っ、アンタは、まちが……って、な……っ……」
 私が間違っていないと、士郎は首を振って否定するばかりで要領を得ない。
「士郎」
 一歩私が近づけば、左、右と視線を送り、逃げ道を探している。どうあってもサーヴァントの私から逃れる術などないとわかったのか、士郎は絶望したように壁に張り付いたまま私を窺っている。
 近づくたびに息を呑んで、このまま呼吸を止めてしまうのではないかとさえ思う。
 それでも私は歩を進めた。ここまで拒まれるのが心外だというのもあるが、とにかく理由が知りたい。
「っ…………、っ……っ……」
 浅い呼吸を繰り返す士郎は、瞬きすら忘れて私の動向を窺っているというのに、私の顔を見ない。
「士郎」
 顔を挟んで壁に両手をついた。逃がすものかと、主張などしなくていいというのに、やってしまった……。
 なぜ私は、こうも無茶をしてしまうのだろう。どうして士郎に対してだけは、我を通してしまうのだろう。とにかく、私を拒む士郎が許せなかったのかもしれないが、それにしても大人げがないじゃないか。
 英霊などというものになっていながら、私のやっていることといえば、そこいらへんのガキよりも性質が悪い。
 士郎をこれ以上追い詰めてどうしたいというのか、己に反吐が出そうだ。
「アー……チャー…………」
 縋るような琥珀色の瞳がようやく私を映す。
 驚きに何も言葉が出なかった。
 士郎は私から逃げようとしているのに、私に助けを求めるような眼差しを送ってくる。
(何が……起こっているのか……)
 わからない。士郎の望むことはなんだ。それに、間違えたというのは、いったい何を。
(こんなことでは、士郎と恋人になどなれやしない……)
 何もかもがわからないことだらけだが、じっくりと腰を据えてかからなければならないことだけはわかった。だがそれも、士郎の了解を得てからだ。
「士郎、話がしたい。私と話す時間を取ってくれないか?」
 極力感情を乗せずに、できるだけ穏やかな声を選んで訊く。士郎は子供ではない。正攻法ならば少しは聞く耳を持つだろうと思い、試してみた。
「…………っ……」
 すぐに返答はなかったが、浅かった士郎の呼吸が少しずつ深くなっていく。
「士郎、話をさせてほしい」
「…………」
 私を見ていた視線は落ちていき、緊張の糸が切れたのか、士郎は壁にもたれたままズルズルと座り込んだ。私に触れられるのを拒んでいる手前、支えてやることもできず、そのまま見送った私も士郎の足先に膝をつく。
「士郎?」
「さ……む…………」
「ああ、冷え切っているようだな」
「さむ……い……」
 ふと疑問が浮かぶ。
(震える唇は、ただの体感を訴えているだけなのだろうか?)
 一階の窓辺で冷たいガラスに身体を預けて、遠くを眺める士郎はいつも寒いと震えていた。
 あの場所でならそうだろうと今まで気にも留めなかったが、士郎が寒いと言うのは、ただ単に気温が低くて寒いというのとは違うのではないだろうか?
「……………………寒いのは嫌だ……、痛いのは恐い……、悲しいのは苦しい……、さむいのは…………」
 両手で顔を覆ってしまった士郎は、小さな嗚咽を漏らして項垂れる。
(何を言おうとしているのだ?)
 これは、誰彼かのことを慮っての言葉ではない。これは、滅多に聞けない、士郎の主観的な言葉だ。
(嫌だとか、痛いとか、恐いとか、悲しいや苦しいはマイナスイメージだが、はたして寒いというのは、いったい?)
 片膝立ちのままで少し距離を詰め、先の言葉を待ってやる。
 声を上げるでもなく、士郎は静かに泣いている。不規則に震える肩がとてもじゃないが痛々しい。抱きしめたくて仕方がない。
 だが、私は微動だにせず、いっこうに吐かれることのない言葉を、ひたすらに待った。
「士郎?」
 窺うように呼べば、ますます項垂れてしまって、手の打ちようがない。だが、途方にくれている場合ではないのだ。今、士郎と話さなければ、私はこの先もきっと同じ過ちを繰り返す。士郎とは根気強く付き合わなければならないということを、ようやく私は真に理解した。
「士郎、寒いのは、なんだ?」
 先を促すのはどうかと思ったが、これは鍵だと思う。
 士郎を理解するための、大事なキーワードだ。
作品名:BLUE MOMENT16 作家名:さやけ