その先へ・・・3
「……わかりました。すぐ行きます。」
ヴェーラはエフレムを優しく抱きしめて耳もとで囁いた。
「愛しいエフレム。次に逢う時に答えを教えて」
ゆっくりとくちづけを交わし、恋人に向かってにっこりと微笑んだ。
何も言えないまま、エフレムはドアの向こうのヴェーラ付のメイドに合図を送り、ドアを少しだけ開けた。
「ヴェーラ…」
振り向いたエフレムの目に入ってきたのは、うっすらと涙を浮かべたヴェーラの寂し気な顔だった。
「……私の気持ちは一つです。あなただけです。どんな時も」
意を決した様に言うエフレムに、ヴェーラも懸命に微笑んで見せた。
「愛してるわ、エフレム。また連絡します。次が待ち遠しいわ」
優しい笑みを浮かべると、エフレムはドアの向こうへとするりと滑り出た。
部屋に残してきた恋人の温もりを胸に抱きしめ、自分の指に鈍く光る指輪をじっと見つめた。
これからすぐ、ヴェーラは可哀そうな『エウリディケ』のもとに行くのだろう。
伝説に結び合わされたのであろう二人の悲恋を 哀れに思いながらもどこか惹かれていたヴェーラ。
そんな恋人にエフレムはそっと詫びた。
エフレムはアレクセイとユリウスの顔を思い浮かべ、むしろ彼らの悲恋の方が幸せなのかもしれないと思った。
レオニードに自分達の事が露見したら、この恋は破局しかない。
我が身の破滅だけならまだしも、何より大切な恋人の心をズタズタにしてしまうからだ、
そうなるのであれば、ユリウスの様に相手のことを何もかも忘れ去ってしまった方が、どれほど良いか。
ともかく……
とエフレムは自分の気持ちを戒めた。
任務はこれからも果たさねばならない。
任務の為と近づいたヴェーラではあったが、こんな風に身も心も彼女一色になってしまったのは想定外であった。
任務か、恋か……。
いくら考えても、答えは出ない。
任務の為ならこの身がどうなろうともかまいはしないが、彼女の事を思うと身が引き裂かれるようだ。
だから、彼女の心を引き裂く様な結末を迎えない為、これからも最新の注意を払わねば、と気持ちをあらたにした。
それでも、抗えなかった時は……
願わくば、せめてこの指輪をヴェーラの前でだけは使わずに済むように……
エフレムは足早に階下へと向かった。
その背中を暗闇からじっと見つめる冷たい目に気づく事なく……。