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その先へ・・・3

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この年の春先……

不慮の事故に巻き込まれ邸に保護された綺麗な金色の髪の「あの人」。
ケガが治ってからも兄から邸を出ることを許されず、そのまま一緒に暮らすことになった。
初めは……誰とも打ち解けようとはしなかった。
姉とは話していたようだが、一日中音楽室に籠りピアノを弾いている日が多く、リュドミールにとってはなんとなく近寄りがたい存在だった。

庭で一人、フットボールのボールを蹴って遊んでいたある日……
跳ねたボールが音楽室の窓にぶつかってしまったことがあった。
中でピアノを弾いていた「あの人」は、窓を開けてリュドミールに声をかけてきた。
「フットボール、好きなの?」
「うん!大好き!でもレオニードにいさまは忙しくて、なかなか教えてもらえないんだ」
「へぇ。……ぼくで良ければ教えてあげようか?」
思ってもみない言葉に飛び上がって喜び、リュドミールはすぐ姉のもとへ走っていった。

姉から許しをもらったリュドミールは、早速彼女の手をひっぱり庭へ走り出た。

教えてあげるなんて、へんなの。女の人なんだからフットボールなんか出来るわけないのに。絶対に自分の方が上手いに決まってる!

リュドミールはちょっぴり得意気に笑って二人の間にボールを置いた。

「よおっし!いくよぉっ!みてろぉっ!!」



驚いた事に、彼女は見事な足さばきでボールをコントロールして見せ、リュドミールは一度もボールに触れる事は出来なかった。
やっきになって何度も彼女に挑むのだが、結果は同じだった。
「ねぇ、女の人なのに、どうしてこんなに上手いの?」
悔しくて少し頬を膨らませて聞いてみた。
「……さあ、どうしてかな?昔から誰にも負けたくなくて、たくさん練習したからかな。でもフットボールが好きって事は確かだけど」
「フットボール好きなんだ」
「好きだよ。学校の友人たちとよくやったよ。でも、もうだいぶやってなかったから、かなり鈍ったよ」
息を弾ませ、頬を紅潮させ笑う様はとても綺麗で、リュドミールはとても不思議な気がした。

邸の中で鬱々と過ごし、あまり笑うこともせず、時折会う兄を鋭く睨む彼女。
一方で……
こうしていきいきと屈託なく笑い、金色の髪を揺らしながら楽し気に話す彼女。

いったいどちらが本当の彼女なのだろう……。
どちらもこの人に違いは無い筈なのに。
リュドミールは思い切ってずっと気になっている事を聞いてみた。

「えっと……あなたの事、なんて呼べばいいの?」
「どうして?」
「ヴェーラねえさまは、あなたの事『ユリウス』って呼んでるけど、あなた女の人なのに……」
「……ユリウス。ユリウスだよ、小さなリュドミール」
「むうっ!小さな、はいらないよ!」
「わかった。リュドミール」
「ユリ…ウス……。変なの。女の人なのに男の人の名前みたい……」
「……そうだね。だけど、確かにぼくの名前だよ」
ふっとかすかに笑った顔が、あまりにも綺麗で、ますますユリウスに対して興味を持った。
リュドミールはここぞとばかりに、次のフットボールの約束も取り付けた。



それ以来、リュドミールはユリウスと一緒に過ごす事が多くなった。
忙しい兄や姉に変わり、フットボールをしたり、一緒にロシア語の勉強もしたりした。
ピアノを弾く時も傍らで本を読んでいたし、時には木製の兵隊人形を使って戦争遊びもした。

すっかり打ち解けたユリウスと、こんなに天気の良い日には雪遊びをしたい!
リュドミールの足は自然と早くなる。
「今日こそ、ユリウスと一緒に遊んで良いって言ってもらうんだ!」
姉の部屋へ向かいながら、小さな声で言葉にした。


憲兵隊に無理やり連れ去られて数日後、兄に連れられて帰ってきたユリウスは大けがを負っていた。
何日も死んだように眠り続けていたが、ようやく目覚めてリュドミールはほっとした。
目覚めはしたけれど、あまり具合が良くないらしく、姉からユリウスの部屋へ行ってはいけないと厳しく言われている。
早くユリウスと遊びたいリュドミールは、事あるごとに姉に彼女の様子を聞き、遊んでもいいか尋ねた。

「Non!ダメよ」

答えはいつも同じだった。
でも、今日こそ!今日こそは姉からお許しをもらってユリウスと遊びたい!
こんなに素敵は日なんだもの、ユリウスの具合だってきっともう絶対良いに決まってる!
ユリウスとの雪遊びはきっと楽しいだろうなぁ。
エフレムにそりを出してもらったら、あそこの高くなっている所から滑りたいなぁ。

思いを巡らせながら、姉の部屋のドアをリュドミールは軽やかにノックした。


作品名:その先へ・・・3 作家名:chibita