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部屋をノックし声をかけても返事が無かった。
「おかしいな。おねえさま、まだ寝てらっしゃるのかな?」
今度はさっきより強くノックし、大きな声で呼びかけた。
「おねえさま、おはようございます!おねえさま!」
変わらず返事はない。
いつも朝早くから起きて、身なりをきちんと整えて優しく自分を迎えてくれる姉なのに……。
こんな事初めてだ。
「おねえさま!ねえ、おねえさま!!」
ドアを両手で押しても鍵が掛かっており開かない。リュドミールは激しくドアを叩いた。
「おねえさま!おねえさまったら!どうなさったの?」
「……ぼっちゃま」
慌ててやって来たメイドがリュドミールの手を優しくつかみ、膝をつき目線を合わせて話し出した。
「ぼっちゃま。お嬢様は体のお具合がすぐれなくて、今朝は起きていらっしゃいません。かなりお悪いご様子なのでお静かにして休ませてあげましょう」
「おねえさま、かぜをひいたの?昨日は元気だったのに」
「……ええ。それがかなりお悪いご様子です。さ、参りましょう。朝食の用意が出来ております」
「レオニードにいさまは?」
「若旦那さまは、もうおでかけになりました。さ、参りましょう」
「そうなんだ……」
それまでの楽しい想像はあっという間に消えて、あとかたもなく無くなってしまった。
リュドミールは小さな肩を落とした。
メイドに連れられて姉の部屋の前から歩き出したが立ち止まり、ドアの向こうの姉に優しく声をかけた。
「おねえさま。うるさくしてごめんなさい。ユリウスと遊びたかったんだけど、我慢します。かぜにはボルシチが良いですよ。あとで作ってもらって持ってきます。早く良くなってくださいね」
傍らのメイドは、小さな弟君の優しい心に思わず涙をこぼしたが、気づかれない様に慌てて拭った。
「さ、リュドミールさま」
リュドミールは名残惜しそうにドアの前から歩き出し、食堂へと向かった。




使用人であるエフレムが突然行方知れずになった事。

ヴェーラ付きのメイドが解雇された事。

使用人全員の身元調査が行われ、しっかりとした後見人や身元保証人がいない者は解雇する。

身辺調査は出入りの商人も行い、邸への出入りを制限する。


以上の事をユスーポフ家の執事が使用人全員に告げた。

「そしてわかっているとは思うが、この事は一切口外してはならない。分かるな」


誰も何も言葉にこそしなかったが、皆、エフレムが本当はどうなったのか知っていた。
寡黙でまじめ、よく働き執事の信頼も厚かったエフレムが、密かに入り込んでいた諜報員であったこと。
そして侯爵家の令嬢と抜き差しならぬ仲となっていた事。
しかも、その恋はレオニードの動向や軍隊の様子を探るためのものだった事など、執事やメイド長がいない所では皆コソコソと噂し合った。


女主人である侯爵夫人が在宅していない時は、落ち着いた中にも明るい雰囲気の邸内であるのだが、その日からしばらくは暗く沈み込み、ユスーポフ邸から笑い声が途絶えた。



ヴェーラはその日から2日間、部屋から出てこなかった。



作品名:その先へ・・・3 作家名:chibita