その先へ・・・3
(4)
レオニードに連れられて、リュドミールと共に反逆者への刑の宣告を見に行ったのは、その次の日だった。
記憶を失ってから初めての外出だった為か、邸に戻ってからユリウスは少し体調を崩してしまった、
「疲れも出たのであろう。ゆっくりと休みなさい」
とレオニードは言っていたが、それだけでは無いとユリウスは感じていた。
思い起こすのはシベリア送りを言い渡された「あの青年」の事ばかり。
心の奥底がかき混ぜられる様に騒ぎ、落ち着かなるなんて事が記憶を失ってから初めての事なのだ。
失ってしまった記憶に、彼が何か関係があるのかもしれない。
そう考えたユリウスはレオニードやヴェーラに聞いみるのだが、二人とも知らないようなので、一人で必死に記憶の糸を手繰る。
けれど、どんなに手繰っても暗闇が広がるばかりでどうしても思い出すことは出来ない。
どうしてこんなにも心騒ぐのだろう?
あの顔、あの姿、あの鋭い瞳で毅然と前を向く様。
心が騒ぐだけじゃない。思い出すだけで自然に涙があふれて止まらなくなる。
なぜこんなにも涙がでるのだろう?なぜこんなにも心が騒ぎ、じっとしていられないのだろう。
ユリウスはリュドミールの部屋へと向かった。
「あの青年」にシベリア終身刑が言い渡された後、リュドミールは泣きながら馬車を飛び出し、彼の元へと走っていった。
あんなちいさな子供が反逆者と知り合いとは信じがたいが、今はリュドミールに一縷の望みをかけるしかない。
「リュドミール。ちょっといいかな?」
「どうしたの?具合が悪いんではないの?」
「うん、今日は大丈夫。それより、聞きたいことがあるんだけど」
ユリウスは具合が悪いから、部屋へ行ってはいけないと姉からきつく言われていただけに、リュドミールは少しホッとした。
部屋の中に入ると、木製の兵隊のおもちゃが至る所に広がっていた。一人で戦争ごっこでもしていたらしい。
「何日か前、レオニードと街に行ったでしょ。ほら、反逆者が刑を言い渡された……」
「あ、うん」
「きみは、「あの青年」を知っているの?叫びながら馬車を飛び出したけど」
「うん。知っているよ」
「その……、どこで知ったの?ぼく……何か言ってなかった?」
「ユリウスが?」
リュドミールが不思議そうに小首をかしげた。
「ううん、違うよ」
「違うん……だ」
「ほら、ユリウスと遊んでて、にいさまとねえさまを驚かそうって言ってかくれんぼしたじゃない。にいさまに見つからずにたくさんの兵隊を見に行けたら、とっておきの話をしてくれるって言って」
「ごめん……、ぼく」
「あ、そっか。うんと…ユリウスとそう言って約束してかくれんぼして、ぼく大成功したんだよ!でも、その後見つかって、にいさまに怒られて。でもたくさんの汽車や兵隊がそこら中にいて、ぼくものすごく楽しかったんだ。あちこち歩いて見ている時にね、汽車に轢かれそうになって……。その時にものすごいスピードで走ってきてぼくを助けてくれた人がいたの。あのにいさまより早くだよ!信じられる?ものすごくかっこよかった!その人だったんだよ。「あの人」は。ぼく、あの人みたいになりたいんだ!」
「きみ助けてくれた人が「あの青年」」
「うん。アレクセイ・ミハイロフ。ぼくの命の恩人。ぼく、早く皇帝陛下が彼を許してくれるように、毎晩神様にお祈りしているんだ」
「アレクセイ・ミハイロフ……」
鮮烈に蘇るあの時の光景。
まっすぐな瞳、毅然とした姿、風になびく亜麻色の髪……。
そしてやはり心騒ぐ自分。
ユリウスはリュドミールの両肩を掴んだ。
「ねぇ、ぼくは本当に彼の事何か言ってなかったかい?知り合いだとか……」
「う、ううん、何も」
「そうか、そうなのか……」
こんなにも心がかき乱されているのに、彼とは何も接点が無いとは。
何か繋がると思っていただけに、落胆は大きい、
「ねぇ、ユリウスも一緒に神様に祈ってよ。アレクセイが早く皇帝陛下に許されます様にって」
「リュドミール」
「あ、もちろんにいさまには内緒だよ」
いたずらっぽく笑ったリュドミールに、ほんの少しユリウスの心が癒される。
「わかったよ、リュドミール。彼の為に祈るよ」
「ありがとう!ねぇ、ピアノ弾ける?今度はピアノ弾いて見せてよ!」
「ちょ、ちょっと!リュドミール」
リュドミールに手を引っ張られ、ユリウスは音楽室へと向かった。
幼い子の興味は目まぐるしく変わっていく。
一緒に時間を過ごしていると、時がたつのも忘れさせてくれるほどに……。
様々な事を思い出せない苛立ちや、心に抱えた深い闇、心騒がせる青年「アレクセイ・ミハイロフ」の事も。
ユリウスとリュドミールは、共に笑い、共に学び、ある意味一緒に『成長』していった。
気がつくと……
ユリウスがユスーボフ家に逗留する様になり、7年の時が流れていた。