彼方から 第三部 第三話
「気持ちは分かるけど、感情論で動いてちゃ、的確な判断が出来なくなるからね」
ロッテニーナが両手で握り拳を作りながら、可愛らしく怒りを露にしている。
ゼーナは、まるで自分の代わりに怒ってくれているかのようなロッテニーナに笑みを見せ、しかし冷静に、諭していた。
少し、昼間の『恋占い騒ぎ』の興奮が残っているのだろうか。
なんとなく、申し合わせたわけではないものの、女性陣は皆(ジーナを除いて)ゼーナの部屋に集まっていた。
すぐに寝てしまうのも惜しく思えたのか、ゼーナとガーヤ、ノリコにアニタにロッテニーナ……
女性五人は、話しに花を咲かせていた。
「ゼーナ様ってば、いっつもこうなんだから……変に冷めててさ」
「そっ、だから、恋占いが出来ないの」
「だねェ、あれは理屈じゃないから」
ロッテニーナの怒りを優しく冷静に諭したゼーナに対し、ノリコを除く三人はそう言いながら呆れ、しかし、『それがゼーナ』なのだと、納得し、諦めている。
年の近い二人、アニタとロッテニーナに、ノリコは前の世界の友達の影を重ねながら懐かしく思い、そして、久しぶりの女性だけのおしゃべりを楽しんでいた。
「でも、バーナダムも、恋占いをするまでもなく、フラれちゃったわね」
「ご免ね、さっき彼と話してたの、陰で聞いちゃったの」
――え?
『恋占い』の単語から、ふいに話しの中心が自分に向けられ、ノリコは少しびっくりして二人を見やる。
「え? 何の話し?」
「実はね、あたし達、かたまってここへ来ました時ね、後ろを振り向いたら、ノリコが彼に呼び止められていたのですよ」
――え……?
――あれ、聞いてたの?
ガーヤの問いに、ロッテニーナが楽しそうにしながら、話して聞かせ始める。
ノリコは更に瞳を大きく見開いて、その時のことを思い返していた。
***
「ノリコは――イザークのことが好きなんだね」
それは……
アニタとロッテニーナに誘われ、イザークと離れてゼーナの部屋へと向かう途中のこと……
ノリコはバーナダムに、呼び止められていた。
彼女たちと少し離れ、一応、話し声を聞かれないよう、配慮したつもりだったのだが……
「見てれば分かるよ、分かってたことなんだけどね」
廊下の一角で二人きり……
それど、大声を出せばすぐにでも、誰かが顔を出す。
アニタとロッテニーナも、離れているとはいえ、傍に居る。
けっして、『本当に』二人きりになれる場所に、連れて行こうとはしないバーナダム。
彼の誠実さが伺える。
ノリコも、それが伝わるからこそ、恥ずかしく想いながらも、ちゃんと彼に向き合い、きちんと眼を見て話している。
「ほら、さっきあんなことになっちゃっただろ……いっそ、告白しちゃえと思ってさ」
「あ……うん」
昼間の、恋占い騒ぎ……
不本意とは言え、自分の恋心を皆に知られてしまったのだから、今更隠しておく必要もないと――そう思ったのだろう。
少し短気で単純で……バーナダムは素直で真っ直ぐに、ノリコへの自分の想いに正直に、動いている。
それはもう、清々しいほどに。
「有難う……ご免ね」
顔を真っ赤にして伝えてくれたその想いに、ノリコもきちんと、言葉を返す。
自分の中に、彼への――イザークへの想いがある以上、バーナダムの想いに応えることは出来ない。
それでも、彼の想いは嬉しかった。
自然と、顔が朱に染まってゆく。
「でも……」
朱に染めた顔を俯かせてゆくノリコを見やりながら、バーナダムは少し冷静に、
「何でイザークの方は、はっきりしないんだろ……」
彼のノリコに対する態度について、言及し始めた。
恐らくそれは、ノリコのことを慮ってのことなのだろうが……
「あの、あたし、べつにいいんだ、このままで。押し付けるつもりはないし……」
なんとなく、イザークが責められているような気になって、ノリコは直ぐに、
「……なんて言って、ついさっきまで気にしてたんだけど、なんかね、ゼーナさんの話し聞いてるうちに、ちょっと、考え直したの」
バーナダムにそう、語り始めた。
「イザークにどう思われたいとか、どうして欲しいとか……そんなことばかり考えてると、肝心なことを見逃してしまいそうな気がしたの……あたしは彼が好きで、傍に居られればそれだけで、嬉しいんだ。そ……その気持ちだけ、大事にしていきたいなァって」
自分で語る自分の気持ちに少し、照れ臭そうにして――頬を染めながら、どこか幸せそうな笑みを見せるノリコ……
バーナダムはただ黙って、彼女のその想いに、耳を傾けていた。
――だからもう、一喜一憂するのはやめよう
――あたしは、あたしのままでいればいいんだよね
――しっかり自分を持って
――今まで通り、出来ることを見つけて
――ちゃんと前見て歩かなきゃ
――あたしは大丈夫だからって、言ってみようか
――そしたら彼も、困らないで済むかもしれない
イザークに告白をしたのは、そうしたかったから……
勿論、返事が欲しくないと言ったらそれは嘘になる。
けれど、それを求めてばかりいたら、それは身勝手な想いにしかならない。
彼は……バーナダムは告白してくれたけれど、返事が欲しいとか、どう想っているのか聞かせて欲しいとか……そんなこと、一言も言わなかった。
あたしが、イザークのことを好きなのが分かっているからなのかもしれないけれど、でも、自分の『想い』を押し付けようとはしなかった。
求めてばかり、いた気がする……
ちゃんと、自分とイザークのこと、周りのことが見えてなかった気が、する。
――あたしは、イザークが好き……
この想いはきっと、ずっと変わらない。
だから、大切にする。
大切に、失くさないように、守っていきたい……
バーナダムから『想い』を告白され、ノリコ自身も、イザークに対する『想い』を改めて噛み締めていた。
***
「ゼーナ様、ゼーナ様! 結果はノリコがイザークに片想いだったんですよ!」
「やはりバーナダムは、玉砕してしまったわけです!」
「――っ!! あの!」
バーナダムからの告白を受けていた時のことを思い返している間に、アニタとロッテニーナは『他人事』だからこそ嬉しそうに、ゼーナにそう、報告し始める。
「ノリコってば、片想いでもいいから、傍に居られたら嬉しいとか!」
「聞いてるこっちが赤面するようなセリフを吐くんですよ!」
『恋バナ』は、女子の愉しみ。
女の子同士だからこそ、咲かせることの出来る、楽しくて浮き立つような心持の、胸をきゅんっとさせる一時……
「きゃー! きゃー! やだーっ!!」
ノリコが慌てて、止めに入る。
ネタ元が恥ずかしがることなど至極当たり前。
それもまた、愉しみの一つ。
「こ……こらこら、プライバシーの話しを……」
ゼーナが少し焦りながら二人を窘めるも、それもご愛嬌とばかりに、
「その気持ちだけ大事にしたいとか――!」
「きゃー、きゃー、やめてぇ!」
二人は、止めない……
「いーではないですか、気持ちは理解できますわ、イザークって頗る美形で……」
作品名:彼方から 第三部 第三話 作家名:自分らしく