彼方から 第三部 第三話
「自分でも、恥ずかしいセリフだって思ってたんですよぉ」
きゃーきゃー、わいわいと――黄色い声を出し合いながら、ノリコの焦りと赤い顔を肴に、アニタとロッテニーナのからかいは続いてゆく……
それは恐らく、日ごろ重なる『嫌がらせ』の、二人なりの鬱憤晴らしだったのかもしれない。
――ふーん……
ゼーナに窘められつつも、ノリコの恋話を肴に盛り上がってゆく少女三人。
ガーヤは一人蚊帳の外、そんな三人を眺めている。
――そっか…………
――やっぱりノリコはイザークのことを……
――ふーん
彼女の気持ちを偶然にも確かめることが出来て、口元が次第に緩んでゆく。
――あれェ?
――なんであたし、嬉しいなァとか、思ってんだろ……
そんなことを想うガーヤの顔には、いつしか満面の笑みが浮かび、その脳裏に、イザークと初めて会った頃のことが――それをノリコに話して聞かせていた時のことが、蘇ってきていた。
*************
あれはもう、ニ年も前になるのかねェ……
自分の店を開くための資金稼ぎをする為に、まかない係として働いていた隊商に、イザークが入って来たのは……
隊商が新たに集めた人手の中に、いたんだっけ。
いつだったか年を訊ねた時には、『17』って、素っ気なく返されたっけかね。
隊商の中じゃ一番若かったんだよ……イザークは。
外見も細っこかったし、あまり人ともしゃべらなかったし、必要な時以外はいつも一人でいたんだよ、あの子……
任されていた仕事も、主に家畜の世話だったしね。
何だか人を寄せ付けない雰囲気を持った、大人しい子だなァって、最初の頃は思ってたんだよねェ。
まぁ、今でもそうだけど、見た目の綺麗な子だし、一人でいるのが却って目立つことになっちまったのか、その内、質の良くない連中があの子に眼を付け始めてね。
多分、面白半分だったんだろうけどさ、その連中がイザークに絡んでいるところを、何回か見かけたっけ。
旅の途中は、雇い主である商人の眼があったから、連中もそれほどしつこく、イザークに絡むことはなかったんだけど……
いつ頃だったかねェ……立ち寄った町で商談が長引いて、思いがけず、皆に一日の休みが出来た時があったんだよ。
それが……まぁ、言ってしまえば悪かったんだろうけど、いつもはある商人の眼がなくなっちまったもんだから、タガが、外れちまったんだよね、連中の。
イザークに絡んで――と言うより、きっと、喧嘩を吹っ掛けたんだ、あいつら……イザークの見た目から、勝てると思って。
それにしても――強かったねェ、イザーク。
今はもっと、強いけどさ。
見たのは途中からだったけど、喧嘩を吹っ掛けた連中数人相手に、体術で軽く伸していたもんねェ。
人は見かけによらないって、本当だね。
自分よりも年下の、どう見ても強そうには見えないイザークに、余りにも軽くあしらわれちまったもんだから、頭に血が上っちまったのか、連中の一人がさ、剣を抜いてイザークに向かっていったんだよ。
そうしたら、他の連中もそれに倣い始めちまって……
丸腰の子供相手にだよ?
喧嘩は両成敗だとあたしは思っているけど、いくら何でも大人げないだろうって、あたしゃついカッときてね、連中の一人から剣を奪って助けに入ったんだよ。
元灰鳥一族の戦士、ガーヤ・イル・ビスカとはあたしのことだよ! まだやりたいんなら、あたしが相手になるよって、大見え切ってやったら、連中大人しく引き上げていったっけ。
まぁ、その時はそれで済んだんだけど、また、旅が始まって、一応、何事も無かったかのように過ごし始めたんだけどね、でもさ、連中の様子がさ、なぁんか企んでいるような感じがしてさ……
体術が凄いから、剣も扱えるんだろうと思って、護身用の剣をイザークに渡しに行ったんだよ。
そしたら、『剣を扱ったことがない』って言われてね、だったらあたしが教えてあげるよって言ったら、
『刃物は思わぬところでも、人を傷つけることがあるから――振り回すのが怖いんだ』
ってね……突き返されちまったんだよ。
その時のイザークがさ……なんか、とてももろく感じられてね。
ほっとけなくなっちまってさ、イザークは嫌がって逃げ回ってたんだけど、なんだかんだとしつこく追い回してね、とうとうイザークの首を縦に振らせて、剣の扱いを教えることになったのさ。
練習に使える時間は少なかったけど、彼に剣の扱いを教えながら、少しずつ、ちょっとしたことだけど話すようになってね。
まぁ、主にあたしが話していたようなもんだけど……この旅の終着点である街で、店を出そうと思っているとか、その街に既に、店を借りてあることとかね……
イザークに、旅が終わったらどうするのかって、訊いたこともあったんだよ……
ほんの短期間の間に、物凄く上達したからさ、剣の扱いが……
だから、その腕があれば、どこの国に行ったって高級で雇ってもらえるって勧めたんだよね。
けど、イザークは乗り気じゃなくてね、一人の方が気楽だって答えてたんだけど、あたしはつい老婆心で『ご両親とすればやっぱ、出世してくれた方が……』ってさ、そう言ったら途端に、空気が張り詰めてね……『両親は……もう、二人ともいないよ』って……
きっと、両親のことには触れられたくなかったんだね――理由は、分からないけどさ。
旅が終わって――イザークと別れる時に、お店の地図を渡しておいたんだよ。
気が向いたら、遊びに来ておくれってね。
町の外れで見送って、小さくなってゆく背中を見てたら、なんだか名残惜しくなってさ……元気でねって、大きく声を掛けたら、返事の代わりに握った拳を高く掲げてくれてねェ――今でも眼に浮かぶよ。
それから二年経って、あんたをあたしに預ける為に来てくれるまで、一度も顔を見せてくれなかったのは、ちょっと寂しかったけれどね……
***
あの日、ナーダ城の近くの宿に、ジーナとノリコと三人、泊った夜。
次の日には、イザークたちと再会する予定だった。
ガーヤは徒然と、ノリコに昔話を語っていた。
瞳を輝かせて耳を傾けるノリコを見て、ガーヤは思っていた。
この子が……ノリコが、イザークのこれからの運命を変えていくのではないかと……
そんな不思議な想いに、駆られていた。
*************
夜が、更けてゆく。
皆、其々与えられた部屋に戻り、眠る者もいれば、眠れず、ベッドに横たわったままの者もいる。
ゼーナの屋敷、外廊の手摺りに腰掛け、アゴルはジーナと共に星空を見上げていた。
「ジーナ」
ふと、父に呼ばれ、ジーナはそちらに顔を向ける。
「ジーナが二人を占った時も、グシャグシャしていたって、言ってたよな」
「うん」
「エイジュを占ってもらった時は、真っ暗だったって、言ってたな」
「うん」
「そっか……」
「…………」
アゴルはその後、特に何も言わず、また星空を見上げ始めた。
白霧の森に入る前。
ガーヤ達と合流した時。
ジーナはノリコの占いの結果を父には言わなかった。
作品名:彼方から 第三部 第三話 作家名:自分らしく