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自分らしく
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彼方から 第三部 第三話

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 アゴルは迎えに来てくれていた時の彼女の言葉を思い返し、訊ねていた。
「来るのは、チンピラどもだけどね」
 軽く、一旦、断りを入れるも、
「裏には姉さんのライバル占者、タザシーナと、その後見人のワーザロッテって言う大臣が、潜んでいるようなんだ」
 そう、言葉を続けるガーヤの表情に笑みはなかった。

          ***
 
「ゼーナ、ゼーナ!」
 パタパタと足音を立てながら、ロンタルナたちが応接室へと戻って来た。
「もうすぐ来るからね」
「おれ達が言う二人だからね」
「ロンタルナ、コーリキ……これ……」
 ゼーナの座るソファの背凭れに手を掛け、二人は応接室の入り口を指差し、見やりながら、父の窘めの言葉も耳に入らない程、興奮を隠し切れない様子でそう言ってくる。
 彼女が、今、どのような状態なのか、良く確かめもせずに……

 ――凄いエネルギーを感じる……
 
 身体が、小刻みに震えてしまうほどの、

 ――禍々しい、暗黒の……

 凄まじい、『力』。
 
 彼女の瞳には、こちらに手を振るガーヤの姿も、そのガーヤに連れられて、一緒に屋敷に入ってきた連中の姿も映っているのに、意識は『力』に……『力』を感じさせる存在に、捉われていた。
「ほら、あれ、あれがイザーク」
 そう教えてくれたのが、ロンタルナなのかコーリキなのか、どちらなのかすら分からない。
 ゼーナはただ、最後に現れた人の姿を――『あれがイザーク』と言われた青年の姿を凝視していた。
 『占者』としての『眼』を通して見る彼の姿は、まるでエネルギーの塊りが人の形を象っているかのように映る。
 人間という『枠』を超えてしまった、膨大なエネルギーの塊り……しかも、暗黒と言えるほどの禍々しさを感じさせる『力』。
 その圧倒的な『闇』と『力』に、ゼーナは身を震わせ、意識を捉われてしまうほどの『圧』を感じ取っていた。
 イザークの視線が、動く。
 自分の後ろに付いて入ってきた少女を見やっている。

 ――……ん?

 『圧』が、不意に緩んだ。
「そして、ノリコだよ」
 キョトンと、大きな瞳をこちらに向けてくる、その少女の姿を見止めた瞬間――身を震わせるほどだった『圧』が消え去り、代わりに『光』が、溢れ始めていた。
 涼やかな、鈴の音とも鐘の音とも思える音色が、ゼーナの頭の中に直接、光と共に響いてゆく。
 イザークの服の袖を掴みながら、彼の名を呼び、こちらに眼を向けているノリコ……

 ――え? え?

 『二人』が、共に歩み寄ってくる――その歩調に合わせるかのように、涼やかな音色は広がりを見せ、大きく響き渡り、光が……満ちてゆく。

 ――何? これ……
 
 それは、ゼーナにとって初めての感覚だった。

 ――何なの、この二人……

 その感覚は、明らかに二人から齎されているもの。

 ――あの、禍々しい感覚が一瞬のうちに消え失せて……
 ――涼やかな音色と共に、辺りを埋め尽くすように広がってゆく、この光の束
 ――彼ら二人を中心に、迸るように……

 透明で、温かで、優しく溢れ、絶えることなく満ち満ちてゆく――
 ゼーナの、占者としての意識と感覚の全ては、『光の束』が齎す世界へと向けられていた。

「姉さん?」

 ――……っ!

 フッ――と、意識が戻される。
 光に満ちた世界から、ゼーナの感覚が戻ってくる。
 自身が住まう館の――皆が集まる応接室へ、と。
「どうしたの? ボーッとして」
 眼の前に設えてあるローテーブルの向こう側から、怪訝そうに、双子の妹ガーヤが声を掛けてくる。
「…………」
 ゼーナはまだ、先ほどまで意識の全てを向けていた『光の世界』から、抜け切れずにいた。
「あ……あれ?」
 呆けた表情を見せ、辺りをきょときょとと、見回している。
「姉さん?」
 ガーヤから再び、そう問い掛けられ、
「ない……(――光が……)」
 無意識にそう呟いていた。
「え? 何が?」
「(消えている)そんな……今の今まで、あんなに溢れるように……」
「姉さん、何言ってるの」
 ゼーナには見えていても、感じられていても、他の皆はそうではない。
 彼女の訳の分からない言動に、ガーヤは半ば困ったようにそう言うしかなく、果てには、
「やだ、また寝ぼけて食べ物の夢でも見たんでしょ。姉さん、疲れると目を開けたまま、寝るクセあるから」
 姉妹としての経験に準え、ガーヤは姉の言動をそう判じていた。

 ――え? 夢?

 妹の言葉に、ゼーナは自身が今占たものを、疑問に思う。
 
 ――今のは、夢?

 確かにそう思えるほど、光の束に溢れたあの世界は、現実からはかけ離れていた。
 だが……
 その『世界』を占せてくれた、感じさせてくれた二人は、今確かに、眼の前に居る……
 紛うことの無い現実であり、存在。
 ゼーナは自分の感覚が確かであったことを確認するかのように、その頬に、両の手の平を当てていた。

          ***

「ご免ね、みんな。姉さんのところもここ最近、色々あってさ」
 呆けてしまっている姉の代わりに、ガーヤが済まなそうに、皆に謝ってくる。
「うん。これじゃ、今、ノリコのこと占うのは少し無理かな」
 今、ゼーナ宅で起こっている『色々』を知っているバーナダムも、彼女の様を『然もありなん』とでも言うように見やり、頷いている。
「あ……うん。あたし、別にいいよ、急がないし」
 二人の言葉と、ゼーナの様子に、ノリコはそう返す。
 襲われたという事実は確かに不安なのだが、自分のことで初対面の彼女に負担を掛けるのは気が引けた。
 特に今、心労が重なっているというのであれば、尚更のことである。

「占うって何を?」
 彼らの口から飛び出した、『占う』――その言葉に反応するゼーナ。
「うん、ノリコがね、あっちで正体不明の奴らに襲われたんだよ。いったい何者なのか聞きたかったんだけど、後にしよう、姉さん疲れてるみたいだし……」
 ガーヤは『今は』という意味を込め、姉の心労を慮ったのだが……

「いやっ!!」

 ゼーナはガーヤの心遣いに『否』を唱え、ソファの肘掛けに力強く、まるで叩きつけるかのように手を置くと、
「占いましょうっ!! 今すぐ!」
 そう言って、立ち上がっていた。

 ――ようし!
 ――ついでに、今のが夢だったかどうか、確かめてやる!!

 夢と判じるには、あまりにも鮮明な感覚。
 あの溢れんばかりの光の束が『夢』だとは、ゼーナはどうしても思えなかった。
 光の束を夢と判じてしまたっら、その直前に感じた禍々しいエネルギー……それさえも『夢』なのだと、判じてしまうことになってしまう。
 確かに、ワーザロッテたちの嫌がらせが、心労になっていないとは言わない。
 だが、占いも出来ないほど、自身の感覚に揺らぎを生じさせるほどでは、決して無い。
 このグゼナで、城お抱えの占者をしていたという自負も多少ある。
 ゼーナは、あの光の束の世界をもう一度感じる為、確かめる為にも、『ノリコたち』をどうしても占いたかった。

 その勢いと手を肘掛けに叩きつけた時の大きな音に、ノリコは思わず、体をビクつかせる。