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自分らしく
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彼方から 第三部 第三話

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 眼が合った途端、眉根が険しく、寄せられてゆく……
 互いに何も言わず、ただ無言で、見据え合っている。
「…………ノリコ、行くぞ」
「あ……うん」
 無言の見据え合いは長くは続かなかったが、互いに牽制し合うような、居心地の悪い雰囲気が漂うのを感じる。
 ノリコはイザークに言われるがまま、先に立って歩く彼の後ろをついてゆくが、その、何とも言えない雰囲気を感じ取り、戸惑い、困ったように、二人を交互に見やっていた。
 ノリコに対し、冷たく、ぶっきら棒な態度を取るイザークを、バーナダムは何かを見定めるかのように見詰めていた。

          ***

「でね、半年程前からのことなんだよ。ほとんど、いたぶって遊んでいるみたいな嫌がらせでね」
「ワーザロッテのやり方には、反対ばかりしていたからねェ……どーも、あいつのやり方には賛成できなくて……」
 用意されていた食事を皆で採りながら、ガーヤが今の現状を、ゼーナを取り囲む今のグゼナ国の内情を、かい摘んでだが、語ってくれた。


 そもそも、この国の国王は政治に関心がなく、執政は12人の大臣達が協議の上、行っていた。
 半年程前までは、それで上手く収まっていたのだ。
 しかし、その半年程前のある日の事……
 12人の大臣の一人、ワーザロッテが、一人の占者を伴って城に現れ、国王に紹介した。
 それが、始まりだった。
 占者の名はタザシーナ。
 輝くばかりの美貌を持つ、優秀な占者だった。
 国王はたちまち、その美貌と優秀な占者の能力を持つ彼女を気に入り、ゼーナの代わりに国専占者に取り立ててしまった。
 だが、いくら国王の命とは言え、それで事が収まる訳がなかった。
 たった一人の大臣の勝手な行動を、他の大臣が易々と受け入れられる訳などなく、当然反発が起こったのだが……だが、反発した大臣達は皆、次々と失脚してゆき、これも当然のように、代わりにワーザロッテが大きく、台頭してきたのだった。
 全てが、ワーザロッテの都合に良く事が運んでいることは明らかで、裏で何か策略が巡らされていたのであろうことは容易に想像がつくが、失脚を恐れた他の大臣はそれ以上反発することなどなく、失脚してしまった大臣達も、今はどこにいるのか……消息は不明である。
 ゼーナの側に付いていた大臣達が失脚すると、当然のように『嫌がらせ』が始まった。
 国専占者の座を追われても尚、この国に、この屋敷に留まるゼーナを疎ましく思うワーザロッテが、裏で手を引いているのに間違いはない。
 優秀な能力を持つからこそ、そのゼーナを慕い、頼る者たちにも、ワーザロッテは圧力をかけている。
 今のグゼナの国はこのワーザロッテに、ほぼ、牛耳られているも同じである。


「やれやれ、どうやらこの国でも、ゆっくり出来そうもねーなァ、コリャ」
 ゼーナを取り囲む現状と国の内情の説明を、食事の終わりと同時に聞き終え、バラゴは椅子に背を預け、半ば愚痴のような感想を漏らしている。
「しかし、そんな大臣級の人物に睨まれている場所に潜んでいて大丈夫ですか? ジェイダ左大公」
 左大公の隣に座るアゴルが、体ごと彼の方に顔を向けながら訊ねている。
「いやいや、実はわたしと息子たちは、今、ゼーナ殿に紹介してもらって、農場で働いておりましてな、今日も少ししか、ここに居る時間がなくて……」
 アゴルの言葉を受け、左大公は『心配無用』とばかりに笑みを向けながら応え、
「皆とは久し振りなので少しおめかししましたが、いつもはもっと動きやすい姿でね、作物など届ける名目で、時々ここへ、顔を出しているわけで……」
 少し恥ずかしそうにしながら、言葉を続けた。
 その説明の通り、左大公親子は食事を終えると、世話になっている農場へと戻るべく……
「なんだか慌ただしいね」
「農場の都合もあるからな」
「ま、今日のところは」
 其々動きやすい姿へと身なりを整えると、荷物を持ち、皆に見送られながら馬車で農場へと戻っていった。

          ***

「庭だよ」
 食後の休息時間。
 ゼーナが広々とした、屋敷の庭を案内してくれる。
 手入れの行き届いた庭木。
 足下には石畳が敷かれ、庭を散策しやすいようになっている。
 その一角には、お茶会でも開けそうなほどに広い、東屋があり、
「ここに餌をやると、鳥がやって来てね」
 と、ゼーナは東屋の傍に設えた餌場に手を添えながら皆を振り返り、明るく微笑んでいる。
「占いの客達は、ワーザロッテ側に脅されて、来れなくなったけど、流石に奴らも、鳥までは手が回らないらしい」
 ガーヤも明るくお道化て、ウィンクをして見せながら、今の現状をそれほど深くは悩んでいないところを皆に見せる。
「ここに座ってると気持ちいいよ、風が通ってね」
 二人は屈託のない笑みを見せ、皆を東屋の中へと誘ってゆく。
 それが、彼女たち姉妹の気遣いであることは容易に分かるが、極力明るく見せようという気負いは感じられない。
 至極、自然体である。
 勿論、ただの嫌がらせ程度で、今のところは事が済んでいるからなのかもしれないが……
 元より二人とも気質が大らかであり、年の功ともいうべきその経験値の多さから、肝も座っている。
 周りを気遣えるだけの精神的余裕も、ある。
 だからこそ、周りも必要以上に、深刻にならずにいられるのかもしれない。

「ここも、何だか大変なことになってんだね」
 ややこしいゴタゴタに巻き込まれている割には、明るく過ごしているように見えるゼーナ姉妹。
 自分が気遣う必要などないようにも見えるが、それでもやはり、ノリコは少し心配になる。
「そんなことで疲れて、占い出来なくなっちゃったんだ……あたしのことが負担になってなきゃいいけど」
 ゼーナの『破裂』が、『自分たち』の関係を占ったことに依るものだとは思っていないノリコ。
 純粋に、彼女の心労を慮っている。
「ん…………」
 だが、同じようにゼーナたちを見やっているイザークの反応は冷たく思えるものだった。

 いつも、端的にしか言葉を返してはくれないが、それでも、今のように、無反応と思えるような返しなどあまり覚えがない……
 何か考えている事でもあるのか、それとも――怒っていることでもあるのか……ノリコは、さっきから自分の方を見ようともしてくれないイザークの言動を気にしているものの、面と向かって訊くことも出来ず、ただじっと、見詰めていた。

          ***
 
 庭を吹き抜けてゆく風。
 心地よく頬を撫で、髪を揺らしてゆく。
 今のイザークは、風に弄ばれる木々の枝のように、心が落ち着かなかった。
 ノリコの、ゼーナ姉妹を気遣った言葉にも碌な返答をすることも出来ず、ただ冷たく、怒っているのかと思われるような態度しか取れない。
 無理に言葉を返そうとしても、恐らく、結果は同じ……
 冷たく、突き放しているような言葉しか、口にすることは出来ないだろう。
 皆に続いて東屋に入ろうとした時、心をざわつかせている原因と眼が合う。
 イザークが入ろうとしていた入り口とは反対側の入り口に立ち、無言で見据えてくるバーナダム。