彼方から 第三部 第三話
彼の瞳を暫し、正面から受け立つように見据え返した後、イザークはガーヤたちに眼を向けた。
「ゼーナ……何か、おれに出来ることはあるか?」
今まで、特定の人間と深く関わろうとすることなどほとんどなかった彼が――イザークが自らそう申し出るのは、意外なことではないだろうか……
自ら頼んだことではないとは言え、彼女の占い能力を『破裂』させてしまったという負い目や、それに……世話になったガーヤの姉だから――というのもあるかもしれないが、それを鑑みても、珍しいことだと言える。
恐らく、彼らの中に共通する『意志』……圧力に屈しない心の強さ、前向きさ――そんなものに共感し、心を動かされたから……そして、彼らと過ごした日々に感じた心安さ居心地の良さ……そういうものに、もしかしたら背中を押されていたのかもしれない。
下手をすれば『国』という大きな存在を相手に、立ち回ることになりかねないというのに……
『一人』でいた時とは違う……確実に、少しずつだが変わってきている――そう思える。
ガーヤも、そのガーヤから彼についていろいろと聞いていたゼーナも、イザークの申し出に少し驚き目を見開きながらも、嬉し気に、笑みを浮かべている。
「おう、そうだそうだ」
イザークの言葉に、東屋内の腰掛に腰を下ろしていたバラゴも反応し、
「おれ達も、ケンカの方ならちったあ自信があるぜ。イザークやエイジュ程じゃねーけどよ」
そう言って身を乗り出してくる。
「うん、話しはガーヤから聞いてるよ」
バラゴの申し出に、ゼーナは嬉しそうに微笑みを返しながらも、
「エイジュ……ね、一緒に来なかったってことは、やっぱり、アイビスクに帰ってしまったんだね、その人は」
少し残念そうに、
「一度、会ってみたかったねェ……」
そう、呟く。
「ま、仕方ねェ……エイジュも雇われの身だからな、契約を反故にしちまうような身勝手な人間にも見えなかったしよ」
「そうだねェ、エイジュがいると話し相手が増えて、あたしも楽しかったんだけどね」
エイジュを擁護するようなバラゴのセリフにガーヤも頷きながら、しみじみと呟いている。
二人の会話を聞いていると、エイジュと別れた時のことが思い返され、ノリコの心にふと、寂しさが蘇ってくる。
俯いてしまいそうになった時、イザークの手がスッと、背中に当てられた。
――え?
少し驚いて、イザークを見上げるノリコ。
てっきり、何かに怒っているのかと思っていたから、余計だった。
イザークはそのまま背中を軽く押し、東屋の中へと――そして、腰の高さまでしかない壁に沿って設えてあるベンチのような椅子へと、ノリコを誘った。
――ああ、座れってことなのね
そこまでされて、やっと彼の意向に気付く。
――良かった
――別に怒ってるわけじゃないんだな
無言で示された気遣いに、ノリコは少し、ホッとした。
***
「彼女にはホント、会ってみたかったけれど……けれどね、有難いねェ、そんなこと言ってもらって……いや、いや、いや」
ガーヤから色々と話しは聞いていたとは言え、バラゴ、イザーク、ノリコ、アゴル親子とは、ゼーナは初対面である。
そんな初対面の人間から、親し気に、協力を申し出る言葉を貰えて、ゼーナは本当に嬉しそうな笑みを見せ、照れ臭そうにしている。
「実はね、わたし、こんなことになって、自分で自分を占ったんだよ」
彼らの申し出に応えるように、ゼーナは自らのことを、その想いを、語り始めた。
「そしたら暫く動かずに、待てと出たんだ……で、わけも分からず、ただ漫然と待っている中で、自分の身の上とか、色々考えを巡らしてね――」
東屋の中、自然と、ゼーナを囲むように、皆が椅子に腰かけてゆく。
ノリコは、ゼーナの語る言葉に、次第に自分を重ね始めていた。
「その中でふと、昔、悩んでいたことを思い出したんだ」
ゼーナの口調は穏やかで優しく、ガーヤの声音とも良く似ているが彼女よりも少し、温かく――皆、静かに彼女の話しに、耳を傾けている。
「こんな力があるだろ? なぜ自分は、まだ起こってもいない未来が見えるんだろうか……この未来ってものは何なのだろうか……これが『運命』っていうものなのか……そうだとしたら――人の運命ってのは生まれた時から決まっていて、その上をただ、なぞって生きなきゃいけないのかしら…………って」
先を見通す能力を持つ、占者ならではの悩み、そして想いなのかもしれない。
優秀な能力を持つほどに、その『起こってもいない未来』の占いは、よく当たるのだろう。
そして、よく当たれば当たるほど――『人の運命は生まれた時から決まっている』と、思えてしまうものかもしれない。
ノリコの隣に腰を下ろす、イザークの耳に飛び込んできた『運命』という言葉……
彼女の語りを、聞いていなかった訳ではない。
だが、その言葉を耳にしたことで、イザークは更に注意深く、彼女の言葉に耳を傾け始めた。
「ああ、姉さん若い頃、よく言ってたねー」
「うん、でも、年を取るにしたがって、そんなものじゃないって分かってきた」
額に、人差し指を当てながら、ゼーナは妹の言葉に頷き返す。
そのまま、占いでもするかのように、行く末を――先を見据えるかのような瞳で額に当てた指先に、眼を向ける。
「わたしの見る未来――これは、『場』に過ぎないんだ……これから向かうべく、用意された『場』。そこで何を考え何をするか、それはやっぱり、本人が決めることだ。どうするかによって行く道も変わる。結局、未来を決めるのは、自分なんじゃないか……ワーザロッテの嫌がらせを受けながら、わたしは考えていたんだ」
彼女の……ゼーナの語りが、その言葉が、イザークの胸に、静かに沁み込んでゆく。
自らの行く末を、先の見えない未来を見定めたい――理不尽に押し付けられた運命から逃れたいと、願う、その心に……
「もし……もし、運命というものがあるなら、それは『場』に用意された使命のことじゃないだろうか。何をどうするか、何が出来るのか……何か、その使命が、どこかに用意されているんじゃないだろうか……とね」
皆に――その場にいる全員に語り掛けるが如く、ゼーナは一人一人の顔を見回しながら話し続けている。
――あ……なんか、一緒だ
――あたしの思っていたことと
ゼーナのように、ハッキリとそう悟っていた訳ではない。
だがノリコも、確かに今の彼女が語ったことと似たような思いを、自分の内に感じていた。
「そんな中、ガーヤ達がやって来た、続いてあんた達もやって来た。この人達との出会いにより、わたしに何が出来るのだろう…………占いの答えは『旅』だった」
「旅?」
ゼーナの語りは、次第に静かな熱を帯び始める。
その熱が伝染するかのように、皆の視線はゼーナに集まってゆく。
アゴルは、彼女の静かな熱を感じ取りながら、恐らく、今居る中では一番冷静にゼーナの話しを聞き、訊ね返していた。
「そう……『旅』」
アゴルの返しに応じる彼女の表情が……
作品名:彼方から 第三部 第三話 作家名:自分らしく