BLUE MOMENT17
生体認証を増やすというアーチャーの提案に、というか、アーチャーが、合鍵が欲しい、と言ってくれたことで眠気も吹っ飛んだ。善は急げだ。すぐにダ・ヴィンチに頼んで、扉の生体認証にアーチャーのも加えてもらいたい。
アーチャーの気が変わらないうちに、すぐに!
「だが、まだ本調子ではないだろう?」
頬から首筋にまで滑り落ちたアーチャーの熱い掌が、そろりそろりと撫でてくる。
「ん、だ、だけど、」
「まったく、よくもまあ、あんなものだけで十日も過ごしたな」
「あー、うー、えっと……」
反論できずに口ごもれば、
「しばらく手も出せない」
「ふぇ?」
アーチャーの熱い手に首筋どころか、あちこち撫でられて、気持ち好くなってきた。
「ん……、ぁ……チャー……?」
あれ? なんで、アーチャーがぴったり寄り添ってるんだ……?
なんだか知らないうちに横になっていた。どこかへ行っていた眠気がまた戻ってくる。
「私につきあうには、体力が落ちすぎているだろう、と言っているのだ」
体力?
アーチャーはなんの話、してるんだろ……。
「うぅ……」
身体を撫でるアーチャーの手が熱くて心地好い。
アーチャーは俺を眠らせようとしているのか?
早くダ・ヴィンチのところに行きたいのに……。
「アーチャ、っ、い、行かない、と、」
「ああ」
頷きながら答えるのに、アーチャーはいっこうに俺を解放しない。
(だんだん触り方、やらしくなってる……)
目尻に触れた唇から漏れるアーチャーの吐息がすごく熱い。
「ダ・ヴィンチの、ところに、」
「ああ」
「ぁう、ちょっ……」
「士郎……」
そ、そんな声、ダメだ。服の上からだけど、胸元から脇腹までアーチャーのゴツゴツした手が這っていく。その手が腰まで下りてきて、そのまま腿の外側を撫でていく。
「ぁ、ちゃ、ンンっ、ま、待っ、んくっ!」
耳を噛まれた。血が出るほどきつくじゃなくて甘噛みだ。ぞわぞわする。俺が耳に触られるの苦手って知ってるはずなのに……。
「は…………ぁ……っ……」
アーチャーの熱に煽られたみたいに、俺まで息が上がってしまう。
(このまま、流されても……)
いいんじゃないだろうか。ダ・ヴィンチのところに行くのは、また後日でもいい。アーチャーもその気みたいだし、俺もこのまま……。
アーチャーの背中に手を回そうとして、はっとする。
俺はあのとき……、アーチャーが欲しくて手を伸ばした……。
それは、大間違いの行動だったのに、また俺は同じようなことをやりそうになっている。
「…………」
手を戻してきて、アーチャーの肩を押した。
(また、間違えたりしたら……)
ふわふわしていた気分が急激に消えた。
恐くなってくる。
アーチャーがその気なのかどうか、そんなの確証がないっていうのに、なんだって俺は、そんな不確かなことを頼りにしようとしてるんだ。
「士郎?」
少し身体を起こして俺を覗き込むアーチャーが驚いたような顔をしている。そりゃそうだよな、今の今まで乗り気だった奴が、急に制止したりしたら……。
「っ……」
また、俺は間違えている……。どちらが正しいんだろう。乗り気な方か、拒絶する方か……。
「そうだった。お前の身体は、まだ本調子ではない。私が言ったというのに……。すまない、また私はお前に無理をさせようとした」
「あ、い、いや、あの、俺……」
「所長代理に頼みに行くのが先だな。つい、なんの障害もなく触れることができると思うと、自分が抑えられなくなってしまった……」
「ぅ……」
そんなの、アンタが反省することじゃないだろ。
「ごめん、俺、」
「なぜ士郎が謝る、悪いのは私だ」
少しバツ悪そうに、少し寂しそうに苦笑いを浮かべるアーチャーに申し訳ない。
「いや、違うんだ、ごめん、俺……、俺が半端なこと、してるから……」
「士郎?」
「俺、アーチャーを困らせてるよな……」
どう言えば……、なんて説明すればいいんだろう。
アーチャーに触れられるのは嫌じゃないってこと、それから、セックスは嫌いだけどアーチャーとするのは好きだとか、たくさん、たくさん、矛盾だらけで……。
「士郎、ゆっくりでいい。お前が何をどう思うのか、お前から話してくれるのを私は待つから……」
だから焦らなくていいと、アーチャーは俺を優しく抱きしめてくれた。過敏な背中に触れず、頭や肩のあたりを撫でて、アーチャーは気を遣ってくれている。
「ごめん、アーチャー。ごめん、俺が……」
アーチャーの優しさが胸に詰まって、謝ることしかできない。
「謝ってばかりだな、士郎は」
「だって、アンタ、ちょっとかたい……」
「む……」
こんなにぴったりくっついていて、気づかないはずがない。
「がまん、させてるんだろ? だったら、」
「まあ、そうなのだが……、以前のような無茶をさせたくはない。したがって、恋人として当然のことをしているまでた」
「でも、申し訳ないし……」
「では、謝るのではなく、ありがとう、と。私が我慢しているのは、士郎が愛おしいからだ。無理をさせたくないから、傷つけたくないから我慢する。だから、ありがとうでいいのではないか?」
そうなんだろうか?
謝らなくてもいいんだろうか?
「正直、落ち着かないが、こうして士郎を抱き込んでいるだけというのも、悪くないと思っている」
「そう……なのか……?」
よくわからない。だけど、アーチャーが提案することだから正しいと思う。
「アーチャー……、ご、……じゃなくて、あの、あり……がと……ぅ……」
「ああ」
半信半疑でも口にしてみれば、案外、謝るよりもいい気がしてアーチャーの肩口にすり寄った。
なんでだろう。
今まで、ほとんどアーチャーの言葉は、鵜呑みにしても理解することができなかったのに、今は丸飲みしたみたいに、すとんと理解できる。
「アーチャー、ありがとう、ありが……」
「ああ、わかった」
了承してくれたアーチャーに何度も繰り返してしまう。まるで、初めて知った言葉みたいだ。なんだかうれしくて、アーチャーに抱きつく。アーチャーは拒むことなく俺を包んでくれる……。
ずっとこうしていたい。
アーチャーがいる間は、少しでも長くこうしてコイツの温もりを……。
「し、士郎……、名残惜しいのだが、そろそろまずい」
「へ?」
何を言われたのかと顔を上げれば、少し赤みを増した頬が目に入る。それから、さっきよりも如実に主張している熱が、脚の付け根に当たって……。
「あ……」
「少し、離れようか……」
アーチャーが腕を緩めたから、それに従った。俺の下敷きになっていたアーチャーから上体を起こせば、なんだか押し倒したみたいにアーチャーを見下ろすことになる。
「あ……」
つい、顔が熱くなってしまった。
「ああ、まったく……」
少し苛立ったような声に、ぎくり、とする。
もしかして、また俺は、間違いを?
「惜しい」
「は?」
「まだ、抱きしめていたい」
「だきし……、……でも、」
「わかっている。今のは、愚痴だ。私自身への」
「アーチャーへの? どういう……?」
「自業自得というやつだ。士郎を傷つけた罰だな」
そう言って苦笑いを浮かべたアーチャーは身体を起こした。
作品名:BLUE MOMENT17 作家名:さやけ