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BLUE MOMENT17

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「行くか、所長代理の工房に」
「あ、う、うん、そうだな」
 名残惜しいのはアーチャーだけじゃないって、伝えた方がいいんだろうか。俺もまだアーチャーとくっついていたいって……。
「士郎」
「ん? なに?」
「戻ってきたら、続きをしても?」
「続……き? へ? つ、続き、って、え? え?」
「はは……、無茶はしないと言っただろう? 抱きしめていたい。離れていた分、ずっと」
(ああ、ほんとに俺、アーチャーの恋人になれたんだな……)
 やっと俺は、そのことを理解した気がする。だからだろうか、何も考えずに頷いた。
「ん。俺も」
「……はぁ」
「え? アーチャー?」
 俺は何かマズいことを言っただろうか、と訊こうとすれば、これ以上煽らないでくれと、よくわからないことを言って、アーチャーは片手で目元を覆った。

「アポを取っていないが、大丈夫か?」
「居なかったら探しに行けばいいだろ?」
「こんな時間だが……、まあ、そうだな」
 アーチャーは一旦、時計を確認したものの、思い直したのか、俺の意見に賛同してくれるみたいだ。確かに夜の十時前だ。あまり人を訪ねる時間帯じゃない。
「こんな時間だから大丈夫だ。っていうか、ダ・ヴィンチは管制室と工房をうろつくくらいしかしないみたいだし……、な、なんだよ?」
「ずいぶんと積極的だな、と……」
 アーチャーは俺の腰を引き寄せる。
「あー、えっと……、アーチャーの気が変わらないうちにと思って」
「それをいうなら、士郎の方だろう」
「む」
「勝手に勘ぐって、おかしな方へ向かおうとするのだから、気が気じゃないのは私の方なのだぞ」
 反論できなくて黙るしかない。
「生体認証の話がもし無理なら私の部屋に移動してもらうぞ? というか、もう移ってしまえばいいのではないか? わざわざ所長代理に頼むことも――」
「い、いいんだよ! 通い妻みたいなので」
「か、通い……妻……?」
「あ……」
 アーチャーが目を丸くしたのに気づいて、自分がとんでもないことを言ったのだとわかった。
「あ、アンタが来るんだから! アンタのこと、だぞっ!」
 なんだかバカみたいな言い訳をしてしまう。
「クッ……。通い妻でもなんでもいいさ。士郎といられるのならな」
 アーチャーは笑いを堪えて、とんでもないことを平然と言い放った。
「っ! こ、この……っ、も、ア、アンタな!」
 当然俺は、顔が熱くなるのをどうすることもできない。
「なんだ?」
「恥ずかしすぎるんだよ!」
「私は何も恥ずかしくはないぞ?」
「うー……」
 唸ったところでアーチャーはニヤニヤと笑うだけだ。
 俺の理想だったはずのアーチャーは、なんだか急に恥ずかしい奴になってしまった。



*** *** ***

 ノックの音に顔を上げれば、
『あの、ダ・ヴィンチ、居るか?』
 珍しく士郎くんの部屋から声がかかった。
『えと……、あのー……、留守、かな……』
 留守か、と無人かもしれない部屋に声をかけるなんて、士郎くんらしい。
「いるよー」
 くすくす笑いながら士郎くんの部屋との境にある扉へ歩み寄る。
『入ってもいいかな』
「どうぞー」
 きちんと了解を得るところがとても好ましいね、相変わらず。
 こちらから手を出すことなく待っていれば、扉がアンロックされ、押し開けられた。
「おや? エミヤも一緒なんだね」
 おずおずと入ってきた士郎くんの背後に目を向けて、わざとエミヤに聞こえるように呟く。
「う、うん、そう。えっと……」
「何か、相談ごとかな? さ、入ってくれたまえ」
 お邪魔します、と入ってきた士郎くんに続いたエミヤに目を向けると、少しバツが悪そうな顔をしている。まあ、昨日の今日だし、エミヤにはきちんと話を訊かなければならないけれど……。とにかく、今は士郎くんの話だ。
 簡易の寝台を勧めると、二人は仲良く並んで座った。
(これはこれは……、どんな展開なんだ?)
 興味津々で対面の椅子に腰を下ろす。
「それで、士郎くん。いったいどうしたんだい?」
「うん……、あのさ、俺が借りてる部屋の生体認証、アーチャーのも加えてもらえないかな」
 驚いてエミヤの顔を見てしまった。
(どうやって了解を得たんだ……?)
 思わず疑念を籠めて、じとり、とエミヤを見据えてしまう。けれど、悪びれるふうもなく、エミヤはおとなしく座っている。
(うーん……)
 かわいい女の子なら、きょとん、という擬態語が似合うんだろうけど、何せエミヤだ。そのガタイできょとんはないだろー、きょとんは。自分でつっこみながらも、その言葉が一番今のエミヤを表していると思う。
「あの、ダ・ヴィンチ?」
「ん? あ、ああ、いや、その、なぜだろう、と思ってね」
「あー……、たぶん、頻繁に出入りすることになりそうだから……、その……」
 責めたつもりはなかったんだけど、まるで悪いことでもしたように士郎くんは俯いてしまった。
「そ、そうなのかい? な、なら、その方が便利だもんね!」
 士郎くんの気分を落ち込ませないよう明るく取り繕った。
 今、士郎くんは心身ともにあまり健康とは言い難い気がする。
 きちんと顔を合わせるのは本当に久しぶりだ。レイシフトもあったことで私も時間が取れなかったし、いつも忙しそうにしていた士郎くんとは最低限の会話しかできていなかった。
 エミヤの言った通りだ。
(私は、彼に煙に巻かれていたも同然。反論なんかできないね、まったく……)
 ぱっと見たところ、士郎くんは相当無理をしていたのだろう。体重が軽く五キロは減っているように見受けられる。
(それにしても、いったいどういう風の吹き回しなのか……。二人はこのところうまくいっていなかったんじゃなかったのかな? 昨日のエミヤは明らかに様子がおかしかったし……)
 まさか、エミヤ、士郎くんに無理やり……?
 そう思ってエミヤを睨もうとしたけれど、
「あのさ、俺たち、恋人に、なった」
「ファッ?」
 エミヤから士郎くんを見て、またエミヤを見る。
 少し照れ臭さを醸し出したエミヤに、瞬きすら忘れてしまう!
(初めて見た! エミヤがデレるなんて、初めて見た!)
 貴重な体験を、私はなぜ誰とも分かち合えないのかっ!
 立香くんがここにいれば、一緒にハイタッチとかするのにーっ!
「だからさ、アーチャーの認証も増やせないかと思って」
 生真面目に話す士郎くんには悪いけど、私はそんなことより、誰かとこの興奮をわけ合いたーいっ!
「あの、ダ・ヴィンチ?」
「んんん? な、なんだい?」
 いけない、ついつい鼻息が荒くなってしまう!
「む、難しいかな? だったら、俺、アーチャーのところに――」
「い、いや、ダイジョブ!」
 ぐ、と親指を立てて大きく頷く。
「え? ほんとか?」
「実はね、君以外の誰かの認証を増やそうと思っていたんだよー」
「そ、そうなのか?」
「所長代理、私にそんなことは一言も、」
「当たり前だろう? 士郎くんの許可を得ていないのに、勝手にはできないじゃないか」
「あ、ああ、まあ」
「それで、誰の認証を増やそうかってところで悩んでいてね。立香くんなら問題ないと思ったんだけど、少々細工が面倒でね。だけど、エミヤなら簡単にできるんだ」
作品名:BLUE MOMENT17 作家名:さやけ