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BLUE MOMENT17

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「へ? なんで?」
「なぜ、私なら簡単だと?」
 二人そろって小首を傾げている。
 双子かよ! というつっこみはもうやり尽くした。というか、双子よりももっと近い。いわば、本人同士だものね。
「君たちが同じ魔術回路を持っているからさ」
「「ああ」」
 少し考えればわかることなのに、士郎くんとエミヤは同時に納得している。
「その上、士郎くんにはエミヤの六体目の霊基がはめ込まれているからね、とても都合がいい」
「六体目の……」
 士郎くんは、ぽつり、と呟く。
「そうだよ。君の生命維持であり、エミヤとの深い縁にもなるその霊基。それは、カルデアからのギフトだとでも思ってくれていい。君が一生懸命に守ってくれたこのカルデアの想いだとね」
「ダ・ヴィンチ……」
「士郎くん。今さらだけど、言わせてもらう。君はもっと自分を愛しなさい。先人の忠告だと思って、覚えておいてほしい。人は、すべてを犠牲にはできない。完全に自身を犠牲にできる人間がいるなんて、それは夢物語と同じだよ」
「でも、アーチャーは、」
 士郎くんの言を片手で制する。
「エミヤは確かに自身を省みなかった英霊なんだろう。けれど、それは、彼自身の過去のこと。君とは違う。君は現在(いま)を生きているんだ。エミヤシロウだからって、彼を倣うことなんかない。君は君だ。人間・衛宮士郎として、君はエミヤと恋仲になり、このカルデアで生きようとしている。それでいいんだ。君は誰に憚ることもなく、君の我を通せばいいんだよ」
 士郎くんは呆然と私の言葉を聞いていた。そうして、
「ありがとう、ダ・ヴィンチ。急には無理だけど、リハビリの時みたいに、頑張ってみるよ」
 眩しそうに私を見て、その頬に僅かな笑みを浮かべてくれた。

 士郎くんを先に扉の向こうへ行かせ、エミヤは足を止めて振り返る。エミヤの生体認証はなんの問題もなく増やすことができた。本当に彼らは同一の存在なのだと改めて知る。
(見た目は少し違うのに……)
 魔術回路はそっくりそのままだし、指紋や遺伝子にも違いはない。
 不思議なものだね……。
「所長代理、礼を言う」
 生真面目な顔で謝意を示すエミヤに、ふふ、と笑う。
「いやあ、礼には及ばないよ。ところで、なんて言って士郎くんに了解を得たんだい?」
 あまりうまくいっていない感じだったのに、丸一日で急展開だ。いったい何があったのか、興味が湧いて仕方がないよ、まったく。
 だというのに、彼らは何も教えてくれないんだからなぁ……。
 秘密主義でもないはずなのに、話題にも出さないってことは、本当に察しが悪いんだなあ、二人とも。これが素なのだから、文句も言えないよ。
「…………たいしたことは、言っていない」
「まぁたまたー。舌先三寸で口説き落としでもしたんじゃないのかい?」
 少しからかってみれば、エミヤは、む、として口を噤んでしまう。
「むー。君のために骨を折った私には教えてくれてもいいんじゃないかなー? それとも、昨日の問答の続き、やろうか?」
「う……」
 あからさまに嫌そうな顔をしたエミヤに期待を籠めた目で訴えると、彼は諦めたようにため息をついた。
「何かあって、誰も開けられないのは心配だから、と」
「それだけ?」
 なぁんだ。つまらない答えだなあ。
 ん? いや、なんだか、エミヤの様子がおかしいぞ。
 目が泳いでいる、こ、これは……。
「……………………それから、“合鍵が欲しい”と」
 根気よく待ってみれば、エミヤは苦々しそうに白状した。
「ぷっ!」
「笑うな!」
「い、いやはや、なかなかの機転だ。エミヤのボキャブラリーに、そんな言葉があるとはねえ」
 ニヤニヤして言えば、ただのジジイになっているぞ、とエミヤは仏頂面だ。
「ジジイじゃないよ! この姿を見たまえ! 私は、」
「ああ、わかった。ジジイではない」
「む。なんだい、その適当な言い方は、だいたい君は――」
「とにかく所長代理、世話になったな」
 私の話を聞きもしないで、“合鍵”をもらったエミヤは、扉に触れて解錠し、士郎くんの部屋へ堂々と入っていった。
 込み入った話だったのか、と訊く士郎くんの声が、扉が閉まる寸前に聞こえ、扉が閉まるとそれきり、音は途絶えた。
「この扉も、もう要らないかなぁ」
 独り言ちてから大事なことを思い出す。
「あ、座薬を渡すの、忘れてた」
 まあいいか。そのうちエミヤが取りに来るだろう。それまではそっと引き出しにでも入れておけばいい。
 今の彼らにはきっと、身体を繋ぐより大切なことがあるだろうから。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆

 所長代理の部屋から戻ってくれば、士郎はぼんやりとベッドに座っていた。
 この部屋にソファはなく、椅子も小さなテーブルセットのものしかないため、主にベッドで士郎は過ごしているようだ。
「士郎、やはりこの部屋は少し狭いのではないのか?」
「んー……、家具が多いからそう見えるだけだろ。べつに、俺一人が過ごすには十分な広さだから」
「まあ、そうだろうが……」
「なんか、変か?」
 士郎は首を傾げている。
「いいや。座る場所がベッドしかないというのが気になっただけだ」
「なんだ、そんなことか。そうだなぁ……、うーん……、でも、もう慣れたし……」
 どうということもない、と士郎は肩を竦めた。
 慣れというものは恐いものだ。疑問を浮かべることすら忘れさせる。違う目で見れば一目瞭然のおかしなことさえ、当然のことであるかのように麻痺をさせる。
 こうやって士郎は諦めていったのだろうか……?
「アーチャー? どうかしたか?」
「いや……。士郎、疲れているだろうが、少しいいか?」
「うん? 疲れてはいないぞ? 丸一日寝てたんだから、平気だって」
「ならば……」
 士郎の隣に腰を下ろせば、琥珀色の瞳に見つめられる。
「士郎、間違っていた、というのは、どういう意味だ?」
「…………」
「士郎、私はお前をなんら理解できていなかった。このままではいつまで経ってもお前を傷つけるばかりだろう。私はお前を愛おしいと思っている。そして、甘やかしていたいと思う。だというのに傷つけてしまう。それは私の思うところではないし、お前には傷ついてほしくない。だから、お前が間違っていると思うことを教えてくれ。それが本当に間違いなのか、間違っているのは本当に士郎なのか、そこをはっきりさせておく必要がある」
 立て板に水の如く説明すれば、士郎は黙したままだ。私を見つめていた士郎は、何事かを考えながら正面へと顔を戻した。その横顔は、誤魔化そうとするものではなく、真摯に何かと向き合っているように見える。
「そんな、大層なことじゃない……、そのままだ……」
 やっと告げられた士郎の返答がよくわからない。
「そのまま、とは?」
「えっと、俺、アーチャーにキスしたいなって思ったんだ。だけど、それは、やってはいけないことだった」
「ど、どういう……」
「セックスは、謝罪を目的にすることじゃない。俺もそうだと思う……」
「謝罪を……目的……?」
「アーチャーに言われて初めて気づいた。ああいうことをするのって、そのときの気持ちでやったらダメなんだなって。俺は、間違えてばっかりだなって」
「士郎、それは、いつのことだ?」
作品名:BLUE MOMENT17 作家名:さやけ