敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
その同じ日、同じ町。夜になって町外れの森に男が何十人か集まった。揃いの白い衣(ころも)をまとい、胸に赤地に白抜きの十字マークを付けている。
この彼らはみな白人だ。森の中の広場に立てた木の十字架に火を点けて、燃える炎を仰いでいた。
炎を背にしてひとりの男が立っている。衣の形は他の者達と同じだが、色は白でなく全身が真っ赤だ。彼は自分を囲む者らを見渡して言った。
「同志エヴァンジェリカルの諸君。我々はまた悪い報せを受け取ってしまった」
エヴァンジェリカル――それはギリシャ語で『良い報せ』を意味する〈ユアンゲリオン〉を英語にした言葉である。彼らは〈エヴァンジェリカル(福音を聞く者)〉だった。世界を救う運命を背負った〈愛の戦士達〉なのだ。
「シンガポールが落ちてしまった。まさかイギリスが降伏するとは……」男は言って、それから短く付け加えた。「バカめ……」
「そうだ! やつら、バカじゃないのか?」叫び立てる者がいる。「〈男の戦い〉というものを見せることができんのか?」
「そうだそうだ!」「裏切ったんだ! あいつらはおれ達の期待を裏切った!」「ホモだ! ホモなんだあいつらは!」「大体、おれは最初から、あンの野郎どもにまともな結着がつけられるわけがないと思ってたんだ!」「あンの野郎どもめ! あンの畜生どもめえっ!」
口々に言い立てる。赤服の男は彼らを制して、
「もういいだろう。わたしの思いも諸君と同じだ」と言った。「しかし絶望はしない」
おお、と白服の者らがどよめく。赤服の男は続けて、
「最後のひとりになったとしても絶望はしない。決して逃げずに戦うのだ。逃げてはいかん。逃げてはいかん。逃げてはいかん。逃げてはいかん。我らはエヴァンジェリカルの神に選ばれし戦士なのだ!」
「おおうっ!」
「そうだ。我らは愛の戦士、キュクロスのクランズマンだ。わたしを見てくれ、諸君。理由は、なぜならだ。なぜなら、それが理由だからだ。我らの願いはひたすら踏みにじられてきた。傷つけられてわたしの心は傷んできた。こう、ジュクジュクと胸を刺し抉(えぐ)られるようなこの痛み……」
白服の男達は涙ぐんで聞いている。
「この屈辱を忘れはしない。必ず、倍にして返してやるのだ。我らは敗けない。たとえアメリカが敗けたとしても我らは敗けない。かつて、我らの連合が諸州間戦争に敗れたときにも挫けなかった。我らを殲滅しようとするカーペットバッガーやスキャラワグの卑劣な罠に陥れられ、多くの仲間を失っても、決して挫けることがなかった。ヴォルステッドの試みが敗れ、不道徳が広まっても、我々だけは誓いを守り続けてきたのだ」
と赤服の男は言った。聴く者達の中にいくらか、その最後の部分を聞いて『え? いやそれはちょっと』という顔になった者もいたが、しかし、構わず言葉を続ける。
「ジャップの力は強大らしい。悪魔の業(わざ)を持ってるという。東にあるのに西回りに攻めてくるというのだ。大地をワープ(歪曲)させる航法――それがどんなものなのか我々は知らぬがゆえにこちらから行けない……」
白服の男達にまた幾人か、『いや、それは』という顔をした者もいたけれど、大半は恐怖の眼(まなこ)で彼らの指導者を見た。彼らの多くは親や牧師に『アースは平たい』と教わっているので地球は平たいと思っているのだ。たまにどこかで『アースは丸い』などと言う変な相手に出会ったら、『嘘です、平たい、平たいのです。二度と丸いとは言いません』と言うまで木に縛り付け鞭で打ったりなどしている。
「〈テンノー〉とは、ジャップの言葉で〈スペース・エンペラー(宇宙皇帝)〉の意味だという。このままでは……」と赤服の男は言う。「このままでは、このアース(大地)は筒に丸められるという。世界のすべてがテンノーのスペース・コロニー(宇宙植民地)になってしまうと。そこにジャップが増えすぎたやつらの子をはびこらすのだと……」
「なぜ……」と白服のひとりが言った。「なぜ、ジャップにはそんなことができるというんだ……」
「猿なのに……」とまたひとりの者が、「猿なのに、どうしておれ達が敗けるというんだ……」
猿なのに、と言って彼らは涙をこぼした。猿なのに、猿なのに、と言ってため息をまたひとつ。そんな彼らに赤服の男が、
「だが、それでも我らは敗けない」
一梃の拳銃を取り出して言った。〈ドラグーン〉と呼ばれる型の旧(ふる)い先込め式リボルバーだ。彼は「クー」と言いながら親指で撃鉄をゆっくりと起こした。
内部で金具が噛み合うときに「クラックス」、そして引き金を引くと同時に「クラン」と唱える。蓮根状の弾倉にはタマも火薬も込められておらず、銃はただカラ打ちの音を立てただけだった。
「クー」「クラックス」「クラン」
「クー」「クラックス」「クラン」
繰り返し唱えながらカラ打ちを続ける。そのとき拳銃が立てる音も、まあそのように聞こえると言って言えないこともなかった。白服の男達はその声に合わせて唱和し始める。
「クー」「クラックス」「クラン」
「クー」「クラックス」「クラン」
「そうだ」と赤服の男は言った。「それが我らだ。神を信じ、神の教えを守る者だ。神は神に似せて我らをお造りになられた。猿に似せてジャップを造った。それがわからぬ愚かな者が人は進化で生まれたと言う。人は猿から産まれたと言う。だからニガーもイエローも共に人間なのであると――許せぬ。我らはそのように神を冒涜(ぼうとく)する者達と戦う」
「そうだ!」「そうだ!」
「神は必ず見ていてくださる! 必ず力を貸してくださる! 信じていれば我らは勝つ。そして国民の創生を果たす。我らの優位を不動として、失われた大義を取り戻すのだ。クー!」
言って右手を高く挙げた。〈ドラグーン〉の銃口を真上に向けて撃鉄を起こす。
「クラックス!」
そして、「クラン!」と叫びながら引き金を引いた。弾倉には、六つ目のその薬室にだけ銅の雷管が付けられており、撃鉄の先がそれを叩いた。銃口から黒色火薬の燃焼による猛烈な量の煙とともに、夜目に鮮やかな炎が噴き出す。
「スケプティックスに死を!」叫んだ。「我らは決してジャップに陽の目は見せない! この戦いに勝ったとき、やつらの国は海に沈むことになるのだ!」
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作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之