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BYAKUYA-the Withered Lilac-4

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「舞い上がれっ!」
 少女は高く跳躍し、炎を宿した剣を上空で扇状に振るった。
 炎と斬撃は空飛ぶ虚無を両断し、塵も残さず焼きつくした。
 少女が着地した瞬間を狙い、地を這う虚無が二体、挟み撃ちをしかけてきた。
「甘いっ!」
 少女は、前から来る虚無に向けて剣を突き刺した。
「弾くっ!」
 そして背後から来る虚無には、左腕の盾で薙ぎ払い攻撃をする。盾にも炎の力が宿っており、殴打された虚無は火に巻かれ、動きを止めた。
 少女は、斬撃で止めを指した。残ったのは人型をした虚無が一体、そしてそれを取り巻く大小様々な軍勢である。
 少女は、盾を前にして炎を纏い、人型の虚無に向かって地を蹴った。
「シュトルムブレハ!」
 それは、嵐の名を持つ、弾丸のごとき体当たりであった。その威力は一撃にして虚無を粉砕するものであった。
 まるで群れを統率していたかのような大物がやられた瞬間、とりまいていた虚無の集団は、たがが外れたように一気に少女へとなだれ込んだ。
 少女は、その場から一歩も動くことなく、また構えることもせず、自らの顕現を高めるべく精神を集中させる。
 顕現が最も高まった瞬間、少女は発した。
「紅蓮の炎よ!」
 少女を中心として、巨大な火柱が立ち上った。
 火柱の勢いはすさまじく、虚無の大群を一度に焼き尽くした。
 炎は止まるところを知らず、周囲の生け垣や木にまで火の手が回った。
 少女が放った炎によって、静寂に包まれた公園は一転、火の粉の飛び交う火の海と化してしまった。
「……ふん」
 少女は、辺りの惨状には目もくれず、マントを翻して向きを変える。
「弱すぎるな、この国の虚無は。我が国の虚無の方がまだ手応えがあったというもの……」
 文句を言いながら、少女は眼前の芝生に立つ低木へと歩み寄る。辺りの木々は悉く炎に包まれているというのに、この低木だけは焼けていなかった。
「これが今夜の『深淵』を宿す媒体か。ふん、我が炎にも耐えるか。偽物とは言え、曲がりなりにも顕現の源、と言うわけか」
 火の海と化し、辺りは真っ赤な光に包まれているというのに、今宵の『深淵もどき』は青い輝きを宿していた。
「待ちなさい」
 少女がそれを破壊しようとした瞬間であった。振り向くとそこには、古風なセーラー服姿で、頭に百合の髪飾りを着けた少女と、詰襟の制服の前を閉めず、中に着たシャツをもはだけさせた、色白で細身の中性的な少年が立っていた。
「うっわー。こりゃすごいね……暑いなんてどころじゃないわけだ。完全に火事じゃないか」
 少年、ビャクヤは辺りの惨状を見回していた。
ーーあの刺繍……ーー
 少女、ツクヨミは、この惨状を作り出した元凶たる少女のマントに施された紋章に見覚えがあった。
 突き立てた剣のような形をし、鍔にあたる部分に開帳した鳥の翼のような意匠が成されている。剣の刃の部分、もしくは鳥の尾と思われる所には三本の輪が描かれていた。
ーー『光輪(リヒトクライス)』の紋章、緋色の騎士服……ーー
 ツクヨミは、少女の正体をほとんど把握した。しかし、まだ確証を得るには至らない。
「何だ、お前たちは? こんな所に来られるからには、『偽誕者』に違いはないだろうがな」
 少女は、ツクヨミたちを見た。同時に、炎に包まれる剣と盾を目にすることで、ツクヨミは確信した。
「ええ、そうよ。私たちは能力者。とは言っても、私には顕現を扱えない。あなたのことは知っているわ。『光輪』の『執行官(イグゼクター)』の第四位。『紅騎士』さんでしょ?」
「ちょっとちょっと。姉さん。なんだいその横文字のオンパレードは。間違ってたら痛々しいって思われちゃうよ?」
 ビャクヤの言葉は、双方ともに無視する。
「ふん、そこまで知っているとはな。いかにも、私は『紅騎士』と呼ばれる者だ」
 少女は、自らを『紅騎士』と言うことを認めた。
「ええっ! 本当なの!? 姉さん最近すごい発言が多いんだけど。君も大概だよ?」
 能力者の力を統治する『光輪』の存在を知らないビャクヤにとっては、『紅騎士』を名乗る少女の姿格好も相まって、彼女がその手の病にあるように思えてしまった。
「ビャクヤ、少し黙ってなさい。あなたは私を守るための剣でしょ。剣が勝手に発言する事は許さないわよ」
「姉さん……分かったよ。それじゃあ僕はその辺で休んでるよ。とは言っても。快適とはとても言えないねぇ……あー。暑い暑い……」
 ビャクヤは、シャツのボタンを更に開け、ぱたぱたと扇ぎながら下がっていった。
ーーあの男……ーー
 紅騎士は、ビャクヤから目を離さなかった。『夜』の事も、それにまつわる組織の事もまるで知らない辺り、能力に目覚めたのはごく最近の事と思われたが、その力の強さにはただならぬものを感じた為であった。
「私の弟に興味があるのかしら? でも残念ね。あの子は私にぞっこんなようだから、相手にもされないでしょうね」
「くだらん。用がないのなら失せろ」
「ええ、あなたに用はないわ。私たちは、そこの『深淵もどき』に用がある……と言っても、それそのものに用があるわけでは無いのだけれど……」
 ツクヨミは、頬に伝った汗を指でぬぐった。
「……それにしても、ずいぶんと散らかしたものね。いくら『夜』で起きたことが、現実になんの痕跡も残らないとは言え、これはやり過ぎというものではなくて?」
 顕現が関連して起きた事象には、一切の証拠が残らない。故に、『偽誕者』同士の争いによって死者が出たとしても、その者の死因は不明で、殺害者を特定することは、『偽誕者』でない限り不可能である。
 しかし、物に対しては少し特殊な事が起こる。『虚ろの夜』という非日常、異世界とも呼べる空間で破壊された現実世界の物は、『夜』が過ぎれば元の世界へと戻るべく再生されるのである。
 しかし、これにも例外はあり、あまりに顕現による影響が大きすぎると、現実世界の物であった物質が、顕現を持って『虚ろの夜』の物となることがある。それはちょうど、現実世界の人間が何らかの原因で顕現を身に宿し、『偽誕者』となる事と同じことだった。
 今回の例であれば、『夜』の核が近くに出現したのみならず、紅騎士による顕現で焼かれたために、今炎に包まれている木々は『夜』の物となり、現実に戻ることは叶わなくなっているのだ。一夜にして、公園の一部分が焼けた状態で発見され、事件になることは避けられないであろう。
「……もしもここが現実だったら、あなたは放火の罪に問われるでしょうね。それも公園という公のもの。人が巻き添えになることだって考えれば、間違いなく重罪ね。極刑は免れない」
 紅騎士は、悪びれる様子もなく、鼻で笑う。
「何が言いたい? 要領を得られんな」
「これは呆れたわね。まさか自覚が無いのかしら? あなたたち『光輪』は顕現の悪用を無くすためにあるのでしょう。その『執行官』たる者、しかも第四位にいるあなたが、こんな現実にも影響しそうな事をしていていいのかしら?」
 紅騎士は、やはり嘲笑うだけだった。
「ふんっ、なんだそんなことか。お前は何か勘違いをしていないか? 我ら『光輪』の成すべき事は一つ。お前の言う通り、顕現の悪用を防ぎ、統治することだ。その為に手段は選ばん。それだけのことだ」
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-4 作家名:綾田宗