BYAKUYA-the Withered Lilac-4
目的の為ならば多少の犠牲は厭わないというのが、紅騎士の言い分であった。
「大層な心意気ね。けれど、顕現を統治しようとして、現実に悪影響をもたらすのは本末転倒ではなくて? あなたたちの目的は、虚無による現実への影響も無くすことも含まれているはずよ」
「ふん……あの優等生のような事を……お前に私をどうにかする権利は無かろう? そもそも、虚無を根絶するためには、『虚ろの夜』そのものを消す必要がある。そのような大義を成すのにちまちま事を進めていては、いつまでたっても成し得ない。現実に影響が及ぼうとも、いずれは全て無くなるのだ。同じことであろう」
紅騎士は後ろを向き、再び『深淵もどき』を破壊しようとする。
「私には無能力者をいたぶる趣味はない。腹立たしい態度だが見逃してやる。さっさと失せるがいい」
紅騎士が剣を振り上げた瞬間だった。
空中に一筋の光が走ったかと思うと、紅騎士の腕を縛った。
「まあ。待ちなよ」
ビャクヤは、手から糸を放っていた。
紅騎士は、自らの腕を縛る糸を通して顕現を吸い取られるのを感じた。
「離せ!」
紅騎士は、剣に炎を纏わせる要領で火を放ち、ビャクヤの糸を焼き切った。
「……お前は能力が使えるようだな。私の邪魔をするつもりか?」
ビャクヤは、微笑を浮かべる。
「邪魔ねえ。別にキミが何をしようが。僕にはどうだっていいことさ。火事でもなんでも起こしなよ。ただし。僕の家以外でね」
たった二言話しただけであるが、紅騎士は、目の前の少年に不気味さを感じる。
「だったら邪魔をするな。私は忙しいのだ。さっさとこの『深淵』を壊さねばならん」
「それは困るね。この辺の虚無を倒したのはキミだろ? まあ。それだけなら。別に構わない。けどその『深淵』とやらを壊されるのは困る。僕だって姉さんに止められているんだ。そこの顕現を食べちゃだめだってね」
「顕現を喰らう、だと……?」
顕現を糧とするのは、紅騎士の知る限りでは虚無だけである。その為、ビャクヤの言っている意味が分からなかった。
「そう。顕現は僕にとっては主食だよ。食べなきゃ力が出ない。キミがこの辺の虚無を倒したせいで。今日のご飯はまた別なところに行かなきゃ食べられない。どうしてくれるのかな?」
ビャクヤは、怒っているような口振りだが、態度は極めて冷静である。
ーーこの男、人の身でありながら虚無を喰らうのか? 虚無食いの人間など……ーー
紅騎士は、前例の無い事に内心戸惑っていた。
「まあ。別に他の所に行けば。虚無の一匹くらいいるだろうから。そこは追求しないよ。けれど。僕が一番困るのは。『虚ろの夜』そのものを消されちゃうことさ。僕に飢え死にしろって言うのかな?」
「ふん、お前の都合など知ったことではない。全ては顕現の悪用を防ぐため。ならば元となる『夜』を消すしかあるまい」
「なるほど。それがキミの。いや。リヒトなんとか……の正義ってやつかい? 今は暑いけど。寒気のする話だよ。痛々しすぎて。ね」
「なんだと……?」
「リヒトなんとかもそうだけど。紅騎士とか第四位とかさ。僕からしたら何を言っちゃってるの。って感じなんだけど」
ビャクヤは更に畳み掛ける。
「その格好もどうかと思うよ。コスプレかい? もしかして自前? うわー。もっと痛々しいや。『偽誕者』なのは確かに特別なことだけど。だからって格好まで特殊なのにしちゃう?」
ビャクヤはため息をついた。
「そんな事より気になるんだけど。イグゼクター……だっけ? それの第四位らしいけどさ。全部で何人いる中の四位なのか知らないけど。キミの上には普通に考えて三人いるんだろ? それなのに四位で意気がっちゃって。しかもやることはこんな火事を起こすこと。三下もいいところじゃないかな?」
ビャクヤは、言いたい事を全て言い終えて、大きく一息ついた。
「貴様……黙って聞いていれば、好き放題を……! 『光輪』の名、そしてこの私、名門ワーグナー家のエリカ・ワーグナーまでも愚弄するか!?」
紅騎士、ワーグナーは憤る。
ーーワーグナー家……『光輪』創始から代々繋がりのあると言われる……ーー
ツクヨミには聞き覚えのある名であった。
「ちょっとちょっと。なんだいそのいかにもな名前? そんな設定まで作り込んでるの?」
「……彼女の言うことは本当よ、ビャクヤ。ワーグナー家という名家も、『光輪』という組織も実在する。もっとも、『光輪』の本部は北欧にあるのだけど」
ツクヨミは、ワーグナーを擁護するわけではなかったが、このままでは埒が明かないと思い、差し挟んだ。
「何で姉さんがそんなの知ってるのさ?」
「私は『虚ろの夜』に来るようになってそこそこだから。『夜』を行く者にとってみれば、『光輪』と『忘却の螺旋(アムネジア)』の名前は自然と入るものよ」
「ん? 待てよ……アムネジアは聞き覚えがあるような……ああ。そうだ。『偽誕者』の集まりの! そういうことかーなるほどなるほど……」
ビャクヤは納得する。
「キミも奴らと同じ。能力で騒ぎ立てるチンピラってわけだ。どうりでやることが三下なわけだよ!」
ワーグナーの堪忍袋の緒が、今切れた。
「貴様……! もう我慢ならん、貴様から始末してくれる!」
ビャクヤは、両手を突き出し、ワーグナーを制止する。
「ちょっと待ってて。姉さんと相談するから」
「今更逃げられると思うなよ!」
「まあまあ。落ち着きなよ。って事で姉さん。あの人と戦っていいよね?」
ビャクヤはツクヨミの方を見る。
「構わないわ。あれを壊されては、私の目的の邪魔になる。けど、一つだけ条件がある。彼女を殺しては駄目よ」
いつもならば、邪魔する者ならば殺すことも厭わないツクヨミであったが、今回は命は残すようにビャクヤに命じた。
「珍しいね。もしかして。痛々しい趣味を持つ者同士だから。情でもわいたのかな?」
「誰が痛々しい趣味を持っているですって? 勘違いしないでちょうだい。ただ彼女に訊きたい事がある、それだけよ」
ツクヨミは、重ねて趣味について否定した。
「はいはい。分かったよ。手加減すればいいんだね? というわけだ。キミは運がいい。精々退屈させないでよ?」
「ぬかせっ!」
ワーグナーは素早く斬りかかった。
ビャクヤは、背中に八本の鉤爪を顕現させ、左半分の四本でワーグナーの刃を防いだ。
「焦らないの。姉さんがまだ近くにいるだろう? 無能力者をいたぶる趣味は無かったんじゃないかい?」
ビャクヤは、右半分でワーグナーを押し返した。
「というわけだ姉さん。危ないから少し離れていてくれるかい?」
「あの程度なら遅れを取るような事はないでしょうけど、気を付けるのよ。約束も忘れないように……」
ツクヨミは下がっていった。
「もちろんだよ。姉さん。さて。どう料理しようかな?」
ビャクヤは鉤爪を威嚇するように広げた。
「焼き殺してやる!」
ワーグナーは、剣に炎を纏わせ斬りかかる。
「ダメだねぇ……」
ビャクヤは、鉤爪二本で攻撃を防ぎ、六本を使って反撃に移った。
鉤爪は、ワーグナーを左右から襲いかかった。
「ふっ、こんなもの……!」
ワーグナーは、左からの攻撃を盾で防ぎ、右からの攻撃は剣で弾いた。
「よっ」
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-4 作家名:綾田宗