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BYAKUYA-the Withered Lilac-4

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「っ!?」
 ビャクヤは、鉤爪を更に一本突き出した。その先端がワーグナーの顔面へと迫る。
 ワーグナーは首を曲げ、後ろに下がって突き刺しをかわそうとした。
「逃さないよ!」
 ビャクヤは、鉤爪を二本伸ばし、ワーグナーの背後へと回り込ませた。
「うっ!」
 避けきれなかった鉤爪が、ワーグナーの頬を掠めた。浅い切り傷であるが、鋭い痛みでワーグナーは固まってしまう。
 その瞬間を逃すこと無く、ビャクヤは最後の一本をワーグナーの鼻先に突き付けた。
「ふふふ……いいねぇ。その顔。信じられないって感じだ」
 ビャクヤは恐ろしい笑みを向ける。
「この八本から成る手であり脚は。どこからでもキミを狙うんだ。手足が二本ずつの生き物に。捌ききれるものじゃあない……」
 ビャクヤは、ワーグナーの鼻先に突き付けた鉤爪の先で顎を撫で、頬に伝っている血を掬い、それを舐めた。
「名前からして。キミは外国人なんだろ? けど。血の味は誰も同じみたいだね。ああ。勘違いしないでくれ。別に僕はヒトの血肉には興味ないから」
「……離れろっ!」
 ワーグナーは、大きく剣をなぎ払った。
 ビャクヤは、ワーグナーの背後に回していた鉤爪を引き戻し、剣を防いだ。
 ワーグナーは、背後が開いたのを確認すると、素早くビャクヤから距離を置く。
 ビャクヤは、全ての鉤爪を引き戻し、背中に八本置いた。
 ワーグナーは、頬のひりつく痛みを手で押さえながら、ビャクヤを睨む。
 ビャクヤの言うことは誇張でも何でもなかった。
 全ての鉤爪は別々の動きをし、彼の言う通りどこからでもワーグナーを襲うことができた。伸縮も自在であり、少しの間合いがあいているくらいでは、攻撃が余裕で届いてしまう。
ーー見た目以上に厄介だ。だが、引き戻すのに僅かな隙がある。その瞬間を狙えば……!ーー
 ワーグナーは、ビャクヤに隙を作らせるべく、目は離さずにビャクヤから飛び退いて距離を取る。
「逃げ回るつもりかい? ふふ……ムダムダ。言ったろ。こいつはどこからでもキミを狙うって!」
 ビャクヤは、背中の鉤爪を自らの前に置き、その付け根部分を握ると、投げ付けた。
「風穴空けてあげるよ!」
「なんだとっ!?」
 ワーグナーは、油断はしていないつもりであったが、さすがにこれは想定外であった。何とか当たる直前に盾を構えることができたものの、連続的であり、狂いなく飛ぶ鉤爪はワーグナーを切り刻んだ。
「ぐう……」
 飛んでくる鉤爪を防いだつもりであったが、いくつかはワーグナーの盾を抜けて、彼女の肩口を切り裂いていた。
 投げた鉤爪は自らビャクヤへと戻っていく。
「へえ。完全ではないものの。今のを防ぐなんてやるじゃない。決まったと思ったんだけどなぁ」
 ビャクヤは笑みを浮かべていた。年相応な無邪気な笑顔であるが、それがかえって、見る者には不気味に見えてしまう。
「逃げられるなんて思わないことだよ? キミはすでに僕の獲物なんだからさ!」
 ビャクヤは再び、ワーグナーに向かって鉤爪を投げつける。
「味わいなよ!」
 間合いの外から襲い来る鉤爪の投擲であったが、さすがに届く距離には限度があった。
「見切ったぞ!」
 ワーグナーは、僅かに届かない距離を見破り、鉤爪をかわした。
「制盾アンキレー!」
 ワーグナーは、炎の力を盾に纏わせた。
 ビャクヤの鉤爪を引き戻す際に発生する僅かな隙を突くべく、ワーグナーは盾を前に、剣を後ろにして突進する。
「シュトルムブレハ!」
 盾を前に置いて突進することにより、攻撃を防ぎながら前進することができる。そして、盾で相手の攻撃を受け流し、崩れた相手に向けて剣での一突きで相手に止めを刺す。この技は非常に合理的にできていた。
 鉤爪を引き戻してすぐに反撃に転じようとも、ビャクヤの攻撃はワーグナーに届かないであろう。ビャクヤの鉤爪は、見たところそう小回りの利く武器にも見えない。
 素早くビャクヤの懐へと入り込み、剣での突きを決めることができる。ワーグナーは確信していた。
 しかし、ビャクヤは慌てる様子なく、不敵な笑みを浮かべていた。
「なんだと……!?」
 逆にワーグナーの方が驚かされてしまった。
「仕込んでおこうかな」
 ビャクヤは、ワーグナーに手を向けた。そして掌から鉄線のような糸を、投網のように放つ。
 地を蹴って突進しているワーグナーに、止まる術はなかった。ビャクヤが放った罠に吸い寄せられるようにぶつかり、糸がワーグナーの全身に巻き付いた。
「あーあ。かかっちゃった……」
 ビャクヤは、ワーグナーが罠にかかることを確信していながら、さもまさかのことであるかのように驚いた素振りをする。
「……ぐっ! くそっ……がああ!」
 ワーグナーは、どうにか逃れようと身をよじるが、動くほどに糸が食い込み、傷を増やしていく。
 ビャクヤはつかつかと歩み寄る。
「あまり無理すると。体が千切れちゃうよ? 首が千切れたら大変だ。姉さんに殺すなって。言われてるからね」
 ビャクヤは、ワーグナーに、互いの息づかいが分かるほど顔を近づけた。
「いい顔だ。食べられないのが残念だよ。さて。勝負は決まった。大人しく降参してくれないかな?」
「ローエン……!」
 ワーグナーの声は、降参を意味するものではなかった。
 ワーグナーは自身に宿る顕現を炎に変え、自らを中心に一気に燃え上がらせた。
「おっとと……」
 ビャクヤは後退した。
 ワーグナーは、起こした炎で身に纏わりつく糸を全て焼き切り、拘束から逃れた。しかし、ピアノ線のように鋭利な糸に切られた傷は思いの外深い。
「はあ……はあ……」
 ワーグナーは、ボタボタと大量の血を滴らせながら、肩で息をする。
「あーらら。逃げられちゃったよ。けど。その傷じゃあもう戦えないだろ? そろそろ大人しくしてくれるかい」
「……侮るなよこの犬が! 貴様ごとき、我が力で焼き尽くしてくれる!」
「まったく……殺さないように手加減するの大変なんだよ? これ以上どう手加減しろと……」
 深傷を負いながらも、まだ降伏しようとしないワーグナーの様子に、ビャクヤは面倒そうに両手を広げる。
 ワーグナーの言葉もハッタリであろうと、まともに取り合わなかった。
 しかしワーグナーは、本当にまだ力を隠していた。
 その身に残る顕現を集中させ、一気に放った。
「見せてやる!」
 集められた顕現の量は大きく、ワーグナーを中心に爆発を起こした。
「まさか……!?」
 ビャクヤは驚く。
「これで終わりだ……!」
 ワーグナーは、爆発を起こすほどの顕現を全て炎に変えた。そしてその炎を全身に纏ってビャクヤめがけて突進した。
「ヒッツェフォーゲル!」
 ワーグナーの突撃は速く、広範囲に及び、ビャクヤはかわすことができない。
「燃え尽きろ!」
 ワーグナーは文字通り炎となり、ビャクヤを焼き尽くさんとした。炎を当てる以上、防御も無駄なものとなる。そのはずだった。
 ビャクヤは、口元を大きく吊り上げた。そして鉤爪を全て自身の前で交差させ、その中心に顕現を集中させた。
「おいでよ……」
 間を置かずその顕現の盾に、ワーグナーの炎がぶつかる。
「かかった……!」
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-4 作家名:綾田宗