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BLUE MOMENT18

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 そんなふうに自分を納得させることができたのは、散々あちらこちらから揶揄されて、士郎に同情されて慰められてからだったが……。



「身体が楽になった」
 点滴の効果を身に沁みて感じている様子の士郎は、自分の身体をあちこち触って確かめている。
「どこか具体的に悪いところがあったのか?」
「いや、そんなはっきりした症状じゃないけど、関節とか、かじかんでたところとか……、大丈夫なのかなって思っててさ」
 具合が悪いというよりは、動きが鈍っていたことが士郎は気になっていたようだ。
「今はちゃんと動くから、やっぱり寒さが原因だったんだなぁ」
「だろうな」
「……心配、したか?」
 おずおずと訊く士郎に、当然とばかりに頷く。
「当たり前だ」
「へへ」
「おかしな笑い方をするな」
 私は注意を喚起するつもりで肯定したというのに、士郎は何やらご機嫌らしい。
「心配されるのって、なんか……、うれしいもんなんだな」
「……そこは、喜ぶべきところではないぞ」
 目を据わらせると、士郎はなぜか照れ臭そうにしている。
(こいつは、根本的に何かがズレているな……)
 呆れつつ思っていると、
「あ」
 士郎が声を上げる。その視線の先へ私も目を向けた。
「ああ、マス――」
「「士郎さぁぁぁーんんんっっっっ!」」
 全力で駆けてくるマスターとマシュに呆気に取られている間に、目の前まで来た二人は士郎の手をそれぞれに握ってぶんぶん上下に振っている。
「へ? は? え? な、なに?」
「士郎さんっ!」
「士郎さんッ!」
「は、はい!」
 かしこまって士郎が答えるものの、マスターとマシュが交互に士郎を呼ぶだけで、いっこうに話も始まらない。困惑する士郎は目を瞬かせるばかりで埒が明かない。
「マスター、いったい何を――」
「わっ!」
 士郎の代わりにマスターに訊ねようとしたが、マスターとマシュは士郎にいきなり抱きついた。
「な……」
 私も士郎ともども唖然、だ。
「士郎さんー、久しぶりだー!」
「ええ、お久しぶりです!」
「えあ? あ、は、はい」
 士郎は素直に頷くことしかできないようだ。いまだに何が起こっているのか、我々は理解できていない。しかも、ぎゅうぎゅうとキツく士郎を抱きしめるマスターと抱きつくマシュは離れる様子がない。
「マスター、マシュ、そ、そろそろ、離してやった方が……」
「ずるいよ! エミヤばっかり!」
「な、何がだ」
「そうです! エミヤ先輩ばかり、士郎さんを独り占めなんて!」
 キッ、とこちらに顔だけを向け、二人は私を責めはじめた。
「い、いや……」
 確かに独り占めということになるのだろうが、士郎は私の恋人であって……。
 二人にきちんとした説明ができず、私も結局のところ、泡を食っているだけだ。
 だが、いくらマスターとマシュでも、いい加減離してもらいたい。嫉妬ではないが、やはり、面白くないのは事実だ。
 心が狭いと言われようが、嫌なものは嫌だ。
「いいよ、アーチャー」
「いや、だが、」
 私が士郎に抱きつくマスターの腕を剥がそうとするのを、平気だから、と士郎は制した。
(お前は平気だろうが私は承服できないのだ! 惚れた者に気安く触れられるのは、どうにも……。ああ、また、独占欲が……)
 悶々としはじめた私を気にもとめず、士郎は二人を引き剥がすこともせずにされるがままになっている。
 なんだというのだ。
 まさか、意趣返しということなのか?
 私が散々士郎を思い悩ませたことへの復讐だとでもいうのか?
「藤丸、マシュ、久しぶりだな」
「うん!」
「はい!」
 私を捨て置き、士郎は呑気に挨拶を交わしている。
「何してたんだよ、士郎さんー。食堂でも全然会えないしさー」
「ああ、ごめん、ちょっと、仕事やりすぎてて」
「仕事をやりすぎ、ですか? では、今日はお休みですか?」
「ん。しばらく、休むよ」
「しばらく休むって、どこか、悪い?」
 マスターが少し身体を離して小首を傾げ、心配顔で訊く。
「んー、ちょっと、休憩だ」
「で、では、一緒にお食事ができますか?」
「ああ、もちろん。でも、さっき食べたところだから、晩ご飯くらいまで待ってほしいかな」
「わかった! 待つよ! じゃ、約束だよ! 今日の晩ご飯!」
「絶対ですよ、士郎さん!」
「りょーかい」
 マスターとマシュの頭を軽く撫でた士郎は目尻を下げている。まるで久しぶりに孫に会ったじいさんだ。そして、私のことは完全に放置だ。
 何やらモヤモヤする。べつに、マスターとマシュは士郎とどうこうなろうとしているのではない。下心などあろうはずもないというのに……。
「それでさ、ご飯の次はね、」
 マスターとマシュの話も終わりそうにない……。
 これではいつ解放されるのやらわからない。だんだんと機嫌が右肩下がりに落ちてくる。
 私は何を子供じみた気分に陥っているのだろうか。二人に他意がないことはわかっているというのに、この手の感情は、何故、これほどまでに厄介なのか……。
「そういえば、士郎さんはゲームってどんなのやるの?」
「ゲームは……、むかーし、ボードゲームみたいなのをやった気が……」
「ボード? テレビゲームとかポータブルとか、カードゲームじゃなくて?」
「カードはトランプくらいかなぁ」
「うーん……。じゃあ、卓球とかは?」
「ああ、スリッパでなら」
「「スリッパ?」」
「むかーし、旅館みたいなところでやったような気がする……」
「旅館? 卓球って、旅館でやるの? それって、何かのテレビでしか見たことないよ、おれ……」
「うーん、というか、卓球はまともにやったことはないかな……」
 士郎が困ったように言えば、
「で、でしたら! シミュレーションルームで他のスポーツなどは、いかがですか?」
 マシュがすかさず代案を示した。
「そうだ、シミュレーションルームなら! あのさ、砂漠でビーチバレーもできるよ!」
「砂漠って……、何度だ?」
「五十度くらいかな?」
 快活に答えたマスターに士郎は目を据わらせる。
「死ぬ気か……」
「そっか、じゃあ、夜の砂漠ならいいよね」
「……何度だ?」
「最低で、マイナス二十度超すくらい?」
「凍死だ」
「うう……」
 マスターの知るスポーツとは、ビーチバレーだけなのだろうか……。
「と、とりあえず、今日の夕飯をご一緒しましょう! スポーツの話はその時にでも!」
 見かねたマシュがマスターをフォローし、
「そうだな、そうしよう」
 同意した士郎を、やっと二人は解放して去っていった。
 マスターたちを見送った士郎は、ようやく私に目を向けて首を捻る。
「なんか、不機嫌だな?」
「不機嫌なわけではない」
「眉間にシワ、寄ってるぞ」
「元々だ」
 再び並んで歩きだしたものの、士郎はどうしたのかと窺ってくる。あまり深く訊かれるのは困る。不機嫌なのは、私がガキのように堪え性がないからだ。
 だが、それをわざわざ口にすることもないだろう。
「アーチャー?」
「…………いや」
「どうかしたか?」
「どうもしない」
「でも、不機嫌――」
「私のことはいいから、さっさと……」
 話を逸らそうとした私を真っ直ぐに見つめる琥珀色の瞳は、どこか不安な様子で揺れている。
作品名:BLUE MOMENT18 作家名:さやけ