BLUE MOMENT18
「いや……、その……」
どういえばいいのか、こんなくだらないことを……。
「い、いいよ、わかった。なんでもないんだよな」
言葉に窮する私に気を回して、士郎は訊きたいことをうやむやにするようだ。
(こんなことを続けては、また……)
同じことを繰り返すだけで、士郎を傷つけるだけで……。
「すまない、士郎のことが知りたいというならば、まず、私自身のことも話さなければな」
「いや、だから、いいって。無理して言わなくても――」
「嫉妬していたのだ、私は。不機嫌なのはそのせいだ」
「はい?」
「だから、嫉妬した。マスターとマシュに」
「…………は?」
「私は、お前に対してだけは、独占欲の塊になるようだ……」
「ようだ、って…………、そんな他人事みたいに……」
「む……。仕方がないだろう、こんなことは初めてなのだから。自分でもどうしたものかと思っている」
「ふーん」
「お前の方こそ他人事のようではないか」
少しくらい照れてみたりするのかと思えば、士郎はたいして動じていない。
「他人事って思ってるわけじゃないけど、なんとなく……」
「なんとなく、なんだ?」
「うれしいような気も……」
中空を眺めて、士郎は不可解そうな顔でこぼす。
(うれしいのなら、もっとうれしそうな顔をしろ……)
思案顔の士郎に不満を湧かせたものの、そんな気がするだけで、うれしいわけではない、ということか……。
「はあ……」
難解だな、こいつは……。
ため息をこぼして、前途多難だ、などと嘆いていれば、
「やっぱりさ……、俺、うれしいみたいだ、アーチャー」
改めて言い切った士郎は戸惑ったように私を見つめ、照れ臭そうに笑った。控えめではあるが、作られたものではない、士郎が浮かべた笑顔だ。
(ああ、まったく……)
急にいろいろな表情を見せたりしないでくれ。昨日から、私の方がついていけていない。翻弄されているのをひしひしと感じる。
もう、いろいろと精一杯なのを隠したくて片手で顔を覆った。
「アーチャー? あの、俺……、変なこと、言ったかな……?」
「いや」
首を振って否定したが、項垂れたままだ。
「あの……」
士郎が困っているのはわかっているのだが、顔が上げられない。どんな顔をすればいいんだ、まったく……。
「士郎、少し――」
「あの、あのさ!」
また突然、士郎は声を張り上げて私に何かを言おうとしている。今度はなんだ。
まだ私に何かを仕掛けてくるつもりなのか?
内心、慌てて心構えをして士郎の言葉を待つ。
「アーチャーは、今日どうするんだ?」
「は? 今日? どう、とは?」
「あの、じ、自分の部屋に、戻るのかなって思っ……て……」
「私の、部屋……?」
突然の申し出に顔を上げ、答えに窮する。だが、それほど間を置くことなく、士郎の言いたいことを理解した。
私がずっと士郎の部屋に居座っていたから、そろそろ鬱陶しくなってきたのだろう。私は片時も離れていたくないのに、一人でのびのびと過ごしたいのか、士郎は……。
気持ちが沈むとともに、目線も落ちていく。
「あ、あの、泊まる、か?」
「え?」
「俺の部屋……、泊まらない、のか?」
「う……」
思わず胸元を押さえて、深呼吸をしてしまう。“泊まる”という言葉が、これほどにグッとくるものとは知らなかった。
「あ、いやあのっ、無理にってわけじゃないから! そ、それじゃな。また、あとで――」
「待て」
私を置いて行こうとした士郎の腕を咄嗟に掴んだ。
「無理などではない。士郎がいいと言うのなら、いつまででも私は傍にいたいと思っている」
私に背を向けたままの士郎は何も言わないが、その首筋も耳も、見る間に赤く染まっていく。
「じゃ、じゃあ……」
小さな声が聞こえ、士郎の腕を掴んでいた私の手は剥がされ、そっと握られた。
「戻ろう……」
私の手を引く士郎は俯いたままでこちらを見ず、目も合わせてはくれない。だが、俯いたままの、僅かに見える頬は赤く、握ってくる手も少し汗ばんでいて、如実に士郎の心持ちを表してくれる。
(幸せなものだな……)
何を呆けたことを思っているのかと自分自身につっこみたいが、今こうしている一瞬一瞬が、かけがえのないものだということは事実だ。
サーヴァントはすでに終わった生をどうすることもできない。
生き直しているといえばそうとも言えるが、そう簡単な話ではないのだ。自身の意志など、運良く真っ当なマスターに召喚されなければ、貫くことなどできないのだから。
その上、私は守護者というものであって、他の英霊たちとは出典が異なる。伝説もなければ、英雄譚もない。名もなき執行者とでもいえばいいのか、まあ、執行される側にしてみれば、私はただの殺戮者だが。
(その私を……)
士郎は好きだと言った。何にも変え難い理想だと言い切った。そうして、殺戮者ではない私の姿を見ていたいという。
不思議なものだ。殺し合っただけだというのに私を理想だと士郎は言うのだから。
(本当にエミヤシロウという奴は……、どうしようもないな……)
そんなことを苦笑交じりに思いながら、士郎の部屋へと、照れてしまってこちらを見もしない士郎に手を引かれながら歩いた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ここのところアーチャーは、俺の間借りする部屋に入り浸りだ。厨房で食事の準備を終えればすぐに戻り、俺の世話を焼いている。
忙しくないのかって訊いても、問題ないって答えるから、そうなんだろうけど……。
「アーチャー、本当にさ、」
「問題ないと言っただろう」
俺の言いたいことを先回りして否定する。確かに、何回もこの話題を振ったから、アーチャーも耳にタコなんだろうけど……。
「でもさ、」
天蓋ベッドに、生地を取りつける作業に没頭しているアーチャーは、まともに俺に取り合わない。忙しいだのなんだのという話はもうやめにして、アーチャーの作業を見るとはなしに見る。
「なあ、それ、なに?」
「付属品だが?」
何か文句があるか、と言いたげな調子で訊き返された。
「付属?」
「この天蓋のな」
「それ、俺が外したやつ……」
どこから引っ張り出してきたのか、アーチャーは天蓋付きのベッドにカーテン(っていうのかな?)を取り付け、元の姿に戻そうとしている。
(部屋が狭苦しく見えるから外したのに……)
広くはない部屋に調度品はあるし、ベッドが幅を利かせているから、少しでも威圧感を減らそうと思って天蓋から垂れていた布を取り外したのに……。
「それ、ダ・ヴィンチに要らないからって渡したんだけど、なんでアンタが持ってくるんだよ……」
「いいじゃないか、雰囲気があって」
「なんの雰囲気だよ?」
「…………」
なに、その沈黙。
「まあ、せっかくだ。勿体ないじゃないか」
む。なんか、話を逸らされた気がする。
「……べつに、いいけど」
死ぬほど嫌だってことでもないし、部屋が少し狭く感じることも我慢ができる。アーチャーのやりたいようにされても、べつに不快じゃない。
(意固地になることもないか……)
小ぶりのテーブルに頬杖をついて、アーチャーが淹れてくれたミルクティーを啜る。ミルクの甘みだけで俺にはちょうどいい味だ。
作品名:BLUE MOMENT18 作家名:さやけ