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BLUE MOMENT18

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(味覚って、やっぱ似てるんだよな……)
 アーチャーは、何も言った覚えがないのに、俺の好みの味を熟知している。当たり前か、アーチャーが好きな味は、俺も好きな味だろうし……。
「よし、完成だ」
 カーテンを付け終えて、満足げに天蓋を見上げているアーチャーがちょっと可笑しい。何に一生懸命になってるんだか……。
「さあ、もういいぞ」
「ん?」
「さっさと休め」
「え? でも、まだ九時半……」
「明日はマスターと約束をしているのだろう? 早く寝て体調を整えておけ」
「え……。まさか、本気で“砂漠のビーチバレー”する気なのか、あいつ?」
「さすがにそこまではしないだろうが、マスターの体力についていけるのか、お前は?」
 反論できないので、おとなしくミルクティーを飲み干し、歯磨きを終えてベッドの前に立つ。
「うーん……」
「どうした?」
「いや、なんかさぁ……」
 こういうのって、女の子なら喜びそうだけど、三十路に足が届きそうな俺じゃ、どうも、なぁ……。
「テントと思えばいい」
「いや、テントには……」
「まあ、寝転んでみろ」
「はいはい」
 カーテンを片手で持ち上げて待つアーチャーにせっつかれて、仕方なくベッドに上がる。
(布切れ付けただけで、ベッドの何が変わったわけでもないのに……)
 ごろり、と仰向けに寝転べば、照明が遮られた天蓋付きベッドは、隔絶された空間みたいで意外と落ち着く。
 フッと明かりが消えて、室内は保安灯を兼ねたフットライトがほんのりわかる程度。真っ暗闇じゃないけど、変に眩しくもない。
「へえ……」
「気に入ったか?」
 ぎしり、とベッドが軋んで、アーチャーが入ってきたのがわかった。
「案外、いいかも。落ち着くし」
「だろう」
 暗くて見えないけど、アーチャーはドヤ顔をしているんだろう、声でわかる。
「よく眠れそうだ」
「ああ」
 アーチャーのスペースを空けて転がる俺を引き寄せていくアーチャーに身体を預け、瞼を下ろす。
(いっつも端に寄ってるってのに……)
 アーチャーは、俺がベッドから落ちるのを防ごうとでもいうのか、いつも真ん中あたりにまで引き寄せられている。
 このところずっと、アーチャーがこの部屋の“合鍵を持つ”ようになってから、毎晩こうやって眠らせてもらっていた。セミダブルだから、それほど大きくはないベッドでアーチャーには窮屈かもしれないのに文句一つ言わず……。
(それにしても、アーチャーは、ヤりたくないんだろうか……)
 我慢させているのか、それともアーチャーの性欲もおさまったのか、俺をこうして抱き寄せて眠っているだけで、恋人だというわりに、全然セックスをしていないし、強要されることもない。
(べつに、しなきゃならないってことでもないんだろうけど……)
 愛情を量るには手っ取り早い方法だ。
 恋人って括りで、その手のことが全くないのも問題なんじゃないだろうか?
 でも、正直、この状態は助かっている。たぶん、俺、勃たないと思うから。
 身体が熱くなることはあっても、いつもより少し体温が上がる程度だ。以前の、セックスをしていたときみたいに熱くなってくることはない。
(枯れちゃったのかな、俺……)
 それはそれで少なからずショックだけど、べつに困ることじゃないしなあ。
 アーチャーがヤりたくて仕方がないのに俺が勃ちもしなかったら申し訳ない。だけど、俺は突っ込む必要がないから問題はないだろう。それに、アーチャーもこのところは全然そんな感じはないし、大丈夫そうだ。
(このままでいいんなら、それにこしたことはない……かな……)
 少し、引っかかってはいる。
 アーチャーは独占欲が強いと言った。それから、朝まで抱き合いたい、みたいなことを言っていた。
(それがなくなったってことは……)
 とりとめもなくドツボにハマりそうで、そこで考えることをやめる。
(焦ることなんかない。アーチャーは、俺の話を聞いてくれるんだから、なんでも思ったことを話せばいいんだから……)
 微かな不安は眠気に紛れて、アーチャーの温もりが与えてくれる心地好さに身を委ねだ。



「ここが、特異点F。冬木だよ」
 藤丸とマシュに連れられて入ったシミュレーションルームは、炎に包まれた、人っ子一人いない廃墟だった。
(俺のいた世界とも似ているな……)
 思わず苦笑いが漏れてしまう。
「冬木か……」
 俺のいた世界とも似ていて、俺が子供のときに遭った大火災と似た光景。
 炎から逃げようと、炎熱の中を彷徨った記憶が、養父に救われた記憶が、忘れたくても忘れられない記憶が……。
 少し眩暈がして、こめかみを押さえた。
「士郎さん、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「ここからね、はじまったんだ」
 俺を気遣う藤丸は、少し申し訳なさそうな顔をして続ける。命を懸けた日々を、未来を取り戻すために闘い続けた日々を、誠実に、事実だけを伝えようと話している。
 たくさんの出会いと別れ、サーヴァントとの戦い、魔神柱との戦い、生きているのが不思議なくらいの修羅場を藤丸は何度も潜ってきたそうだ、マシュとともに。
 真摯に話す藤丸の横顔には、達成感とともに寂しさが垣間見える。
(きっと、ドクターのことだろう……)
 ずっと管制室からサポートしていたドクターは、もうどこにも存在しないんだ。
 藤丸も俺と同じ、大切な人を失った。
 けれども、きちんと前を見ている。
(俺とは違う……)
 俺は、過去の修正に縋った。少しでもあの未来が変わるのならって、必死に手を伸ばした……。
「ウルクでさ、おれたち、仕事をしたんだよ。王さまから依頼を受けたりしてね――――」
 七つ目の特異点、夕映えの古代の都。
 人工物の少ない、まだ神々が身近にいたという時代の風景。
 その景色は、俺の未来とは比べ物にならない圧倒的な強さを持っていた。
 俺たちが見上げていたガスに覆われた空には、白い雲など浮かばず、青く澄んだ空などどこを探しても見つからない。息が詰まるような重苦しい空気はいつも澱んでいて、埃と煙と、それから腐臭と……。
 終わりにしか向かわない世界だった。
 雨が降れば道は泥の川と化し、陽の光が届かないからいつまでもぬかるんでいて、それがまた、生臭さを強くしていって、暑い時期は、本当に鼻が曲がりそうな異臭が蔓延していた……。
「士郎さん……?」
 息を詰めたまま藤丸に応えることができない。
 ここは、俺が必死に修正しようとしていた壊れかけの世界と比べるには、あまりにもかけ離れている、美しい世界。
 この景色は、俺には強すぎる。
 気圧されるというよりも、押し潰されそうな気さえする。
(アーチャー……)
 なんでだろう。
 今、ここに居ないアイツを呼びたい。
 今は厨房で、キリキリ舞いで働いているはずだ。呼んだところで、やってくるはずがないのに、どうしようもなくアーチャーにいてほしい。
 足下がグラつく。
 俺が立っているここは、本当に俺が居てもいい場所なのか?
(俺は、本当に……)
 こんな強烈な景色を見ていたくなんてないのに、瞼を下ろすことも、目を逸らすことすらできなかった。
作品名:BLUE MOMENT18 作家名:さやけ