BLUE MOMENT18
古代の夕焼け空は、アーチャーが消えた朝陽の中よりもずっと赤くて、何より胸に疼きをもたらす。
最初の聖杯戦争は、俺に理想を刻み付け、絶望の種を植えつけた。すべてを消し去った二度目の別れは、どうしてだか苦しくて……。
あのビルの屋上で俺を見送ったアーチャーは、何を思っただろう。俺を引き止めて、何が言いたかったんだろう。
何も訊けないままだ。
それに俺は、何も言えないままだ。
あの黄昏に、俺はアーチャーに……、何を伝えたかったんだろう……。
過去を変えてしまったことを謝らなければと思って……。
いや、違う……。
…………助けて……ほしかったんだ。
俺にとって、アイツは理想。
俺が目指した、正義の味方。
だからアーチャーに、助けてくれって……。
あの未来を救ってくれって……。
俺では、ダメだから……って……。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「遅くなってしまった……」
夕食の仕込みに手間取ってしまった。
マスターとマシュに誘われた士郎と合流するつもりだったというのに、もうシミュレーションルームを出てしまっただろうか?
半ば駆けてシミュレーションルームに辿り着けば、まだ使用中のようで、どうにか間に合ったようだ。
「この光景は、確か……」
ウルクだ。七つ目の特異点の古代の景色。赤く染まった空と大地は、まだ神々が身近に存在していた時代の景色だ。
(ということは、そろそろここも閉める頃合いだったか……)
私の方が遅くなったと思っていたが、ずいぶん話が弾んだらしい。
(じっくり話し合うのもいいことだろう……)
マスター経験者同士、互いに理解し合えることがある。
(マスターもずっと話したいと言っていたからな)
たいして探すこともなく三人の影はすぐに見つかり、声をかけようとしたが、何やら様子がおかしい。
マスターが士郎にしきりと話しかけているが、士郎が突っ立ったままで受け答えをしているようではない。
(なんだ……?)
違和感に足を速めた。
「し、士郎さん、だいじょ――」
「マスター」
「あ、エミヤ! ごめん、士郎さんが、」
困り果てた顔でこちらを振り向くマスターから、士郎へ目を向ける。
呆然としている、とでも言えばいいのか、何があったのか、士郎は放心状態だ。
「士郎?」
呼びかけても返事どころか反応がない。
「どうしよう、エミヤ。おれ、何か変なこと言っちゃったのかな? ずっと特異点のことを話してて、出会ったサーヴァントのこととか、ずっと普通に聞いてくれてたんだよ。だけど、急に……」
何か、士郎の心を揺さぶるものがあったのだろう。決してマスターの失言や失態のことではないはずだ。
「マスター、おそらくこれは、士郎自身の問題だろう。大丈夫だ、あとは私が引き受ける」
「でも、おれ……」
「こいつは気難しいところがあってな。なかなかにコツがいるのだ。したがって、二人はもういいぞ。話の続きはまた後日にしよう。今度は私も同席する。さあ、そろそろ夕食の時間だ」
「あ、う、うん、じゃあ……、頼むよ。ごめんね、エミヤ」
「謝ることなどない。マスターは士郎と話すために、まず自身の歩んだ道をこいつに教えてくれたのだろう? でなければ、こいつは自分のことなど言おうとしないから」
「……よく、わかったね。おれのことを知ってくれれば、士郎さんも話しやすいかなって思ったんだ」
「マスター、気を揉んでくれてありがとう。こいつにはよく言い聞かせておく」
「うん、じゃあ、よろしく。食堂で待ってるよ」
マスターもマシュも後ろ髪を引かれているようだったが、案外すんなりとシミュレーションルームを出ていった。もしかすると気を遣ってくれたのかもしれない。士郎の様子が普通でないのは明らかであったから。
「さて」
どうしたものか。
話しかけても答えないということは、聞こえていない可能性が高いだろう。聴力に訴えるよりも感覚の方が気づきやすいかもしれない。
「士郎、どうした?」
頬を軽く叩き、だらり、と下ろされたままの右手を取る。まだ、なんの反応もしない。
「士郎」
引き寄せて、耳元に口を近づけた。何度か呼べば、
「え? あっ! ぁえ?」
「ようやくか」
呆れながら言えば、士郎は首を傾げる。
「いくらなんでも、立ったまま寝るな」
「え……? いや、ね、寝てない、けど……」
「けど、なんだ?」
「…………いや、いいよ」
「いいわけがないだろう? マスターもマシュも心配していたぞ。お前が突っ立ったまま何も答えなくなって」
「ごめん……」
「私に謝るのではなく、マスターたちに謝れ。食堂で待っていると言っていた。今ならまだ間に合う」
「うん……」
視線を落としていた士郎は、生返事をしてウルクの景色へと向き直る。
「士郎?」
「きれいだな……って、思ったんだ……」
「ああ、確かに」
「あのときと、同じような頃合いだなって……」
「あのとき?」
「俺は……」
振り向いた士郎の頬を掠めて、雫が落ちた。
「士……ろ……」
「過去を変えてしまって、ごめん……、アンタに謝らないと、っ、俺……」
「士、士郎? いったい、なんのことを――」
「アンタは、あのとき、聖杯戦争で自分の歩いてきた道が間違いじゃないって気づくはずだったんだ。なのに、俺が割り込んだせいで、めちゃくちゃになった。アンタは結局、俺が出会ったときよりももっと長く後悔を抱えながら守護者として存在して、」
「士郎、そのことは、以前、謝ってもらったじゃないか。それに私は、遅かれ早かれ気づくのだからいいのだと答えたはずだが?」
「そ、そうだ、けど……、でも、俺は、」
「今、お前と過ごしている。それだけで私には十分だ」
まだ何かを訴えようとしていた士郎だが、口を噤み、視線を落とした。
「士郎?」
「新都のビルの屋上で……」
「あ、ああ」
掴んでいた士郎の右手が私の手を握り返す。
「アンタに義眼を渡して、追って来いって勝手なことを言って……」
項垂れる士郎は涙を落としながら、必死に何かを伝えようとしている。
「あのとき……」
「ああ」
「俺は……ほんとは、アンタに……、助けてほしいって……言いたかったんだ……」
「な……、に?」
「何度も何度も過去の修正をしても未来が変わらなかったから……。あのとき、聖杯を完全に破壊しても、未来が変わることが信じきれていなくて……」
「い、いや、だが……」
あのときの士郎は、私よりもずっと強い意志をその瞳に滾らせて、未来を変えるのだ、と我々に協力しろと……。
「アンタはずっと俺の理想だから……、焦がれ続けた正義の味方だから、俺にはできないことも、きっとアンタならできるはずだって、どこかで思っていたんだ……きっと……」
「士郎……」
「俺ではダメだから……、アンタに変えてほしくて……、俺たちの世界を救ってほしくて……」
私の肩に額を預け、士郎は肩を震わせて、堪えながら嗚咽を漏らした。
「お前は、変えたのだろう? 未来を」
「…………わからない」
「だが、お前が戻った未来は、壊れかけの世界ではなかったのでは?」
「俺が戻ったのは……、別世界だった…………」
「別……」
作品名:BLUE MOMENT18 作家名:さやけ