BLUE MOMENT18
「空は青くて、新都には高層ビルが立ち並んでいて、普通に人間が暮らしていけるような場所だったけど、あれが俺の居た世界かどうか、確かめる術はないから……」
「そう……だな。過去を変えた時点で未来が変わっていれば、今まであった時の流れは消え、新たな時が動き出す。士郎、お前は、帰ることのできない道を踏み出したのか……」
「え……?」
「過去を修正すれば、今まであった現在がなくなる。それはお前も重々承知していたのだろう? であれば、お前はわかっていて過去に向かった、そういうことになる」
「わかって……いて……」
呆然と繰り返す士郎は、そうか、と何かに気づいたようだ。
「……自業自得、ってやつだな」
乾いた笑いを漏らして顔を上げ、士郎は私から半歩離れた。
「そうか……。だから、ワグナーは……、謝っていたのか……。俺はてっきり、一人で行かせる危険性のことを言っているんだとばっかり……っ……」
再び俯いた士郎の足下に転々と染みができていく。乾いた土に落ちる雫が、いくつもいくつも途切れることなく小さな染みを作っていく……。
「士郎、だが、そのおかげで私は、お前と出会うことができた」
何を言えばいいのかなどわからない。
私が何を言ったところで、士郎は救われないのだろう。自身の手で自分の居場所を消し去ったと思い至った士郎に、他人がかける言葉などありはしない。
「お前が、過去の修正に向かわなければ、私はこんな熱を胸に灯すことなどなかった」
顔を上げた士郎は、赤くなった涙目を隠すことなく私を見つめる。
「俺……、バカだから……」
笑おうとしているのだろうが、下瞼から涙が溢れる。
「ぜんぜ、っん……気づ、かなくって……」
「士郎、」
「俺……、自分で……帰れなく、っ、した、んだ、な……、ほんと、バカだ……」
「ああ、本当に、」
しゃくり上げる士郎を引き寄せて抱きしめる。
抵抗はなく、私に身体を預けるその髪を撫で梳く。
「馬鹿だな、士郎。まったく、お前も私に負けず劣らず、自分のことなど省みない、愚か者だ……」
「……アンタに、言われ、たく、ない」
士郎は散々、自分は馬鹿だと吐き出し続け、泣き続け、やがて涙が涸れたころ、
「はあ。なんか、スッキリした」
けろり、と言って清々しく笑った。
目元も鼻も真っ赤で、瞼はひと目で泣いたとわかるくらいに腫れている。それでも何やら吹っ切れた様子で、腹が減った、とこぼした。
*** *** ***
「士郎さん、大丈夫かな……」
マシュと食堂のテーブルについた立香は、沈んだ面持ちで呟いた。
「エミヤ先輩に任せておきましょう。私たちには対処のしようがありませんし……」
「うん……、そうだね。おれがグズグズ言ってもはじまらないし!」
「はい!」
にっこり笑うマシュに頷いた立香は、気を取り直して夕食に手をつけはじめる。そうこうしているうちに、周りにはサーヴァントが集まり、いつもと変わらない食事の時間となった。
立香の食事はいつもサーヴァントやカルデアのスタッフたちと談笑しながらになので、デザートまで終えるのには、どうしても二時間ほどかかることが多い。しかし、こうやって過ごす時間が、カルデアのチームワークを育んでいるのだ、一概に無駄な時間とは言えない。
いつものように何くれと話しながら夕食をとり、一時間もしたころだろうか、エミヤが士郎を連れて食堂に入ってきた。
「エミヤ! 士郎さん!」
思わず席を立って、立香は二人を呼んだ。
こちらに気づき、近づいてきた士郎の顔を見て、立香は目を丸くした。
「し、士郎さん、だ、大丈夫?」
「ああ、うん。もう平気」
ちょうど空いていた立香の対面の椅子に腰を下ろした士郎は、目元を赤く腫らしている。明らかに泣いたのだとわかる。
「あの……、士郎さん、なんか、おれ、」
「泣いたらさ、スッキリした」
「え? はい?」
何かしてしまっただろうか、と立香が訊こうとする前に、士郎はなんのてらいもなく話す。いつも何も言ってくれない士郎が、隠すことなく泣いたことを平然と口にしたので、立香は二の句が次げない。
詳しいことを訊いてもいいのか迷い、一緒に食堂に来たエミヤに訊こうとするも、エミヤは食事を取りに厨房の方へと行ってしまっている。
「悪い、心配させたよな?」
「え? いや、あ、う、うん」
「どっちなんだよ」
士郎は笑いながらつっこむ。いつも士郎には、なんとなく一歩引かれていると立香は感じていたのだが、それが一切ない。
「えっと……」
急な展開に、立香は何を言えばいいかと思案してしまう。
「ありがとな、藤丸」
「え?」
「いろんな話、聞かせてくれて」
「そんな……、おれは、なんにも、」
「すごいよ、お前。頑張ったんだなぁ」
「お、おれだけの力じゃないんだ。おれには、なんの力もないから……。マシュとカルデアのみんなとサーヴァントたちと、それから特異点で出会った人たちと、みんなで成し遂げた人理修復なんだよ」
真正面から褒められて、立香は赤くなりながら言い訳をこぼす。
「そっか。でも、そうやって、みんなでって言えるのが、すごいことだと思うよ、俺は」
「へへ、そうかな」
照れ臭そうに笑う立香に、士郎は穏やかな微笑を浮かべる。
「士郎さん、何か、そのぅ……」
「ん?」
マシュは訊きたいことがあるようだが、うまく言葉にできていない。
「どうした? マシュ」
そんな彼女を優しく見つめ、士郎はマシュの言葉を待っている。
「あの、えっと、とても今、し――」
「よう!」
マシュの声を遮り、明るい声が響いた。
「あ、ランサー、とキャスターのランサー」
ランサーとキャスターのクー・フーリンが揃って士郎に声をかけてきたのだ。
「久しぶりだな、シロウ。何してたんだよ?」
ランサーが士郎の頭をガシガシ撫でながら訊く。
「うん、ちょっと忙しくてさ。働きすぎて、今は休職中」
士郎はランサーにされるがままで、淡々としたものだ。
「はっ! お前、ますます、あの弓兵とおんなじだな?」
キャスターも呵々と笑って士郎の頭を撫でている。まるで、久しぶりに会った親戚の子供や甥っ子にするような仕草だと立香には思えた。
「まあ、そりゃあ、」
「シロウ、また焼きそば、頼むぜ」
横からランサーが口を挟む。クー・フーリン‘Sにいいように頭を撫でられていても、士郎は全く動じないし、文句も言わず平然と会話を続けている。
「ああ、うん、わかった。厨房に立っていいってアーチャーが言ったら、また作るよ」
「まぁだ、あいつの言いなりかよー」
ランサーが不平を吐くも、
「そういうんじゃないんだ。アーチャーは、俺の体調管理もしてるからさ」
士郎はけろりとして返す。
「ハハッ、愛されてんなぁ、シロウは」
「そうかな? うーん、まあ、アーチャーは俺の全部が知りたいって、」
「おー? なんだよ、一丁前に惚気てやがんのか」
キャスターがニヤニヤと笑う。
「べ、べつに惚気てるわけじゃ――」
「すまないが、クー・フーリン、そこを空けてくれないか」
「おお、噂をすれば、だな」
「む。私が何か?」
「ああ、シロウがな、――っで!」
ランサーが片脚を抱えて、ぴょんぴょん跳ねて後退った。
作品名:BLUE MOMENT18 作家名:さやけ