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彼方から 第三部 第四話 ~ 余談 ・ エイジュ ・ アイビ

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 不安げで――心配で堪らない……そんな瞳で……

 どんな強大な力を持っていたって、いつだって不安と恐れでいっぱいで、どうしていいのか分からなくて……
 自分を支えるだけで……精一杯だった――

 十五の時、家を出た。
 養母とは言え、これ以上、おれと暮らしているが為に、彼女がダメになってゆくのを見たくなかった。
 一人になれたことは、正直、心安かった……
 だが、それも、束の間だった……ほんの数日後だ。
 風の噂で、暮らしていた家が――本当の親ではなかったとはいえ、育ててくれた父と母が……火事で亡くなったことを知ったのは……

     『じゃあ、どうすれば良かったと言うんだっ!!』

 家を出なければ、火事になることはなかっただろう。
 だが、家を出なければ、母はきっと、取り返しのつかぬほどおかしくなってしまっていたに違いない……

     『どうすれば良かったと言うんだ』

 この想いは今も、胸を離れない。
 いつまでも同じ……答えは見つからない。
 独りでは辛い時もある……だが、『誰か』とずっと、一緒に居ることも出来ない。

 『知られる』ことを、恐れているからだ……
 彼等なら――バラゴ、アゴル、ガーヤ、ゼーナ……彼等なら、おれが【天上鬼】だと、ノリコが【目覚め】だと打ち明けても、もしかしたら受け入れてくれるかもしれない……
 そうすることで、今とは違う道が、見えてくるかもしれない……

 いや……

 そんな考えは、今の重圧から逃れたい、おれの弱気な心がそう思わせているだけのただの『願望』だ。
 ノリコだって、自分が【目覚め】と呼ばれる存在であり、おれが【天上鬼】だと知ったら、どう思うか……
 苦しい……
 全てをぶちまけて、楽になってしまいたい。
 全てを……

 …………エイジュ……
 彼女は――『おれ達』のことを知っていると言っていた……全て知っていると……
 あの借り家で過ごしていた日々の中、一度、皆が寝静まった夜、訊いたことがあった。
 何故、おれ達のことを知っているのか、いつからなのか……何者なのか……『本当の』目的は、なんなのか――と。

     『今は、話せないわ』

 いつもの、小首を傾げた笑みで――
 彼女はそう言ったきり、応えてはくれなかった。
 その時はおれも……エイジュはそう応えるだろうと、半ば想定していたが……
 今は、彼女と話がしたい――話を、聞いてもらいたい。
 彼女なら耳を傾けてくれそうな、何か応えてくれそうな気がする。
 『おれ達』の全てを知り、エイジュ自身、何か『秘密』を抱えている――彼女なら。
 先の見えない道を手探りで歩いているおれに……何か指針を示してくれるのではないだろうか……
 どんなに能力の高い占者にも、占ることの出来なかった、このおれの先行きを……
 
     『決まってしまった未来なんてないと、思うから』

 ……ゼーナ……

     『未来とは変化していくものだと思うから』

 …………本当に、そうだろうか……

     『どうするかによって行く道も変わる』

 ……おれの行動、おれの判断次第で――

     『結局、未来を決めるのは自分』

 ――未来を決めるのは自分……おれ、自身……


 
 何の光明も見られない……そんな風に思えていたイザークにとって、もう一度、頭の中に蘇ってきたゼーナの言葉は、一縷の望み。
 自分自身で決めることの出来る未来。
 伝承によるものでもなく、占者の占いによるものでもない。
 自分の手で、意志で、他に従うことなく決められる――決めるべき未来なのだと……

          *************
 
「ふふ……」
 フードを被った女が一人、神殿と思しき建物の中に在る池の淵に跪き、水面を覗き込んでいる。
「可哀想に、坊や……」
 黙面様と呼ばれ、一部の者たちに崇められている存在の『在る』神殿。
「その様子じゃ、満足に戦えないわねェ」
 女は、占者タザシーナ。
 タザシーナは含み笑いを浮かべ徐に立ち上がると、フードを剥ぎ、広間へと通ずる廊下へと向かった。

「例の娘がゼーナの元に!?」
 黙面の神殿は、大きな建物の中、その一番奥まった場所にある。
 タザシーナはその建物の主人である、グゼナの大臣ワーザロッテに、今占た占いの結果を報告していた。
「そうです」
 ワーザロッテの部屋の中では、黙面より力を授けられた十人の手下たちが全員、顔を揃え、共にタザシーナの報告を聞いている。
「そして、かの戦士が今、容易に動けぬ身となっているのが見えました」
「時が来たと、言うのだな」
 彼女の報告に、ワーザロッテは執務机から立ち上がり、
「娘を生贄に捧げれば、より強大な力を授けてくれると言う……黙面様が約束された、その日が」
 待ち望んだ日を迎えたことに……『強大』な力を得られる日が来たことに、興奮を隠し切れない。
「ただし、その他に、戦士の姿が四名ほど……」
 逸る気持ちを抑えきれぬ様子の大臣に、タザシーナは占者らしく、注意を喚起するが……
 その顔には、余裕とも、不敵とも取れる笑みが浮かんでいる。
「ふふん……取るに足らぬわ」
 ワーザロッテも同じであった。
「黙面様より力をいただいた、我が、戦士達にはな」
 一番の使い手であったバンナを退けた、『生贄の娘』を護った戦士。
 その戦士が容易に動けぬ今、他の『ただの戦士』など、脅威にもならなかった。
「ニンガーナ! シェフコ! そして、トラウス兄弟! おまえ達に命ずる! 娘を捕らえて、黙面様の元へ連れて来いっ!!」
 ワーザロッテは、黙面から力を授かった十名の者たちの中でも、特に優秀な戦士の名を挙げ、生贄の娘――『ノリコ』の捕獲を命じていた。
 一度敗れた、バンナを置いて……

「ワーザロッテ様っ! わたくしもっ!!」

 命を受けた四人が、動こうとしたその時。

「バンナ」
「どうか、わたくしにも、その命令を!」
 部屋の入り口付近に待機していたバンナが、必死の形相で、そう、申し出て来た。
「なんだ? 名誉回復のためか?」
「おまえの力は前回、黙面様の助けを求めた時に、半減したはず」
「そして……二度、助けを求めることは、死を意味する」
「今度はもう、しっぽを巻いて惨めに逃げ出すことは、出来んのだぞ」
 イザークに敗れ、黙面に助けを求めたバンナのその申し出を、他の四人は冷たく受け止め、軽く、あしらう。
 与えられた力を『自らの力』と自惚れ、過信している者たちに、敗北した者の姿は滑稽であり、惨めとしか捉えられない。
 勝ち続けることこそ誉れであり、そしてそれが『当然』と、思っているのだから……
 そして、その思いは、敗けたバンナも同じであった。

 ――今まで、十人の内
 ――最大の力を誇っていたわたしが
 ――今では石ころのように蔑まれ、バカにされている……
 
 ――こんなことがあっていいものか!
 ――あの若造のせいだ……
 ――あいつのせいで、わたしはこうなったんだ!

 故に、必死だった。
 戦力として、除外されているのであれば、
「ワーザロッテ様!! ノリコの顔を知っているのは、わたくしだけですっ!」