二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

その先へ・・・4

INDEX|2ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 


(2)

朝から慌てたのは、意外にもガリーナだった。
アレクセイがこんなにも早く来るなんて予想もしていなかったからだ。
「夕べはすまなかったな、ガリーナ」
わずかな気まずさを含んで、照れくさそうにアレクセイは少し笑っている。ガリーナは夫と結婚するまでずっと、アレクセイが憧れの存在だったことをふいに思い出し、不覚にも頬を染めてしまった。

工場で働いていたあの頃……
就業時間後に字を教えに来てくれるアレクセイに、他の女子工員達と共に熱を上げていた。
背が高く端正な顔立ち。
どことなく感じる異国の香り。
侯爵家の出自だからなのか、周りの男たちとは違った洗練された身のこなし。
だからといって偉ぶる所など全くなく、自分達の様な学の無い者達にも優しく丁寧に教えてくれるので、若い女子工員達の心はアレクセイに鷲掴みにされていた。

「今日はあたしの名前を呼んでくれた!」
「目が合ったら優しく笑いかけてくれたわ。きっとあたしの方に気があるのよ」
「綴りが分からずにいたら、手を取って教えてくれたわ!指が長くて素敵な手だった!もう手を洗わないわ!」

皆と一緒に、帰り道では大騒ぎしていた。
当時、ガリーナは不幸な出来事が続き辛い日々だった。
思い出すだけで体の震えが止まらなくなるので、極力思い出さない様にしていた。
そんな中でも、唯一アレクセイとの出会いだけは、キラキラと輝く青春の大切な思い出として大切にしていた。もちろんその時には夫も彼と一緒に来ていたのだが……。

不思議な巡り合わせを思い、ふと笑ってしまったのをアレクセイが見とめた。
「ん?どうした?」
「あ、ごめんなさい。……あなたに字を教えてもらっていた頃の事を思い出して、つい」
「ああ、そんな事もあったな。あれはおれがドイツから戻って、初めて任された仕事だった」
「そうなのね。今だから言うけど、わたしたち女子工員は、字を教えてもらえる事はもちろんだけど、あなたに会える事がとても楽しみだったのよ」
「……?」
「ふふふ……。みんなあなたに熱を上げていてね、気に入ってもらいたくて一生懸命字の勉強をしていたのよ。自分にこそ気があるってみんな思ってた。もちろんわたしも。わたしは結構真剣にあなたを慕っていたのだけど、気が付いていた?」
「え?いや…、あ、ガ、ガリーナ……」
アレクセイの慌てぶりが妙に可愛く思え、クスクスと笑ってしまった。


他の女子工員の中には、積極的にアレクセイにアプローチする子が何人もいた。しかし、気がついていないのか、あえて気がつかないフリをしていたのか、彼が彼女たちに応える事はまったくなかった。
「そんなところがクールで素敵!」
と騒がれ、一層アレクセイ人気は高まったのだが……。
今なら分かる。
彼は恋愛ごとに関してまったく無頓着なのだ。
たった一人の女性しか、目に入っていないのだから。


「ふふふ……。別にいいのよ。もう昔の事だもの。今はフョードルが私のすべてだもの」
ふんわりと笑うガリーナをアレクセイも感慨深げに見つめてくれる。
あの時、淡い恋心を抱いていたアレクセイ。
今、彼は夫の盟友として目の前に立っている。
しかも彼が一途に愛する女性を夫と自分が預かっている。
不思議な縁だな、とガリーナは改めて思った。

「ユリウスに会いに来たのでしょう?さ、どうぞ入って」
「あ、いや……」
「あら、今更遠慮しないで!今ユリウスは上の階に食事をおすそ分けに行っているの。もう戻るわ」
「あいつが?」
「ええ。小さな女の子がいる母子家庭なんだけど、お母さんの体調が最近悪くてあまり買い物に行けないらしくて。時々おすそ分けしてあげるの。あまりたくさんではないけどね。そうしたらユリウスが代わりに行くって言ってくれて。最近じゃ楽しそうにおしゃべりしてくるから、帰ってくるのが遅くなったりするんだけど……多分もうすぐ戻って……」
すると、上から軽やかな足取りが聞こえてきた。
ガリーナはニッコリ微笑んだ。
「ほら、戻ってきたわ」
「アレクセイ!」
頬を上気させ、輝く笑顔でアレクセイの前に降り立った。
「来てくれたんだね!」
「……慌てて階段を降りてくると危ないぞ。足を踏み外す」
「だって、あなたの声が聞こえたから……。早く戻らないといなくなってしまう気がして」
ユリウスは昨晩、動揺してしまった事をとても気にしていた。見咎めたアレクセイが、ろくに声もかけずに帰ってしまったから尚更だった。
昨晩、夫がそんな盟友の様子を目にとめ、酔っていながらもしきりに心配するので、ガリーナはアレクセイとユリウスを頻繁に合わせるしかないと話した。
運命的な再会を果たした割に、恋人を避けるアレクセイ。
ユリウスはそれを敏感に感じ取り戸惑うばかり。
自分たちがユリウスを預かるようになってから、ずっとそんな状態が続きもどかしさを感じていた。
ユリウスと一緒に暮らすようになって日が浅いが、精神的に不安定になる事もあるが、本来朗らかで優しく思いやり深い性質である事は分かっている。
そして……アレクセイを再び愛し始めていることも。
昨晩、二人はいい雰囲気になっていたのも見過ごせない事実だった。
もっと二人で会い、語らい、愛をはぐくみ、アレクセイにユリウスを手放せない事を思い知らさなければならない。
なんとか二人の時間を作ってやりたいと思っていた所、どうやら今朝は夫が思いがけず使命を果たしてくれたようだった。
次は自分の番だ!ガリーナは忙しく考えを巡らせた。
「ありがとうユリウス。さ、こんな所じゃ寒いわ。中へ入りましょう。すっかり冷えてしまったわ」
ガリーナは足元に気をつけながらドアをゆっくりと閉めた。
ユリウスがコートを脱ぎ、アレクセイを居間のテーブルに着かせようとしているのを見て、慌ててガリーナが声をかけた。
「ユリウス!待って!あたし……、そう!アイロン!アイロンよ!」
「え?ア、アイロン?」
「そう!アイロンをかけなくちゃならないの。広くテーブルを使いたいから、アレクセイをあなたの部屋に案内して」
「えっ?アイロンかけるの……?今から?」
いくらか引きつって笑いうなづいた。アレクセイは気がついている様だが、ユリウスは意味が分からずいる。
「あの……いい?アレクセイ」
上目使いで見つめるユリウスの瞳に出会い、アレクセイは彼女に気づかれない様にそっとため息をひとつついた。
「ああ、あまり長居は出来ないがな」
「わたしの事は気にしないで!お茶の用意をしておくから、あとで取りに来てね」
にっこりと笑って見せると、アレクセイの複雑な顔が見える。


夫婦でおれをけしかけたな


とでも思っているんだろう。
そうアレクセイが思ってくれただけでも、今回の『作戦』は成功したと言っていい。
何の打ち合わせもしていなかったが、アレクセイをここに来る様仕向けてくれた夫に感謝した。
ガリーナは、胸の中で愛しい夫を抱きしめ、自分とたいして年の変わらない二人の背中を優しくおした。

「さあ、二人でゆっくり!時間はまだあるはずよ」


作品名:その先へ・・・4 作家名:chibita