その先へ・・・4
「まいったなぁ……。ったく、おれはなにをやっているんだ……。どうしたっていうんだ?」
彼女が出て行ったドアを見つめ、思わず口から出た言葉にため息をついた。
ユリウスの事をどうするか結論も出していないくせに、自分の思いとは裏腹な先程の言葉と行動。
「おれはあいつから逃げなくちゃならないってぇのに、なんださっきのあれは!」
ユリウスの腕を掴んだばかりの手のひらを見つめた。彼女の体温が微かに残っている。
ユリウスの、あの碧い瞳に捕らわれて、惑わされてしまったのだろうか?
あの碧いまっすぐな瞳に再び出会い、長い間押し殺してきた気持ちがあふれ出てきてしまったのだろうか?
アレクセイはガシガシと頭をかき、もう一度大きくため息をつき、ぐるりとユリウスの部屋を見回した。
ズボフスキーの家の、物置がわりの部屋を急ごしらえでユリウスが寝起き出来る様にしたと聞いていた。
背の高いユリウスが横になるには少し小さいくらいのベッドと、サイドテーブル、小さなチェストが一つのこざっぱりとした部屋。
ベッドはアレクセイが同志から譲ってもらったのを運び込み、サイドテーブルとチェストはガリーナから借りたものだ。
ベッドの上にガリーナが刺繍してくれたのだろうカバーがかけてあるのが、目に鮮やかだ。
まさかその上に腰掛けるわけにもいかず、居場所に迷ったアレクセイはふと壁に小さな鏡がかかっているのを目に留めた。久しく鏡などのぞいていなかった。
ひどい事になっているだろうと覚悟し、腰をかがめのぞいてみる。
案の定、鏡の向こうには寝不足で目の下にクマを作り、ひどく疲弊した顔色の悪い男が現れた。
「なんて顔してやがる‥‥」
顔や顎を手でなぞると、ざらりとした無精髭の感触が手に当たる。
「こんな顔でいたのかよ‥‥」
自分でも驚いたが、今更どうしようもない。
アレクセイは鏡に額を押し当て、小さく唸るように呟いた。
「ったく……こんな時に思い出すなんて……。あのおっさん、自分の事は棚に上げてどれだけ人をけしかけるんだか……」
それは、アレクセイがユリウスをズボフスキーに預けたばかりの事だった。