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その先へ・・・4

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(4)


カチリ……
ドアが開き、ユリウスがトレーを抱えて戻ってきた。向こう側にいるガリーナが優しくユリウスの背中を見つめている。
ふとガリーナと目が合った。アレクセイに優しく笑いかけたガリーナは、無言のエールを送って奥のキッチンへと歩いて行った。
アレクセイはドアを閉め、部屋には再び二人っきりの空間が訪れた。
「遅くなってごめんね」
柔らかく微笑むユリウスがまぶしく、思わず目を細める。
「……いや」
アレクセイと会う回数が増えれば増える程、会っている時間が長くなれば長くなるほど、明らかにユリウスの表情は変わっていく。
晩秋の森で思いがけない再会を果たした頃の、あのおどおどとしたユリウスはもういない。
目の前にいるのは、碧い瞳に明るい光を宿し、アレクセイへの想いを隠すことなくまっすぐに見つめてくるあの頃のままのユリウスだった。
違うところといえば、時を経て美しい女性になった事。
そして自分との記憶を失ってしまった事。
けれど、今の彼女は以前と同じ様にアレクセイを愛し始めている。
いかにアレクセイであってもそれ位は、わかる。
わかるだけに……心が痛む。
彼女の想いを受けとめてやるだけの度量が、資格が、自分にはあるのか……と。


「あ、どこに置こうか?」
「ん?……ああ、じゃぁそのサイドテーブルをこっちに引っ張り出すか」
「うん。じゃぁアレクセイ、テーブルを……」
「待て待て!よこせよ、危ないぞ」
アレクセイは危なっかしいユリウスからトレーを受け取ろうと手を伸ばした。
「えっ?いいよ、大丈夫だよ」
焦ったユリウスが急に体の向きを変えようと動くと、わずかにバランスを崩しふらついた。
「わ!」
「……!!」
アレクセイが慌ててトレーをつかんだので、お茶もユリウスも事なきを得た。
「おまえ……危なっかしいのは変わらないな」
「あ、ありがとう……」
「いや」
「……」
ユリウスが急に頬を染めて下を向いてしまった。
「なんだ?」
「……手を……」
「ん?」
見ると、ユリウスの手に自分の手を重ね、二人一緒にトレーを持っていた。
ユリウスの手は、アレクセイの大きな手にすっぽりとおさまってしまっている。
小さな手だった。
この手を握りしめ、女みたいだとからかった事が鮮やかに蘇ってきた。
「アレクセイ……あの、手を……」
「ああ…悪い。いいぞ、離して」
ずっとユリウスの手を握り締めていた事に気づき、アレクセイは小さな手を解放してやった。
ユリウスの両手は、彼女の胸の前で重なり彼のぬくもりを逃さない様にぎゅっと握り締められた。
「すまんユリウス。サイドテーブルをこっちに持ってきてくれるか?」
ユリウスは慌ててサイドテーブルを部屋の真ん中の方まで動かし、その上にアレクセイがトレーを置いた。
アレクセイはユリウスをベッドに座らせ、自分は彼女の前に立っていた。
「昔……」
「?」
「まだおまえを男だと思っていた頃」
「……」
「おまえの手を握って、女みたいだと言った事がある。おまけに声の事も茶化したな」
「あ、はは……やっぱりあなたは意地悪だったんだね。……ぼく、何か言った?」
あの頃のユリウスが、今のユリウスに重なる。
あの時も頬を染め、碧い瞳は大きく見開かれていた。
そしてその碧い瞳には、今と同じくアレクセイが映りこんでいた。
17歳のあの頃から、この瞳に捕らわれてしまったのだろうか。とアレクセイは思う。
逃れようともがいてみても、時を経ても、彼女の瞳から逃れる事はできないのかもしれない。
それならば……

「おれは『女みたいな手だな、声だけかと思ったら』と言った」
「……」
「おまえは……黙っておれを見つめてた」
「……」
「何かおれに言いたかったのかもしれないが……、どうだったんだろうな。何しろおまえは、大事な事は決して口にしなかったからな。いつも」
ユリウスは、真っ直ぐアレクセイを見つめ、少しはにかんだように笑って言った。
「アレクセイ、もう一度言って」
「ん?」
「……女みたいなって」
アレクセイは、ゆっくりと息を吸い込み遠いドイツの川岸を思い起こした。
あの時の空、あの時の空気、あの時のユリウスを。
「……女みたいな手だな、声だけかと思ったら」
目を瞑ってその声を聞いていたユリウスは、ゆっくりとまぶたを開けるとアレクセイをしっかりと見つめた。
「……女だもん、ぼく。こんな手なのも、こんな声なのも……」
「そうだ……な。おまえは女だ。間違いなく。はは……、おまえの口から初めて聞いたぞ。自分が女だって」
「もう、隠す必要ないもの」
「そうか。そうだな」
「本当の自分をあなたに知って欲しい。多分その時はそう思っていたんじゃないかな。口に出来なくても、きっと。それに、いつまでも男だと思われるのはイヤだよ。あなたの側にいられないもの」
自分で言って、途端に顔が更に真っ赤に染まった。

この小さな手は、出会った途端アレクセイの頬を打ったり、友を侮辱する奴に殴りかかったりと少々荒っぽい所がある。
かと思うと、鍵盤上をこの上もなく優雅にはしったり、小さな演奏会前に緊張のあまり震えが止まらなくなってしまう繊細な手でもある。
極め付は、走る列車を馬で追うという暴挙を見事な手綱さばきでやってのけてしまう手だ。
そして……
この手をしっかりと握り締め、全速力で逃げ回った事もある。
あの時は痛かったろうな、とアレクセイは今更ながらに思う。


以前も、そして今も、本当はこの手を離したくはなかった。
出来ることなら、この手を掴んで力いっぱい走って、逃げて逃げて……自分達を縛るすべてのしがらみから逃れて二人だけの世界へ逃げてしまいたかった。
カーニバルのあの時の様に。
しかし……。
無念のうちに死んだ兄、ドミィートリィーの姿が浮かぶ。
アカトゥイで無念に散っていった多くの同志たちの顔が、声が蘇る。
ミハイルの顔がよぎる。
彼らが自分に何を託したのだろうか、とアレクセイは自問してみる。
この命ある限り、祖国解放の為にこの身を捧げるのがすべてだと思ってきた。
そうでなければこの大事は成しえない、と。
恋も、愛も無い。全身全霊で死んでいった同志たちに報いなければ、と。
そう自分を律していたはずなのに、その決意が揺らぐ。
目の前に座る、この小さな手の持ち主が、こんなにもアレクセイを揺さぶり、迷わせている。

『おまえはどうしたいんだ?』

ズボフスキーの声が再び蘇る。

作品名:その先へ・・・4 作家名:chibita