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その先へ・・・4

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アレクセイは両手で髪を後ろになでつけ大きく息をはいた。
「せっかくガリーナが淹れてくれたんだ。温かいうちに飲もう」
ガリーナが入れてくれたお茶は絶妙な温度で、二人の乾いた喉を潤してくれた。
「美味しい」
沈黙を破ったのは、今度はユリウスだった。
「ああ。ガリーナはお茶を入れるのが上手いな」
「うん」
カップをトレーに戻したユリウスが、いくらか姿勢を正し遠慮がちに話し始めた。。
「……あの、ね、アレクセイ。昨日の、その……エフレムの事なんだけど」
「ああ」
やはり昨夜の事を気にしていたのかと思った。
「彼ね、侯爵の妹……ヴェーラと恋人同士だったんだ」
「そうだったのか」
「うん。でも……スパイ活動の為にヴェーラに近づいたみたいなんだけど」
「……」
直接エフレムと関わった訳ではないが、それは敵方の情報を仕入れる為の常套手段だけに、アレクセイは答える事が出来なかった。
「ヴェーラは彼の事を深く愛していて、裏切られたと解っても、いまだに彼の事を忘れられないでいるんだ。ぼくは、彼女のそんな気持ちがずっとわからなかったんだ」
「……」
「自分を欺いて、傷つけた人を心の奥底でずっと長い間想い続けるっていう事がわからなかったんだ。でも……」
「……でも?」
「それは本当に相手の事を愛したからなんだって。きっと、どんなに傷つけられたって、愛する事をやめる事なんて出来ないと思う。その人を愛した事実は疑いようもない真実で、心に深く刻み付けられているんじゃないかって。今なら分かるんだ。彼女の気持ち。たぶん、ぼくもそうだと思うから」
「……」
アレクセイの心が痛んだ。
ユリウスに自分も同じようなことをしていた。
彼女の事を想う為とはいえ、あの廃屋の中であの後どんなに絶望しただろう。どんなに泣いたろう。どんなに怨んだろう。
それなのに、彼女は今こうしてアレクセイに対して愛情を示しはじめている。
傷付けたのに、嘘をついたのに、愛される資格があるのだろうか。
記憶を無くしてしまった事を良い事に、その事を告げずにいて良いのだろうか?
アレクセイは思い切って口を開いた。
「あのな、ユリウス……」
「そうだ、アレクセイ!」
二人で同時に言葉を発し、互いに見つめ合い、思わず笑い合った。
無邪気に笑うユリウスからは、これまでの様な儚さは感じられない。声を上げて実に楽しそうに笑う。
おそらく、アレクセイからユスーボフ家での事を話しても良いと言われ、緊張が和らいだからだろう。
アレクセイの表情を窺い、言葉を選びながら話す時とは違い、生き生きとしている。
「なんだ?」
アレクセイの表情も、自然と和らぐ。
「アレクセイはリュドミールって覚えている?」
「リュドミール?」
「うん。ユスーポフ家の小さな弟君。あなたがシベリアへ行く前に、小さなリュドミールの事を助けたと言っていたよ。確か……ウファだったかな?」
「ウファ……。おっ!思い出したぞ!巻き毛の小さなぼうずだろう?覚えているとも!」
その後に、黒髪で冷たい瞳のぼうずの兄にもあったがな……。
とは言わなかった。
「よかった!リュドミール喜ぶよ!彼ね、あなたの事が大好きで、あなたに憧れているんだ」
「おれにか?はは……そいつは光栄だな」
「今はもう多分士官学校生になっていると思うけど、あなたがシベリア流刑を宣告されたとき、彼あなたの側まで行ったでしょう?その時「早く皇帝陛下に許されるように、毎晩神様にお祈りします!」って言ったんだって。覚えてる?」
「……う……ん、そんな様な事を言われたのは、なんとなく覚えている」
「リュドミールね、あなたがシベリアで焼死したっていう知らせを聞くまで、毎晩ずっとお祈りしていたんだよ。あ、その知らせの後でも、祈ってたな、確か」
「へぇ……」
『氷の刃』の弟にしては、ずいぶんと可愛いじゃねぇか。このまま兄貴に似ることなく素直に成長すりゃぁいいな、と心の中で密かに毒づいた。
「それにね、ぼくにも一緒にあなたの為にお祈りしてって言うんだ。だからぼくも毎晩祈ってた」
「……」
「アレクセイ・ミハイロフが早く許されますようにって。はは……なんだか不思議……」
アレクセイの胸が熱くなる。
「祈ってくれていたのか……。おれの為に」
「うん。祈ってた。毎晩……。それこそ、あなたが死んでしまったと聞かされるまでずっと。はは……、不思議だよね。あなたの事覚えていなかったのに……」
ユリウスは明るい顔でアレクセイを見上げた。
「それに嬉しいんだ!あなたと同じ記憶を持っている事がわかったんだもの。あなたはとても大変な時だったけど、あの広場での出来事は、あなたと今のぼくが共有するたった一つの同じ記憶。そしてリュドミールっていう共通の知人がいるっていうのもうれしい!」
あんなにもひどい言葉を投げつけて置き去りにしたのに。
あまつさえ記憶まで失ってしまったのに。
それでも自分の無事を祈ってくれていたなんて。
同じ記憶を持つことで、こんなにも喜ぶなんて……。
アレクセイはひざまずき、ユリウスの肩をしっかりとつかんだ。
「ユリウス……」
「あっ、あの……アレク……」
ユリウスの頬が真っ赤に染まり、碧の瞳が揺らぐ。
愛おしい……
アレクセイはそっと指先でユリウスの瞼を 頬を 金の髪を そして唇の輪郭をなぞる。
そのどれもを自分の物にしたい。自分だけのものにしたい。
こんなにも自分を思ってくれるユリウスが愛おしくてたまらない。
記憶を失っても、なお強く自分を追い求めてくれるユリウスが……。
そして自分は……?
アカトゥイの同志やミハイルの事を言い訳に向き合おうとしなかったおれは……。
彼女を……。
「おれは……」
「ア……レク……」
かぐわしい吐息がアレクセイを誘う。
両手でユリウスの顔を優しく包み、親指で優しく頬を撫でる。
堪えきれ無いユリウスへの愛しさがアレクセイを捕らえる。


作品名:その先へ・・・4 作家名:chibita