先生の言葉 全集
18.共感の不在
おや、お綺麗な方がたくさんいらっしゃいました。
あ、もしかしてあの、3階や4階にいらっしゃる尼僧の方々ですか? どうも、お初にお目にかかります。いやあ、お近づきになれて光栄です。こんなしがない一介の幽霊ですが、やはり美しい女性と接すると、楽しく思えるものですねえ。
え? そう言ってくれるのは嬉しいのですが、どうもこの美しさがアダとなっているみたい? 何かあったんですか? 良ければお力になりますので、ぜひお聞かせください。
ふむ。いざ、冒険者と戦おうとすると、皆さんすぐに逃げてしまうんです、ですか。私たちは私たちの崇める神がいて、布教したくて鎚を振るっているのに、これでは信者も増えなくて困っているんです、とねえ。この迷宮には私たちぐらいしか、女性がいないこともあって、やはり冒険者の方も気後れしてしまっているのでしょうか、と。
……えーと、お言葉ですが、ちょっと認識を違えている部分があるんじゃないでしょうか。
おそらく、冒険者があなたたちの元から逃げてしまうときというのは、後ろに緑色の竜や火を吐くトンボが控えているときが大半なんじゃないでしょうか。冒険者は美しいあなた方を傷つけることよりも、後ろにいる彼らの実力を恐れているんじゃないかと思いますよ。それに、この迷宮の「モンスター」で明確に女性なのはあなた方くらいですが、冒険者の中には女性もたくさんいらっしゃいますし、死と隣りあわせで共に戦っていく内に冒険者同士で愛が生まれることも良くあるようですよ。そりゃ、狂信的に殴ってくる尼僧よりは、献身的に傷を癒してくれる尼僧や、強力な呪文で援護してくれる女魔術師、前衛で敵を翻弄する女戦士といった、味方の女性の方がはるかに好感を抱きやすいですからね。
ですから、気後れというよりただ単に相手にされてない、という方が正しいのかもしれません。まあごく少数、美しい女性を無残に傷つけたいという残忍な嗜好の方もいらっしゃると思いますけ……。
あれ、どうしたんですか? 用事思い出したから帰る? いや、もう少しで終わりますから最後まで聞いていってくださいよ。ねえちょっと、あー、さようならー。
……あーあ、帰っちゃいました。わりと的確な分析だと思ったんですが、やはりちょっと面子を潰してしまった感はありますねぇ。
これだから、女性に縁のない人生、もとい霊生なんだろうなあ。後で謝ろうにも3階や4階は行かないし、どうしようか……。