先生の言葉 全集
15.武士の懊悩
師匠、今日の当番はこの玄室です。私の実力は相変わらずですので、今日もよろしくお願いしますね。
お疲れ様です。交代の時間です。あっ、旗本さんでしたか。相変わらず立派ないでたちです。おや、考え事ですか。ええ。良ければ聞きますよ。
ふむ。さっき、戦っていた冒険者の首を刎ねたんだが、パーティの奴らがその胴と首を抱えて逃げる際「侍のくせに首刎ねんじゃねぇよ!」と言い捨てていった、と。で、せっかく会得した首刎ねの技術を封印しようか悩んでいるんですか。
いやいや、それはもったいないですよ。首を刎ねるなんて、100種近くいる我々モンスターの中でも、少数しか出来ないんですよ。追いはぎにウサギ、忍者の皆さんと最奥の魔術師、あとここにいる師匠とあなたくらいなんですから。
武士として卑怯な振舞いなのではないか、って?
そんな事はありませんよ。合戦で武将を討ち取って首持って帰ってくるのは、他ならぬ侍の皆さんじゃないですか。お侍さんが切腹する時も、介錯を頼んで首落としてもらうんでしょ? どちらかと言えば、首を刎ねるのはお侍さんの専門分野じゃないですか。そんな冒険者の負け惜しみなど、聞き流してしまいましょう。あんまり言うと忍者の皆さんが凹んでしまいますから、このぐらいにしておきますけど、私のような雑魚がうらやむような能力や技術をお持ちなんですから、もっと自信を持ってください。
それに、あなたととんがり帽子の忍者さんとちょっと頭のおかしい君主さん。この御三方は、最奥の魔術師だけでなく、私の師匠や吸血鬼の王はもちろん、災厄の魔王すらも一目置いているんですよ。……まあ、君主さんは、ちょっと頭のせいで言動が怪しいのが玉に瑕ですけど。
とにかく、皆がうらやむ技術を封印するなんてことはしないで下さい。確かに、すごい技を封印した過去を持つ方が、絶体絶命のピンチに封印を解き放って勝利を収めるって展開もかっこいいですが、泥臭くてもその技術で闘い続ける歴戦の武士だって素晴らしいと思いますよ。
……そうですか。思いなおして下さいますか。良かったです。それでは、ゆっくりお休み下さい。
……師匠。師匠は、冒険者にあんな事を言われたら、やっぱり戸惑いますか?
え? はい。そうですか。
首を刎ねる事はそんなに楽しいことなんですか。刎ねられた事しかないので知りませんでした……。
私も、師匠くらい迷いが無くなれば、もう少し強くなれるのかもしれませんね……。